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大人になるのが先か 主人公になるのが先か

恋を知らない私の背中を 阿部真央は力強く乱暴に押した

 
夏がくると鮮明に思い出す。きっと誰にでもある思い出の曲。
ただの私の思い出話を聞いてほしい。
 

早朝、連日の暑さが嘘みたいに少し肌寒い風が吹いていて、私だけが昨日と同じ服を着ていた。鼓動ははやく、後ろめたい気持ちが胸の中の大部分を占めている。自分を正当化するために誰にも打ち明けることのない言い訳を考えていた。まだ、混雑していない平日の朝の電車。座席に座ることなく乗車口に立つ。冷たい風が額に当たるのが気持ちよかった。乗りなれていない路線の電車の窓に重い頭を預けた。目を閉じて、こう思った。

“昨日までのイイ子の私はもう居ない”と。

阿部真央の1stアルバムのタイトルになった曲「ふりぃ」。彼女はついに記念すべきデビュー10年目を迎える。偶然にもデビュー当時をリアルタイムで知れたことは幸運だった。その時まだ高校生で、青春ど真ん中の私は彼女が紡ぐ言葉が新鮮で力強い声と搔き鳴らすギターの音が最高に可愛くてかっこよくて魅力的だった。同年代だったこともきっかけのひとつだった。当時、世界は自分中心に回っている!みたいな曲が好きでイヤホンを耳に当てればいつでも私が、物語の主人公のようだった。しかし、現実は主人公ではいさせてくれなかった。その擦れた心に彼女の声がスッと入り込んでいた。曲によって変わる曲調や声質。同世代とは思えない視点や感性、強烈な歌詞は唯一無二だと思えたし、誰もが認める美少女でもなければ、ある日突然運命を動かす事件なんて起きない、こんな人生を生きる私でもいいですか?という問いを肯定してくれていると思えた。
青春を生きる私は、友達とも家族とも仲がいい恵まれた高校生活だった。自分の人生に大きな不満はなかったが、贅沢な悩みではあるが恋愛に前向きでない事が悩みだった。

私はまだ恋を知らなかった。17歳、恋愛に敏感な年頃のはずが、精神年齢が身体の成長に追いついていなかった。告白されても断っていた。そんな私に周りからの言葉は冷たかった。

どうしてダメなの?と聞かれても私のほうが問いたかった。

恋愛はしたいと思っていた。少女マンガの様な恋愛がしたかったし、好きな人を学校で見つけては顔を赤く染める友人を羨ましく感じていた。しかし、いざ自分となると昨日まで友達だった男の子との間にできる妙な空気が嫌だった。周りから冷やかされることが嫌だった。誰かに固執したくなかった。理解されなくても尖っていたかった。
周囲に望むことはただ今楽しければいいと言う本能のままのむき出しの幼い欲望だった。
どうして、友達のままでいられないのだろう。この距離感でいたい。と思っただけなのに、その距離を望むとある日人を傷つけ、自分が悪者になっていくことを幾度か経験した。答えは問題ではない。

Yes以外の返事は、どんなにやさしい言い訳をしたところで何の意味も果たさない。
告白するほうは、いつもきれいな物語であることを、私は恋をするより先に知る。

だんだんと羨ましかった友人の恋愛の話しが面白くなくなっていた。叶わない恋なのにどうしてそこまで頑張るのだろう。メール一通、その一言に一喜一憂して恥ずかしくないのか。と思うようになった。私は完全に拗らせていた。
そんな時、側にいてくれたのが阿部真央の楽曲だった。

“我慢はしたよ もういいだろ?行きたい 時間がないんだよ さぁその手を離して”

大きな声で人には言えないけれど、恋愛にはうんざりしていた。それでもいいのだと阿部真央の歌詞に応援されていると思った。この歌の様に自分の思うとおりに動こう。傷つけたかもしれない。到底考えても答えはでないのなら、色んな事を気にするのはやめようと思った。悩んでいることが馬鹿らしくなった。

