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僕らを結ぶリボン

BUMP OF CHICKENの「リボン」が結んできたもの

BUMP OF CHICKENの「リボン」が大好きだ。

彼らの結成20周年イヤーの最終段階で作られたという曲中には、「ガラス玉」や「手作りの地図」や「野良猫」など、これまでの楽曲たちを彷彿とさせるモチーフが多く散りばめられている。
また、20周年イヤーの最終日という特別な日に曲が発表されたことも相まって、初めて聞いた瞬間から私は、これはBUMP OF CHICKENの4人のことを唄った曲なのだと思った。
 

嵐の中を ここまで来たんだ
嵐の中を ここまで来たんだ

嵐の中を どこまでも行くんだ
赤い星並べてどこまでも行くんだ

(リボン / BUMP OF CHICKEN)
 

最初と最後のフレーズに代表されるように、歌詞のすべてから4人が共に過ごしてきた20年間とこれからの日々への決意が感じられ、ただただ胸がいっぱいになった。
認め合い、許し合い、それでいて馴れ合わずに高め合える、そんなBUMP OF CHICKENの4人の関係性が、リボンによってはっきりと映し出されているようだった。

そんな中、2017年9月から、アルバムを引っ提げない全国ツアー「PATHFINDER」がスタートした。
セットリストには新しい楽曲たちはもちろん、長年ライブで演奏されなかった曲や懐かしい曲がふんだんに盛り込まれ、4人の演奏と歌を聞きながらこれまでの自分の些細な人生を振り返り、色んなことを思い出したり、思い浮かべたり、考えたりした。
嬉しかったこと、辛かったこと、悔しかったこと。自分でも名付けようのない感情にもたくさん出会い、その度に涙が流れた。
そうして過去から現在までの楽曲たちに触れながら迎えた本編の最後で、リボンが演奏された。

それまでずっと私にとってのリボンは、「BUMP OF CHICKENの4人の唄」だった。4人のあたたかい関係性に心から感動しながらも、それはどこか客観的なものだった。
美しいものや切ない出来事をただ見たり聞いたりしたときのように、外側から触れているような、そんな実体のない感動だった。
しかしライブで聞いたリボンが、不思議と内側から私に語りかけてくるような感覚があった。そっと傷口に触れるような、優しく包み込んでくれるような。私はこの感覚をよく知っていた。
そうか、これは「私の唄」なのだと思った。
 

たくさん笑ったり
それよりはるかに少ない
泣いたり怒ったりした事の全部が
音符になって繋がって 僕らを結んだ

(リボン)
 

笑ったこと、泣いたこと、怒ったこと、その全てが繋がって結ばれていた。何とだったろうか。
紛れもなく、私自身と、BUMP OF CHICKENの曲たちだった。

そう気づいた瞬間、私が今までBUMP OF CHICKENと過ごしてきた時間とそれを彩ってくれた楽曲のすべてが、リボンという曲の中で生き生きと輝いているように感じられた。
嵐の中をここまでやって来たこと、出会って生まれた光をずっと追いかけてきたこと、つぎはぎの傘や汚れたカンテラや手作りの地図を大事に一緒に使ってきたこと。
BUMP OF CHICKENの4人のことだと思っていた描写の全部が他人事ではなく、まさに私がBUMP OF CHICKENの曲たちと一緒に過ごしてきた時間のことを表していた。
なかでも私が一際大好きな一節がある。
 

同じ時に震えたら
強くなれた 弱くなれた

(リボン)
 

この「強くなれた 弱くなれた」の部分である。

私がBUMP OF CHICKENと出会ったのはかれこれ十数年前、私が中学3年生だった頃、友達がたまたま書き記していた「ギルド」の歌詞を目にしたことがきっかけだった。
それまで音楽というものは自分の生活のなかでそれほど重要なものではなかったし、ましてや音楽に触れて涙が出る経験など想像もつかなかった。
そんな私が曲を聞いて生まれて初めて涙したのが「ギルド」だった。
何か辛い経験をしたとか、学校に馴染めないとか、環境に不満があるとか、そういうわけでもなかった。ただただ平凡な中学生だった。
それでも心のどこかで何かに対して、鬱屈とした気持ちを抱えていたのかもしれない。「美しくなんかなくて 優しくも出来なくて」と嘆いて、「その場しのぎで笑って 鏡の前で泣いて」いたのかもしれない。
自分でも気づかなかったような、あるいは気づかないフリをしていたような、そんな感情をもそっと引っ張り出してくれたBUMP OF CHICKENの音楽に、私はその日からずっと支えられてきた。
友達と喧嘩をしてしまった日、人を傷つけてしまった日、自分に自信が持てなくなった日、優しさを貰った日、誰かを好きになった日、一歩を踏み出さなきゃいけない日。
そんな日々の全てにBUMP OF CHICKENの曲たちが寄り添ってくれて、勇気をくれた。

大人になってからは、泣けないことが増えた。泣かないのか、泣けないのか、それすらもわからないほどに感情を押し殺すことが得意になった。感情がどんどん平坦化していくことが怖くて仕方がなかった。
そんな時でも、BUMP OF CHICKENの曲の前でだけは、自分の素直な気持ちと真っ直ぐに向き合うことが出来た。「悲しい」と感じること、「辛い」と自覚すること。唯一自分の弱さを曝け出せる場所が、BUMP OF CHICKENの曲の中だった。
BUMP OF CHICKENの曲たちがその時々の色んな感情に寄り添って、私の耳を、心を震わせてくれた。
BUMP OF CHICKENの曲と一緒に私は、強くもなれたし、弱くもなれた。
 

意地や恥ずかしさに負けないで
心で正面から向き合えるよ
僕らを結ぶリボンは
解けないわけじゃない 結んできたんだ

(リボン)
 

BUMP OF CHICKENの音楽に支えられてきた私と、その曲たちとが繋いできた証を照らし出してくれたのが、リボンだった。
「PATHFINDER」という、過去の楽曲たちにもスポットを当てたツアーの本編の最終曲という形でリボンが演奏されたからこそ、私はそのことに気づくことが出来た。

BUMP OF CHICKENの音楽を好んで聞いている人にとって彼らの音楽の魅力のひとつは、曲が「自分のための曲」だと感じられるところにあると、私は思う。
そういった意味で、リボンは今までの楽曲の中でも一際強く「自分の唄」として心に響く。
ひとりひとりにBUMP OF CHICKENとの出会いがあり、十人十色の嬉しかったことや辛かったことがあり、何万通りものBUMP OF CHICKENとの思い出がある。
リボンはたったひとつの、他でもない自分自身とBUMP OF CHICKENが築き上げてきた関係に、そっと糸を通してくれるような曲だ。

20周年という大きな節目の終わりにこの曲を届けてくれたBUMP OF CHICKENから、私は1冊のアルバムを貰ったような気持ちになった。これまでの私との思い出をたくさんスクラップしてまとめた、世界にたったひとつの「まほうのアルバム」だ。彼らはそれに優しくリボンを結んで、私のもとに届けてくれた。私だけでなく、BUMP OF CHICKENと思い出を作ってきたリスナーのひとりひとりに、それぞれに違った色のリボンをかけて。

アルバムにはまだ空白のページが沢山ある。これからも私は、彼らの音楽と共に歳を重ねていくのだろうと思う。
嵐の中を、出会って生まれた光を追いかけながら。
自分の意思で、しっかりとリボンを結びなおしながら。

私は、BUMP OF CHICKENの「リボン」が大好きだ。
 
 

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