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またいつか路上の空の下で

ベン・E. キングによせて

にぎわう街の片隅に
ギターケースを置いた
喫煙所の横が今日も
僕にとってのステージ
バス停やタクシー乗り場
駅の改札出口
行き交う人を見つめながら歌う
君のために

       (〝カーテン〟)

30代になって振り返ると、20代の頃ただひたむきに音楽の夢を追いかけていた自分を思い出す。冒頭に綴る歌詞は、路上ライブをしていた街の風景を思い描き作った曲である。当時は駅前に喫煙所があり、毎回その横で路上ライブをしていた。そこから少し前方の階段を上れば駅の改札出口で、目と鼻の先にはバス停やタクシー乗り場が並び、人が集うその場所は僕にとってのステージだった。路上ライブを始めたのは、桜の花びらが街を彩る穏やかな春の季節。夕暮れ時の少し日が陰る頃から、遅いときは終電間際まで歌っていたように思う。

夕陽が沈み夜も更けるにつれて、月明かりが照らす駅前通りに人々の群れが集う。一体セットリストを何周しただろう。その景色と反比例するかのように、この歌声だけが虚しく街に響いていた。飽きもせずに〝スタンド・バイ・ミー〟を歌い始めた矢先、1台の自転車が目の前に止まった。演奏中にもかかわらず、おもむろに近づく影に少し怖さを覚えたのも束の間、その人が飛び入りで一緒に歌ってくれたのである。楽しそうに踊りながら歌うその姿を見ていると、疲れも一瞬で吹き飛んだように思う。その人は台湾から来られたメンさんという方で「自転車で旅をしている」と教えてくれた。実はその場に居合わせた学生さんが、偶然にも中国語を勉強中で、急遽通訳を引き受けてくれたのである。その後意気投合し、記念に3人で撮った写真は今も大切に残している。

このように海外の方に向けて歌い始めたのが、ベン・E. キングの〝スタンド・バイ・ミー〟だった。この曲は万国共通なようで、どこの国の方も一緒に歌いながら聴いてくれていたように思う。また、大切な人へ捧ぐ一途な歌詞が心に響く楽曲で、ジャケットのベンの笑顔が素敵なアルバム『Dear Japan,上を向いて歩こう』に収録されている。「日本の人々を元気づけたい」という思いを込めて制作された作品で、僕が初めて買ったベンのCDである。このアルバムを聴いて救われた人も数多くいるのではないだろうか。僕もその中の一人で、優しいベンの歌声に何度も励まされ支えられた。だからかもしれないが、決まって1曲目に歌うのが〝スタンド・バイ・ミー〟だった。この曲を歌うと何か見えない力に背中を押されているようで、不思議と勇気が出たように思う。

路上ライブを始めて間もない頃、思わぬ吉報に胸が躍った。駅前通りから歩いて5分ほどの場所に〝なら100年会館〟がある。

その当時行われていた山崎まさよしのライブツアー「YAMAZAKI MASAYOSHI TOUR 2012-2013 “SEED FOLKS”」の日程に、幸運にも〝なら100年会館〟が含まれていたのだ。「これは行くしかない」と、すかさずチケットを手に入れた。何故なら、ベンの〝スタンド・バイ・ミー〟をカヴァーしている日本のミュージシャンの中で、山崎まさよしが一番好きだったからだ。今も彼の曲を聴くと当時の記憶が鮮明に甦る。春から夏へとにぎわいを増す駅前通りの光景は、特に懐かしい思い出の一つである。それからあっという間に月日は流れ、遂にライブ本番の日を迎えた。

一言で言うと「素晴らしかった」会場の熱気を肌で感じ、観客の声援や拍手に何度も鳥肌が立ったのを覚えている。また〝One more time,One more chance〟〝僕はここにいる〟といった代表曲は圧巻で「凄い」としか言いようがない納得の演奏だった。力強い歌声とギターアルペジオの音色が会場全体を包み込み、とても心地よい気分になれたように思う。もっともライブ終盤に演奏された〝Fat Mama〟のギターテクニックには目を奪われ、さすがに真似できないと痛感させられた。〝スタンド・バイ・ミー〟の演奏がなかったのは残念だったが、彼にしか表現できないオリジナルの世界観を十二分に堪能できたように思う。それ以来、小さなライブハウスからホール・ドーム公演に至るまで色々なアーティストのライブに足を運ぶようになった。

自ら行動することで感じたのは、どのライブも「本当に楽しかった」ということだ。音楽の本質は歌い手も聴き手も「楽しむ」ことが大切である。プロアマ関係なく音楽と真剣に向き合う姿勢に誰もが感動し、自然と感性も磨かれてゆくものなのだろう。そういった意味からも、様々なライブを見ることで得たものは大きく、音楽面だけでなく人としても成長できる経験だったように思う。

