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多分ずっと、自分の一部

SEKAI NO OWARIについてのなにか

彼らと出会ったのは小学5年生のときで、当時私はとある小説を読んでいた。猟奇的でダークな、そういった類のもので、内容を知っている友人がそれに近い曲がある、と言うので大人しくイヤホンを受け取ったことがきっかけだった。

それが「Love the warz」だ。

当時の自分は音楽というものを然程大切にはしていなくて、イヤホンから流れ込む音を注意深く聴くことをしていなかった。だから初めて聴いたときの衝撃は事細かに覚えていない。多分、それまで聞いてきた音楽とかけ離れすぎていて、こんな曲があるんだという驚きと単純な高揚ぐらいしかなかっただろうけど。

SEKAI NO OWARIというバンドはその前までに知っていた。小学生の時に朝の歌で「スターライトパレード」やら「RPG」やらを歌っていたのだが、そのふたつを聴いても彼らに惚れ込むことは無かった。もちろん、2曲とも好きな曲ではあるけれど。

「Love the warz」は私を大きく揺るがして、今までに見たことのない世界が目の前に開けた。思い入れの深い曲だけれど、1番好きな曲かと訊かれれば、そうではない。

彼らは本当に不思議なバンドだ。きっとなんどもそう言われているのだろうけど、他にも、多いとは言えないけれどいろんなバンドを知ったからこそ、ベースレス・ドラムレスの異常さや歌詞の独自性だとか、フロントマンだけが曲を作っているわけではないことが際立って見える。ただ、その不思議を当然のこととして自分たちだけの音楽を作る彼らは、なんというか、強いんだと思った。SEKAI NO OWARIほど自由なバンド、私は他に知らない。

そういえば、彼らをどう分類したらいいのだろう。ロックバンドと呼ぶには、彼らが「インスタントラジオ」で歌うように「PopでCuteなセカオワ「Melody」」が溢れているし、かと言ってJ-POPと言うのも違うと思ってしまう。そもそもそうやって何かしらのジャンルに振り分けることがナンセンスな気がしてきた。彼ら自身も、「セカオワって○○だよね」と言われることを嫌う。明るく前向きな曲を出したかと思えば、悪になりたいと歌い出す。ここ最近も柔らかな、暖かな曲が多いからきっと次は、今のツアーで歌っているアダルティな曲が登場してくるのだろう。彼らの裏切りを楽しみにしているのは私だけではないはずだ。

それから、彼らについて語る上で、ライブを外してはいけないだろう。初めて参加したのはThe Dinnerだった。少し怖いライブ、と聞いていたのでどきどきとしながら始まりを待っていた。初めて近くで彼らを見て、(そう、そのときは思いの外近くで見ることができた)凄まじいはしゃぎっぷりだったのは言うまでもない。ライブのテーマはカニバリズムで、偶然にもその頃ハマりだした漫画の主題もそれだったのだから恐ろしく興奮した。生でセカオワの音楽を浴びたことは、それまでに経験したことのない体験となった。

次に参戦したのはTarkusだったのだが、こちらは席が悪くメンバーの姿はもちろんわかりにくかった。ただ、遠いということはこだわり抜かれたステージセットを存分に楽しめ、スターライトリングの光が美しく揃うのを見ることができるということだ。Fukaseさんが作った物語が過去の曲ともリンクするということは、どれだけ見た目が変わろうと音が変わろうと、彼らの本質がブレていないことを体現しているんじゃないかと思った。

ここでふと思い出したことがあって、それはよくある「昔と変わってしまった」というあれで、私はそのことについていつもこう思っている。変わらないものがあるのか、と。SEKAI NO OWARIは「アースチャイルド」で「変わらない為に僕らはいつまでも変わり続けるよ」と伝えている。矛盾した言葉のようだけれど、セカオワに限らず多くのバンド、アーティストがそうやって生きているのではないだろうか。メディアの露出が増えたから、曲のテイストが変わったから、そんなことでバンドの軸がブレるのだろうか。少なくともSEKAI NO OWARIはそうではないと思っている。「アースチャイルド」は彼ら自身のことを書いた曲だ。彼らがこの先どう変わるかはわからないけれど、変わらない魅力があるはずだ。

ここまで散文ばかり書いてきたけれど、そろそろ私のSEKAI NO OWARIにまつわるエピソード的なものを書くべきだろう。ベタな話だけれど、1番好きな曲について書かせてほしい。付け加えるなら、彼らに救われたという話。

最初にその曲を聴いたときのことはさっぱり覚えていない。残念なぐらい記憶力が悪い自分をよく恨む。ただ、ファンとして一生大切にできる出来事があったから、その曲を聴くたびに幸せで切なくて堪らなくなるのだ。

それは中学2年生、つまりいろいろ考えすぎちゃうお年頃のときのことだった。それほどうだうだと語るようなことでもないので端折ると、私は姉に劣等感があって、今もあるけれど、それをラジオの掲示板に書き込んだところ、そのことでメンバーが真剣に話してくれた。彼らのことをよく知る人ならわかるとは思うけれど、メンバーには劣等感のある人がいる。特にSaoriちゃん、Nakajinが、こんなことおこがましいけれど、そっと寄り添うように自身の経験を語ってくれた。私はその感情を知る彼らからの共感をもらい、ソイツとどう向き合うかを教えてもらい、そしてこの曲をかけてもらった。

「TONIGHT」という曲が愛しくならない、わけがなかった。

当然のことながら、以前からその曲は知っていた。はじめは、ああ、ギターの人が歌っているんだ。というぐらいにしか思わず、後にそのギターの人に魅きつけられてしまってからは何度も聴いたけれど、まさか自分と重ねられる日が来るとは思ってもみなかった。

この曲のどこがそんなに好きなのと訊かれたらきっと語り尽くせないけれど、やっぱり歌詞に行き着くんじゃないかと思う。Nakajinの声とアコギの温かさ、それも愛しい理由なのだけれど、彼にしか書けないあの歌詞が、苦しくなるほど好きだ。

歌詞のどの部分も良い、けれどその劣等感と深く繋がっているという意味では、ラストのサビが1番なんじゃないかと思う。「今の自分がどうしよもなくキライで」という言葉に浸って泣く夜を過ごしたことがあって、そんなことを自分がするなんて、昔の自分は思っていなかったけど。でも、それだけ音楽というものは自分の中で大きな存在であるし、もし彼らの曲と出会えていなかったら私の人生の密度が低かったと思うのだ。

今は、SEKAI NO OWARI以外にもいくつかのバンドを好きになったし、様々なバンドに積極的に触れるようになった。それでも、私の原点は彼らに違いないし、大人になっても、世界一好きなバンドであることに変わりはないと信じている。

彼らの音楽が、言葉が、思考が、生き様が、すべてが好きだと胸を張って言える。これだけの愛を注げる対象に出会えたことが宝なのではないのだろうか。

とにかく、私は彼らがいないときっと生きることが難しくなってしまうし、それだけ自分の中の大きな割合を占めてしまっている。他のものでは埋められないのだと思う。

SEKAI NO OWARIについての私の感情を、どれだけこの文章で伝えられただろうか。上手く言葉に書き表せられないもどかしさはあるけれど、ここまでにしようと思う。彼らの音楽が、世界がこれからも大きく広がることを願う。いいや、私が願わずともSEKAI NO OWARIが一点で留まることなどきっとないだろう。

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