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遊び心がテクノロジーに命を吹き込む。

カニエ・ウェストの5週連続アルバムリリースについて。

1973年8月11日、ニューヨークのサウスブロンクス、セジウィック通り1520番地にある小さな娯楽室で行われたパーティーから、ヒップホップの歴史は始まった。パーティーの主宰であるDJクール・ハークは、ラジオで流れているような当時の流行りのディスコミュージックではなく、誰も聴いたことのないような掘り出し物のソウルやファンクの曲でフロアを揺らした。彼の独特な選曲は人々の心を掴んだが、パーティーが人気を博した理由はそれだけではない。彼はある画期的な発明をしたのだ。
それはパーティーで一番盛り上がる、曲がドラムやベースだけになる間奏の部分=ブレイクビーツを永遠に流すために、2台のターンテーブルに同じレコードを2枚のせて、交互にスイッチしながら、ループさせるというもの。このハチャメチャに革新的なアイデアから、ヒップホップのカルチャーは広がっていくわけだが、考えてみてほしい。ただ音楽を流すだけの道具だったはずのターンテーブルが、目の前で楽器になる瞬間のことを。
ターンテーブルの説明書には「これを2台並べて、2枚の同じレコードをのせることにより、ブレイクビーツを永遠にループさせることが可能です」なんて書いていなかったはずだ(少なくとも当時は)。DJクール・ハークのアイデアは、明らかにターンテーブルを作った製作者も予想していなかっただろう。
 

新しいテクノロジーが生まれた時に、軍や、政府や、大企業が、そのテクノロジーをそのまま「目的」のために使用すれば、ろくなことにはならない。なぜなら、そのテクノロジーには魂がないからだ。例えば、16世紀の英国において「英語」は発展途上の、みんながうまく使いこなせない新しいテクノロジーだったが、それに命を吹き込んだのはシェイクスピアだった。彼は舞台芸術を通して「英語」を発展させる重要な役割を果たした……と、これはビョーク先生の受け売りなのだが、まさしくそのとおり。アーティストに限らず、我々の予測不能な「間違い」や「遊び心」こそが、創造主の思惑を超えて、テクノロジーに命を吹き込むのだーー。
 

さて、時は流れて、2018年。
あの娯楽室のパーティーから45年も経ち、ヒップホップは今やロックなどのジャンルも抑えて、もっとも聴かれている音楽ジャンルという調査結果が出るほど、拡大を続けている。今のUSのポップミュージックの中心はヒップホップ/R&B(もしくはその価値観の下)にあると言っていいだろう。
その結果を後押ししたのは音楽ストリーミングサービスの普及である。私たちは、月額1000円くらい払えば、どんな音楽にでもすぐアクセス出来るようになった。スポティファイ?アップルミュージック?なんでもいいが、毎週発表される大量の新譜たちに嬉しい悲鳴をあげる日々。
私たちと音楽の関係はテクノロジーの進歩により変化してきたわけだが、音楽ストリーミングサービスの登場はその歴史の新たな1ページだ。私たちの環境は(かつてそうだったように)またも劇的に変わったが、こういう変化に立ち会う時、大抵、私たちは傍観者のような振る舞いをしてしまう。言い換えれば「消費者」だ。さまざまな音楽にアクセスし、新しい音楽を大量に消費する。時代の流れに身を任せ、テクノロジーに疑問を持たなくなり、次の波に身を任せるのをぼんやり待つだけ……と、そんな時にシェイクスピアが『ハムレット』の独白を書いたようにーーDJクール・ハークがブレイクビーツを永遠にループさせたようにーーカニエ・ウェストは5週連続で新譜をリリースさせたのだ。ステージでのパフォーマンスや、新しいトレンドを作るサウンド、様々なお騒がせ行動&問題発言で、いつも世界を驚かしているカニエがまたやってのけたのだ。世界中の驚嘆の声を要約すると、こんな感じだろう。
 

「音楽ストリーミングサービスにこんな使い方があったなんて!!」
 

現在のアメリカのエンタメを紐解くひとつのキーワードは「ドラマ」だろう。製作本数の多さ、クオリティの高さ、演者もスタッフ一も流で、困ったことに、これまたNetflix、Hulu、Amazonプライムビデオなどの動画ストリーミングサービスの普及もあり、その広がりは凄まじい勢いだ。このドラマ界の勢いは、もちろん映画業界にも波及して、様々な動きが見られるのだが、例えば今年公開された『アベンジャーズ / インフィニティ・ウォー』を製作しているマーベルスタジオの一連の企画である「マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)」は、様々なヒーロー映画がクロスオーバーしていくという点で、映画のドラマ化にもっとも成功しているシリーズの1つと言えるだろう。
昨今のドラマブームの中でも、一際人気のあるシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』のシーズン1が発表されたのが2011年、MCUの1作目『アイアンマン』が公開されたのが2008年(ちなみにスポティファイの開設年も2008年)、つまり、ここ10年ほどのアメリカのエンタメの1つの大きな柱は「ドラマ」的な発想が下地にあり、その流れとストリーミングサービスの普及は不可分だったといえるだろう。

