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2度目の始まり

[ALEXANDROS]・シングル『KABUTO』に寄せて

「いい物語が始まるかもしれないその瞬間、そこが期待感にリンクしてるんだと思います」——2017年、“SNOW SOUND”の歌詞が描く世界観についてこう話していた川上洋平(Vo/Gt)。恋愛におけるかけがえのない出会いに「運命」の2文字をスッと差し出すだけでなく、それ以外の何かの始まりにもスポットを当てるようなその言葉は、今回のシングル『KABUTO』を紐解く上でとても重要なカギになると思っている。

《I wanna make something/Everything out of nothing/And put that inside your mouth/It means something, means something》
(対訳:何かとてつもなく意味のあるものをこしらえたい/それこそ全てを ただし材料は無い/それこそ全部お前の口に押し込みたい/そのこしらえた何かを、何かを)
(“KABUTO”)

5月23日、[ALEXANDROS]が今年初となるニューシングルをリリースした。「今のうちらが最前線に置きたい曲」と川上に言わしめた同タイトルの表題曲には、曲の要とも言うべきサビがそっくりそのまま存在していないのだが、不思議と「あるはずのものがない」という不安に駆られることは一切なく、むしろ詰め込みすぎない・欲張りすぎないときの身軽さのようなものを感じる瞬間がいくつもあるように思えた。

その1つが、最重要ポイントとも言える曲の冒頭部分。それだけで今後の行方を左右してしまえるほど印象的なギザギザとしたギターリフには、一発目から聴く人の心を取り逃すことなく100%確実に掻っ攫っていく姿勢が現れており、先日早くもラジオで初フルオンエアされた新曲“Mosquito Bite”でも大胆なフレーズが頭っから轟いていたように、その清々しいほどの潔さはいつだって本当に嫌味がない。しかし、この“KABUTO”のイントロ序盤で合流する粒立ちのいいドラムは、なぜかギターと噛み合わないように1つ1つのアクセントが置かれている。それぞれが意のままに主張し合うような両者の関係性は一見歯車が噛み合っていないようにも聴こえるが、決して速くはないテンポの中、どちらの楽器も拍を捉えてハマるようなものだったとしたら、ただのイカつめな曲になってしまっていてもおかしくない。最終的にはぴったりとドッキングして歌へ突入する上に、ライブでは音源とはまた一味違ったアレンジが施されるかもしれないが、敢えて「せーの」で鳴らさない束の間の絶妙な距離感と間合いこそが、この曲をさらに立体的に、そして大人な雰囲気にさせている隠し味なのかもしれない。

次に、曲の頭と後半部で登場する英語を話す謎の声の正体。実はこれ、曲作りも兼ねてニューヨークで生活していたときに、それぞれがこっそり録音した現地の人のリアルな話し声らしいのだ。当たり前のことだが、私たちは遥か遠く海の向こう側で流れる空気を、見える景色を、聞こえる音楽を、そこにいたときの4人と全く同じように体験することは出来ない。のちに歌詞などを通してそれが曲に反映されることはあったとしても、まさか生の体験が真空パックになって自分の手元へ届くなんて、誰が想像出来ただろうか?しかし、こうしてイタズラっぽいことを試み、曲にとって何の意味も脈絡もないセリフを切り貼りして本当に中へ盛り込んでしまうあたり、大の大人の無邪気さが何だか愛おしくも思えてくる。ちなみに、今回の初回限定盤の封入特典は、ニューヨークでの制作風景を収めたオフショット満載のブックレット。彼らが日々刺激を受けた海外の空気を、こうして1つの作品の中で音と写真の両方で味わえるなんて、本当に贅沢以外の何物でもない。