丁度その頃、夏休みがやってきた。夏休みがあけるとすぐに学園祭があったので夏休みも集まって準備する日々が続き、男女関係なく皆との距離が近くなっていた。図らずもいつも近くにいる男の子の友達がいた。他にも仲がよくなった友人もいたので彼との距離を冷やかす者や、急かす者もいなかった。彼と一緒に何かをするのが楽しかった。業務的であっても毎日メールの返信がくると嬉しかった。いつしか、次第にシーズンが終わればまた離れてしまう距離を寂しく思うようになった。

八月の終わりに花火がしたい。と誰かが言った。
花火ができそうな彼の家の近くで仲の良い何人かで花火をすることになった。楽しい時間はすぐに過ぎた。まだ、帰りたくないと思ったのは私だけではなく、友人たちはこのまま彼の家に皆で行こうと盛り上がり、彼の実家からはOKがでた。私も一緒に行こうと言われたが、突然の外泊を許してもらえる家でもなかったので断った。私だけ帰るといったことは何度かあったので皆も私をしつこく誘うことはなかった。
遅い時間になり、そろそろお開きと言う時、どうしようもなく寂しくなった。もう一度今日をやり直したいと思った。いや、この夏をもう一度やりなおしたいと思った。高校3年生の夏、考えることは受験や進路、ばらばらの道を歩むことを漠然と突きつけられていた。さっきまで花火の光で明るく綺麗だったのに急に暗くなりばらばらと帰っていく皆と少し先の自分達の未来が重なった。彼が私のところに来て残念そうにまた今度だな。と言った。
 

“戻らない 今は、この瞬間は 
     思うままに行けよ 背中くらいは押してやるから”
 

―――――【今度】なんて来ない。

はっきりとした記憶はないが、気づいたらギュッと彼の左手を握っていた。直接触れなくても、確実に阿部真央が側にいて背中を押した。それはもう乱暴だった。心拍数が上がり、苦しくなった。息がうまくできない。顔がカーッと熱くなり自分の顔が赤くなるのがわかり、手汗が異様に気になった。沈黙で吐き気がした。自分の行動に驚き、恥ずかしかった。そんなぐちゃぐちゃの感情のど真ん中に彼の楽しい時は一番近くに私がいたい、という思いがあった。衝動のままで感情が高ぶっていた。でも、こんな衝動は初めてだった。

“逃すなよ今を 感じろよ今を
  生きるのだ今を  さぁ両手かかげて 息をしろ”

まだ沈黙は続いていたが、言葉の代わりに握った手が握り返された。キュッと締め付けられた心臓が少しずつ緊張から解き放たれていった。顔を上げたら笑顔の彼がいた。
私もつられて笑顔になった。(かなり引きつっていたと思うが)
 

私は自宅に電話をかけた。このまま友達の家に泊まることになり、家族もよく知る友人の名前をあげると、母には迷惑かけないようにね。とだけ言われた。あまりにあっさりと許可が下りたことに驚いた。自分自身がどこかで諦めていた。自分が思う以上に自由は近くにあることを知った。こうでなければならないと自分を決め付けていたのは両親でも友達でもなく自分だった。

夜になると馬鹿みたいに上がったテンションが落着いてきて普段より色んな話をした。自分だけが感じている虚無感や焦りは皆も同じように抱いていた事を知った。自分は本当に特別じゃないなぁ。となんだか笑えた。だんだんと窓の外が明るくなり始めていた。
天気は曇りだったが外に出ると気持ちが良かった。
電車に乗ってから昨日、母に男の子の家に行くということを言わなかったことに罪悪感があった。夏期講習の宿題もなにもしてないな、と思った。
こんなに長く男の子と一緒にいたことが初めてだった。告白をしたわけではないし、この関係は何も変わっていない。大人になったわけでもないし、物語の主人公のような劇的な事件が起こったわけでもない。
昨日と同じ関係。昨日と同じ服。昨日と同じ熱い気持ちのまま。

ただ
“昨日までのイイ子の私はもう居ない”
阿部真央の歌で少しだけ「ふりぃ」になれた。

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