その流れで考えていくと、今回のカニエ・ウェストが行った5週連続アルバムリリースは「音楽ストリーミングサービスによる、音楽アルバムのドラマ化」と言えるだろう。上記した通り、時代の流れからすると当然の帰着なのだろうが、今まで誰もやってこなかったということが全てだ。こんなこと誰も思い付かなかったのだ。カニエ・ウェストは前回のアルバム『The Life Of Pablo』においても、CD時代では不可能だったストリーミングならではの特性を利用して「アップデートし続ける(完成しない)アルバム」というコンセプトを掲げていたが、今回はストリーミング時代の、作品をリリースしてから、リスナーに届くまでの「スピード」に目を付けたのだろう。作品を発表された順に並べるとこうなる。

① プシャ・T『DAYTONA』(5月25日 発表)
② カニエ・ウェスト『Ye』(6月1日 発表)
③ カニエ・ウェスト&キッド・カディ『Kids See Ghosts』(6月8日 発表)
④ NAS『NASIR』(6月15日 発表)
⑤ テヤーナ・テイラー『K.T.S.E』(6月22日 発表)

MCUのように、それぞれの作品のヒーロー=主人公は違えど、全てカニエ・ウェストがプロデュースしているため、この作品群を通して聴けば、これらが全て同じ世界(=カニエ・ユニバースと言ってもいいかも)の中で展開しているということがわかるだろう。
さらに、この5作品のドラマ性を高めている仕掛けの1つが、曲数が最後の1枚を除いて、全て7曲構成となっている点。これはおそらく1週間=7日で更新されていくアルバムのタイム感に合わせたものなのだろうが、これが実にちょうどいい。時間にすると1枚あたり、だいたい23分くらいで構成されているので、前の週のアルバムを振り返りやすいという利点もある。最後の1枚だけが8曲となっているのは、この7日間7曲のループの終わりを示唆しているのだと思われる。
では、ここでカニエ・ウェストというアーティストのアティチュードがよくわかる本人の発言を、1stアルバム『The College Dropout』のライナーノーツから引用しよう。
 

【俺自身が選んで組み合わせる。そこに自分らしさが生まれるってもんだろ?ブランドがどうこうなんて関係なく、本当にイケてると思ったものだけしか身に付けない。何よりも俺が着こなしてることに意味があるんだから】
 

オリジナリティーは例えるなら「服を選び、着こなす」ところに宿る。「0から生み出す」という発想は幻想に近い。なぜなら、全てが互いに影響しあう世界において、私たちはその歴史や文脈から離れることが出来ないからだ。ゆえに、私たちはその歴史と文脈から「選び、組み合わせ、新たな文脈を与える」ことで、オリジナリティーを獲得するしかない。過去のレコードからサンプリング(引用)して、誰も聴いたことのないような音楽を作り出してきたカニエらしい言葉だ。

DJクール・ハークはターンテーブルを発明したわけではないし、カニエ・ウェストはスポティファイやアップルミュージックを発明したわけではない。ただ、2人とも、それらの既存のテクノロジーを、製作者でさえも思いもよらないような使い方をした。言い換えるならば、自分なりに「着こなし」たのだ。
今の私には、DJクール・ハークがターンテーブルを楽器にした瞬間を目撃した観客の気持ちがよくわかる。今まで使いこなしていたと思っていたテクノロジーが、まったく知らない別のモノに変わってしまう瞬間だ。
 

【「こういったアートが犯罪だというのなら、神よ、それを続ける我々を許したまえ」。グラフィティ・ライターは、能率や進化を象徴する地下鉄列車に違法でグラフィティを描いていった。小さな反乱は街中で四六時中起こり、警察当局は、この行動を社会の礼節に対するゲリラ戦だと考えた。彼らは正しかった。かつて北部行きの列車は自由の象徴だったが、脱工業化して衰退した街において地下鉄は、会社に使われるだけの人々が一日の始まりに乗り込むものにすぎなくなったと、アイヴァー・ミラーは記している。「地下鉄は、企業国家アメリカが国民を仕事に向かわせるための手段にすぎない。企業のクローンを運ぶ物体として使われているんだ。そして、地下鉄自体もクローンと言えるだろう。列車はどれもシルヴァー・ブルーで個性もなく、帝国主義と支配の手段となっている。俺たちはそれを奪うと、まったく別物に変えてしまったのさ」とリー・キニョネスはミラーに語っている。グラフィティ・ライターは、列車に関する循環論を、自らの論理に置き換えてしまった。】
 

『ヒップホップ・ジェネレーション』(ジェフ・チェン著)より引用ーー
 

音楽ストリーミングサービスという新しいテクノロジーの登場は、私たちの生活を変えたが、その先はどうだろう?「使いこなしている」というのは、説明書の中の話だ。カニエ・ウェストが見せた風景はその外。どうやら、やっちゃいけないことはないし、可能性は果てしないらしい。彼が今回やったことは、おそらくスタンダードにはならないだろう。しかし、ここから、他の誰かが、まったく新しい「着こなし」を生み出すかもしれない。テクノロジーに命を吹き込むのは予測不能な「間違い」や「遊び心」。カニエ・ウェストは5週連続でアルバムをリリースすることで、それを見事に証明してみせた。この時代においても辺境は存在する。ならば、「使いこなしている」暇なんてないんじゃないだろうか。
 
 
 

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