しかし、たった1曲の中だけで作り手のことをここまで考えたくなってしまうのは、「やりたいことをやりたいようにやる」というポリシーの下、彼らが1度も自分たちに嘘をつかず、嘘を鳴らさず、嘘を歌ってこなかったからだろう。だって、そうだ。《果たして本当に此所は/私が望んだ舞台か?》(“spy”)と不安を抱えたまま卒業を迎えた学生時代にも、《光る誰か見て 私は泣いた/己と見比べ ただただ泣いた》(“Starrrrrrr”)とひたすら悔しさと向き合い続けたインディーズ時代にも、人々の偶像として嘘で守り固めてきたロックスターはどこを探しても見つからない。彼らがいつもありのままの姿でいてくれたからこそ、私たちはこうして4人の本音とリアルな生き様に立ち会うことが出来たのかもしれない。[ALEXANDROS]は、夢見ることの美しさ以上に、その代償やリスクを赤裸々に書き連ねてきたバンドなのだ。

《あたりまえのように 周囲(まわり)が笑う/君が示した歪な解答に/あたりまえのように 赤で✕書くんだ/「君の答えは不正解だよ」って/NO, I DON’T THINK SO》
(“Follow Me”)

そして今回、カップリングとして2曲目に収録された“ハナウタ”には、彼らが「やりたいことをやりたいようにやる」というポリシーに変わらずこだわり続ける2つの理由が隠されている。
同曲は、自身も出演する東京メトロのCMソングとして話題の曲で、作詞において最果タヒ/編曲において小林武史とタッグを組み、バンドとして初めて外部の人とコラボレーションした作品となっている。毎日淡々と繰り返されるありふれた生活を《愛が、とけだすように揺れる、ぼくだけの朝》と言ってまるっと抱き締めたくなるような、柔らかくも繊細な歌詞。代わり映えしない日常の場面に丁寧に色を付けていく、軽やかなピアノ。吹く風や打つ波のように流動的に靡く、滑らかなストリングス。その中でも、度々登場する「リーン」という甲高い音色は、白いスズランが鳴るように尾を引いて一際響いており、嘘も濁りも汚れもない彼らの心をそのままの透明度で映し出しているかのようだ。この曲にはもしかしたら、「目に付くものすべてが輝いて見える魔法」のようなものがかけられているのかもしれない。しかし、“ハナウタ”の制作経緯について川上はこんなことを話していた。

「自分のやりたいことだけでやっていくのもつまんないなって思った。これからずーっとその曲を聴き続けないといけないし、やり続けないといけないから。だから、自分に対していい子ちゃんになりすぎちゃうとね、ダメなんですよね」

このインタビューを読んだとき、正直一瞬だけ動揺した。本能のままに「やりたい曲、ぶつけたい曲」を追求した“KABUTO”とは全く正反対な上に、びくともしないあのポリシーとも大きく矛盾しているように見えたからだ。しかし、メロディーが輝くことを何よりも望む1人のロックスターとしてのこれまで通りの使命感だけでなく、そこに同時に存在する彼の尋常じゃない責任感にも直に触れたような気がして、ハッとした。「しないといけない」と言った言葉の奥に潜むのは、おそらく誘導的な義務感なんかではなく、「したいと思い続けたい」という強い意志にも似た願いなのだろうと思わずにはいられなかった。さらに、“ハナウタ”というタイトルには「様々なことが制限させる環境であっても、心だけは解放して自由に口ずさんでほしい」という想いも込められている。それぞれが抱くロックバンドとしての表現欲だけでなく、それをやった以上、聴く人がいるということも彼らはちゃんと分かっている。まあ、だからといって、私たちに日和見したり媚びたりなんて一切しない。自分たちのやりたいようにやっても、絶対に人々を楽しませる自信が、心から満足させられる自信が、いつだって彼らにはあるのだ。

自分たちの理想と聴く人の幸せな毎日。この2つに共通するのは、どちらも頑なにポリシーを貫く先にしか待たないものであるということ。嘘のない音楽でしか描けない最高の景色を、この曲が聴こえた先にしかない人々の輝く日常を、彼らはこれからもずっとずっと追い続けるのだろう。

