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音楽を聴かなくたって生きていけるはずなのに

人生の応援歌 エレファントカシマシ「桜の花、舞い上がる道を」

音楽は人生を楽しく過ごす為の娯楽。身近にあれば感性を豊かに磨くことができるが、生きる為に絶対に必要かと問われればそんなことはない。
だけど私は、音楽と出会わなければ今生きていなかったであろう。

私が初めてエレファントカシマシを知ったのは小学生の時。「今宵の月のように」がヒットし、歌番組に出演していたのを覚えている。当時は頭をくしゃくしゃするお兄さんがいるなぁ、そんな認識でしかなかった。でも時々友人とサビを口ずさんだりもした。
それから時は進み高校生になった私は、自分の中で新しく音楽を開拓したいと思い、名前だけ知っているアーティストの音楽を聴くようになった。そこでふとエレファントカシマシの存在を思い出した。CDをレンタルし、「ガストロンジャー」と「孤独な太陽」を聴いた時に衝撃を受けた。こんなに刺々しく激しく主張する曲も、男としての弱さを優しく歌う曲も、同じ人が作っているのかと。そこから私は14年ほど経った今もエレファントカシマシの大ファンである。
しかし、ずっとファンでありながら、エレファントカシマシの曲を聴けなかった時期がある。

高校を卒業して社会人になった私は、通勤時にいつもエレファントカシマシの「俺たちの明日」や「笑顔の未来へ」を聴き、毎日仕事を頑張った。職場の同僚は優しい人達ばかりで、何の不満も無かった。ただ、私は家庭の事情により大学進学を諦めていた。本来はまだまだ勉強したいことがあったのだが、就職という選択を採るしかなかった。その結果、理想と現実のギャップに押し潰されてしまい鬱病を発症してしまった。鬱病を発症してからは家から出ることもできず、大好きなエレファントカシマシの曲を聴くこともできなかった。生きているのに死んでいるような日々を過ごしていた。
2年ほど経ち、自分の精神も落ち着いてきた頃、またエレファントカシマシの曲を聴くことができるようになった。

少し前向きさを取り戻したそんな時、自分の乳ガンが発覚した。まだ23歳でまさに青天の霹靂だった。幸い早期発見できた為に、今は元気に過ごせている。
しかし当時の私は、はっきりとガン宣告をされたにも関わらず、自分がガンであることを中々信じられずにいた。体調不良も何もなく、体は健康そのものとしか思えないのに、死というものがすぐそこにあるのかと。
だが精密検査を受けたり、入院・手術の日程が決まっていくにつれ、自分の死を自覚し、それがどんどん近づいてくるのを感じた。
私はあとどれぐらい生きられるのだろうか。答えのない自問自答を繰り返し、自分で自分を追い詰めていた。
自分の死と生に向き合えない辛さ、恐怖を抱えた私が部屋で一人何回も聴いた曲が、「桜の花、舞い上がる道を」だ。
何度も何度もこの曲を繰り返し聴き、大声で歌い、涙を流した曲。
宮本さんの説得力のある力強い歌声と歌詞全てが、当時の私の心を暗闇から光へと目を向けさせてくれた。

『取り敢えず行くしかなさそうだ
上り下りの道
ああ 信じて転がるエブリデイ
見ろよ 大いなる花
街は昨日よりも鮮やか
確かに感じる 明日は来る』

『そして胸をはって生きていこう
桜の花、舞い上がる道を』

乳ガンになってしまった今、とにかく生きるしかないのだ。この先どうなるのか分からずに怖いけれど。挫けそうになった時にはこの曲を聴き、何があっても生きることを諦めるのはやめようと強く決意した。

死と向き合い闘う日々を過ごし、エレファントカシマシの新曲やライブが自然と生きる楽しみになった私は、乳ガンの治療も終わり、今年30歳になろうとしている。エレファントカシマシがデビューした年に生まれ、私も30周年を迎えることができることがどんなにどんなに嬉しいことか。
音楽は聴かなくたって生きていける。でも音楽を聴かず死んだように生きる人生もあれば、死ぬかもしれないのに音楽が好きが故に生きることを諦めない人生もある。
こんなちっぽけな私のたった一つの人生に、これだけ意味の違う音楽に対する思いがある。
そして私は、エレファントカシマシという強くもあり弱くもある、こんなに人間くさいアーティストに出会わなければ生きることをとうに諦めていただろう。
長々と綴ったが、簡潔に伝えたいことはたった一言である。
音楽は素晴らしいものだ。

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