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走り出した足がとまらない

チャットモンチーが終わること

忘れもしない、10/14。多分小3か小4のときだったと思う。

たまたま風邪で普段は寝ている時間に起きていて、でもなにもできないし当然携帯もDSも風邪で禁止されていた僕は枕元にあったラジオを付け、FM80.0にチューニングした。

あなたのくれた言葉 正しくて色褪せない
でも もう いら ない
(染まるよ – 作詞 福岡晃子 作曲 橋本絵莉子)

いきなりそんな力強いフレーズとともに甘い歌声が全身を駆け巡った。
そのあとラジオのからチャットモンチーが流れてきたが、また熱が上がってきたのかその時の僕はぼーっとして寝てしまった。

これがチャットモンチーとの初めての出会いだった。
 

風邪が治り、そういえばあの時聴いた曲は何だろうと思って調べようとするも、歌詞もその時聴いていた番組もまったく覚えていない。しかも遊び盛りの小学生。すぐに記憶から遠ざかっていた。
 

そして小学校高学年に上がり、10時まで起きるのが苦でもなくなってきたころ、DSをやりながらラジオをつけていた僕は再びこのバンドに出会ってしまった。

その時流していたのもSCHOOL OF LOCK!だった。あとから知ったがその時チャットモンチーは毎週その中でチャットLOCKS!としてラジオをしていた。

その時聴いたのは Last Love Letter だった。イントロで何だこの曲は…とゲームをする手を止めて思わず聴いてしまった。そして流れてきたえっちゃんの声を聴いた瞬間、この人だ…あの時聴いた声の人だと思わず身震いするほどうれしかったことは今でも忘れられない。

その年の誕生日はウォークマンを買ってもらった。最初に入れたアルバムも曲もチャットモンチーだった。その時からオレの生命力になった。

しかし中学に入ってチャットモンチーの話をすることはなかった。周りの皆に聞いてもそれって誰?とかしらなーい笑と返され、それに加え自分も部活が忙しく自然と定期試験前に勉強しているときにシャッフル再生で流れてくるぐらいのひとたちになってしまった。

そんな中でチャットモンチーはドラムクミコンの脱退、あっこのドラム変更など目まぐるしい変化を遂げていった。当然オレはそんなところにまで目をかけていることもなかった。
 

あっという間に中学を卒業した。みんなでレミオロメンの3月9日を歌ったり、GReeeeNのキセキなどを歌った土手。じゃあまた遊ぼうな!と別れ、持ち込み禁止だったが最後ぐらいと思って連れてきたウォークマンで曲を流した。ちょうど流れてきたのは”サラバ青春”だった。思わず立ち止まって聞き惚れてしまった。そこからオレのチャットモンチー愛は再び急加速した。ただその時ちょうどえっちゃんの妊娠とともに目立った活動をしておらず、これは活動休止なのか!?と悶えたこともあった。

そのあとスポンジが水を吸うようにシングルやアルバムを中学生と高校生の狭間の春休みで買いそろえた。合格祝いでは足りず、お年玉を少し崩した。
 
 

高校生、自然な流れで恋をして、そしてオレはフラれてしまった。そんなときに”染まるよ”をまた聴いた。小学生の時とは違ったところからグサグサ心に突き刺さるものがあった。チャットモンチーでまたひとつ悶えたことが増えた。

チャットモンチーをきっかけにしゃべり始めた子もいたし、高校の軽音部のライブでチャットモンチーを演奏したバンドもあった。もちろん通学中の4割ぐらいはチャットモンチーを聴いていた。

世間でいう青春の日々を駆け抜けていた高2のとき、2人の10周年の武道館ライブにありがたいことに行くことができた。初めてのチャットモンチーのライブ。聴いていた曲が次々と目の前で演奏されていき、1曲目の”ハナノユメ”で尾てい骨から背中にゾクゾクとした電流が駆け巡り全身の鳥肌が止まらなかった。大声で歌ったし手が痛くなるほど叩いた。高校生の時の自分はちょっとチャットモンチーと距離が近くなった気がした。

2人になってからのチャットモンチーは一つデカい山を登り切りそこから見えたいろんな景色の記憶を手にいろいろなところに手を伸ばしている気がした。もちろんどれも聴いたし好きになった曲もあれば少し肌に合わないものもあった。でも今も家にチャットモンチ―のCDがあるし、チャットモンチーで大好きな女優 小松菜奈も知ることができた。

そんなチャットモンチーが解散発表をした。その時ちょうど好きだったアイドルが卒業発表をしていたのと重なり、まあ終わりがないものなんてねえしな…とやさぐれながら武道館ライブの申し込みをした。落選した。あぁこのまま終わるのか。チャットモンチーお疲れ様。そう感慨深く終わるはずだった。
 

が、しかし立見席を運よく取ることができた。そして昨日行った。今までのいろんな感情があふれてきた。二人はすごかった。あの年になって自分はあの二人のような強い大人になれるのかすごく不安もあったが、そんな時にも今のままでもいいよと背中を押してもらうような気がした。
 

そんな武道館に詰まっていた愛をおやつに今この文を書き始めた。

一つ大好きなバンドと心の区切りをつけることができた。2人の言葉を借りるとうまく”完結”できた。
オレの人生のどこかしらにチャットモンチーはもういて、ふとしたことで思い出すことがこれからあるのだと思う。そんな時は思う存分チャットモンチーに浸ろう、それだけ人生を共にしてきたバンドなのだから。
でもオレも、昨日一緒に武道館にいたみんなもチャットモンチーだった2人もみんなこれからがある。皆それぞれの”あの人”に向かって、また走り出そう。きっと足は止まらないから。
 

有難う、たくさんの幸せと悶えるぐらい心の琴線をわしづかみしてくるチャットモンチーの全てが大好きでした。じゃあまた、どこかで。

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