路上で歌い始めてから何ヵ月経っただろう。聴き手としてではなく、歌い手として眺めるその景色は、また別世界で、かつ想像以上にシビアだった。それでもこの声が嗄れるまで歌い続けられたのは、聴いてくれる人達の温かい言葉や声援に他ならない。ときには厳しい言葉に心が折れそうになることもあったが、しっかりと前向きに捉えることで夢への一歩に繋がったように思う。

すべてを語ることはできないが、路上ライブを通じて出会った人達を少し紹介したい。

「これで何か飲み」と1000円札をそっと置いてくれた、スーツのお兄さん。その他にも缶コーヒーや肉まんなど、心温まる差し入れに沢山の元気をもらった。お金やキーホルダーをギターケースに入れてくれた少年達。遠くから200円を持って走ってきてくれた女の子とその様子を見守るご両親。子ども達の純粋な気持ちに、自然と心も晴れて笑顔になれたように思う。歌声に合わせてボイスパーカッションをしてくれたお兄さん。路上で会う度に100円玉をギターケースに入れてくれた。その熱い気持ちは一生忘れない。今日誕生日だという彼女に「バースデーソングを歌ってほしい」と彼氏さんと彼女さんのお父さんから依頼を受け、誕生日サプライズに参加することになった。夜10時半頃、仕事帰りの彼女をさりげなく誘い出して、お馴染みのバースデーソングを熱唱。結果は大成功。誰よりもお父さんが一番喜んでおられたように思う。とても微笑ましく幸せな時間を共有することができた。

それ以外にも沢山の人達との出会いに感動し、歌うことへの喜びを心底味わうことができた。路上で歌い始めてから1ヶ月半経った時点で、13197円のお金が集まった。

貯めたお金は「音楽のために使う」と決めていたので、弦の購入や修理などに使用し、最終的に念願のアコースティックギター用DI(楽器本来の音を忠実にそのまま増幅させるプリアンプ)まで購入することができた。色々な人達の思いを噛み締めながら、音楽に取り組むことができ、心から充実した日々を過ごすことができたように思う。

「何かできることはないか」路上での経験を積み、自然と湧き上がる思いだった。答えは一つ、内に秘めた思いを形にして届けること。それから試行錯誤の末、1曲の歌が完成した。大人になればなるほど、誰かに認められたり、褒められたりする機会は減ってゆく。この社会、どれだけ頑張ったとしても、報われないことの方が多いのではないだろうか。そういったことからも「人それぞれ違う人生の物語を、陰ながら応援したい」と思い作った曲が〝君が好きだ〟である。そして、路上で出会った人達への思いだけではなく、日頃からお世話になっている職場の先輩やパートさん、何より一番に身近な家族への感謝の気持ちを、この歌詞に込めた。それと同時に、頑張る自分自身への応援歌でもあったように思う。

全国でも強豪の野球部で
プロを目指していた
手の平に光るマメの痕は
青春時代の勲章

中学生の頃からヤンチャで
喧嘩ばかりしてきた
少年も今じゃネクタイ締めて
真面目に働くサラリーマン

パート疲れで肩こり
家に帰れば晩ご飯作り
夫や子どもに愛情を注ぐ
妻達は風邪にも負けない

長年勤めてきた会社を
リストラされた男
定年退職前だったから
去り際悔しさ残す

与えられた人生を
必死に走り続けてきた
一人で流す涙噛み締め
これからも強く生きてゆこう

大人になって初めて知った
社会の厳しさ
親父のこぼす愚痴が
最近心に染みる

君だけじゃない
夢に破れ落ち込んでいるのは
ただ君に伝えたい
頑張る 君が好きだ

     (〝君が好きだ〟)

この曲を歌い始めてから変わったことがある。演奏中、目の前の人が涙するようになったことだ。この思いが届いたと実感することができ、素直に嬉しかった。そして、「音楽を頑張ってきて本当に良かった」と、心から身に染みて感じることができたように思う。結果として僕の夢は叶わなかった。「悔いはない」と言えば嘘になる。それでも一歩踏み出さずに諦めていた方が、よっぽど後悔しただろう。目に見える結果は残せなかったものの、それ以上に大切なことを人との出会いから学び得たように思う。内心それだけでも、音楽を続けてきた意味はあるように感じられた。あの日あの時、ベンが僕に勇気をくれたように、この声が少しでも誰かの力になっていたら幸いである。最後に、出会ったすべての人達と支えてくれた家族に、心から感謝の気持ちを伝えたい。この経験は一生の宝物である。「本当にありがとう」

大切な人よ
僕のそばを離れないで

    (〝スタンド・バイ・ミー〟)

「君にも大切な人はいるかい」とベンに聞かれたら、僕は何と答えるだろうか。一言では言い表せないこの気持ちを、徹夜で語り尽くしたい気分である。ベンならただ笑って受け止めてくれそうだ。

「I’ll Forever Stand By You」
(私は永遠にあなたのそばにいる)

アルバム『Dear Japan,上を向いて歩こう』の歌詞カードの裏表紙にベンが残した言葉である。きっと、これからもずっとベンの魂は歌い継がれてゆくだろう。またいつか路上の空の下で。ベン・E・キングと共に。

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