《I wanna make you happy/When you say you don’t want me/Tell me how much you want it/I’m gonna make it/I’m gonna make it》
(対訳:とにかくお前を喜ばせたい/不必要とされればされるほど/どれくらい欲しいか言ってくれ/どれだけでも作ってやる、どれだけでも)
(“KABUTO”)

さて、このシングルがリリースされたのは、5月下旬。もうすでに1年の半分が過ぎようとしている中でようやくリリースされた訳だが、その間、タイアップ関連のイベント的なライブはあったものの、まだ1度もバンド自身としてのワンマンライブを行っていない。そんな中でも、年明け早々から投下した2つの桁違いの大ニュースだけでここまで人々の心を繋ぎ止めることが出来たのは、《どこまでも 私は私だから》(“Starrrrrrr”)と言えるほどの「強さ」を分け与え、それがもたらす多くの夢を1人1人に実感させてきてくれたからだと思う。しかし、語弊があるかもしれないが、このバンドが「強さ」を打ち出してきたのは、決して誰かを応援するためではなく、まず自分たちの心を根こそぎ奮い立たせるためである。確かに彼らは、先程触れたような良からぬ不安が過ぎった後、《この問いこそ愚問かな?》(“spy”)とさらに自分へ問い掛けてしまえるほど、自分たちの為すべきことを誰よりもちゃんと理解していたし、心の底から悔しんだ後、《泣けば良い 誰より笑えば良い》(“Starrrrrrr”)と迷わず次の一手を自ら差し出せるほどの生命力を一難重ねる毎に身につけていった。[ALEXANDROS]が苦悩に耐えてきた理由にはやっぱり彼ら以外の誰かの存在がありそうな気もするが、たとえば、拍の概念を覆したデビュー曲“For Freedom”の中で《誰かの優しい言葉でなく 激しいだけの嘘の言葉でなく/「私は 私だ」って言える事が何にも変えがたく心地良いんだ》と、好きなことを止められない理由を書き残したように、4thアルバムの隠れた名曲“Travel”の中で《People wanna cry/People wanna sigh/But when it can’t be done/You may come/And you may sing》(対訳:人は泣きたいもの/人はため息をつきたいもの/でもそれが成せない時/君は俺の所に来て/歌えばいい)と、未来の自分へ向けて自らの取扱説明書を書き留めたように、いつだって彼らはちゃんと帰る場所を用意して、自分たちの手で、自分たちのために、「強さ」をモノにし、歌ってきたのだ。しかし、今回のシングルを改めて見てみたとき、そこにあるのは果たして本当に同じような「強さ」なのだろうか?

《あたりまえのように 周囲(まわり)がなびく/神様が示した正解に/あたりまえのように 僕を誘い込む/「君も僕達と行こうよ」って/BUT I DON’T LIKE TO GO》
(“Follow Me”)

“KABUTO”のサビがない構成とズレているようなイントロと現地の人の話し声には、まるでインストのような自信に満ちた余裕と気を張らない自由さを。“ハナウタ”の誰かの手が加わった制作背景と想いを込めたタイトルには、自分たちの変わらない理想と聴く人への想いを。“Follow Me”の夜を駆ける疾走感とある意味孤独な歌詞には、我を貫くことで生まれる唯一無二の存在証明を。この似ても似つかない多彩な3曲にあるのは、苦労する中で彼らが次第に身につけていった有り余るほどの「強さ」ではなく、バンドが始まる前からすでにあった、彼ら4人の「強さのワケ」なのではないだろうか?

《ワタリドリの様に今 旅に発つよ/ありもしないストーリーを/描いてみせるよ》
(“ワタリドリ”)

[ALEXANDROS]にとっての「いい物語が始まるかもしれないその瞬間」とは——。それは、まだ「強さ」を手にしていない4人の少年がある1つのバンドにそれぞれの未来を託すことを決めた、あの瞬間。シングル『KABUTO』は、そのときの心の中の原点を一瞬にして同じ空間へと蘇らせる、まさに彼らにとって2度目の始まりの1枚だと言えるだろう。

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