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大森靖子「クソカワPARTY」と時代

クソカワPARTY開催中

大森靖子の「クソカワPARTY」を何周か聞いた時、ああこのアルバムは傑作なんだと思った。傑作と言われるアルバムはどれもその時代の空気を内包している。傑作や名盤と言われてすぐ思い出すのは私にとっては椎名林檎の「無罪モラトリアム」だ。1999年にリリースされたこのアルバムは私にとって珠玉の一枚と今もなっている。99年といえば当時、日本経済はバブル経済崩壊後の低迷期まっ只中であり、また「1999年7月に世界が滅亡する」とされたノストラダムスの大予言がまことしやかに信じられ、渋谷にはガングロギャルが町中を闊歩し、少女は援助交際を行っていた。一言でいうとカオスな雰囲気だった。明日世界が崩壊するから今日を楽しもうという刹那的な考えが蔓延していたように思えた。そんな中、椎名林檎は「無罪モラトリアム」をリリースした。ジャケットデザインのかっこよさから、当時生まれて初めて聞くオルタナティブなロックに私の価値観は崩壊し、これ以降私はロックの虜となり、今もそのままである。「無罪モラトリアム」にはオルタナティブロックによって当時のカオスな世界の雰囲気が表現され歌詞や曲も退廃的だった。それには1999年の時代の空気が入っていた。おそらくこのアルバムを聞いた当時の私は社会に適合できないモラトリアムな瞬間を送っていたのだろう。
 2018年7月、大森靖子の「クソカワPARTY」はリリースされた。私が購入したのは銀茜宴“シルバニアフェス“のヴァージョンである。何周も聞いているうちに死んでは生き返されて、死んでは生き返されて、死んでは生き返されてを繰り返している気分となった。
 1曲目は「死神」。死神の前では私は無力である。
「川は海へと拡がる 人は死へと溢れる やり尽くしたかって西陽が責めてくる」
世界には死が溢れている。望まれてないものもあるし、死が自分の身近、生きている自分自身にも近いもののようにリアルに感じた。サビにかけて盛り上がり、大森靖子の激情的な歌唱によって消えてしまいたいという衝動に駆られる、迫られる。死を感じた。
 2曲目は「ZOC実験室」。オルタナティブロック調で衝動感溢れる曲でギターがアクセントとなっているがちゃんとキャッチーで聞きやすい。
「ZOC ZOC みえてくる」
サビのZOC、ZOCみえてくるの音が気持ちよい。一曲目で殺されて、2曲目の実験室で蘇生される。最後の「生きろ」が耳に残る。イントロのギターバッキングからのソロプレイが好きだ。
「本質を変えること と この心のまま削られること
ぼくは後者を選びました」
誰もが恥ずかしい程の孤独を抱えている。人間活動をすると本質を変えられそうになる。個性を無くされそうになる。それを拒否すると孤独を抱えるしかないのだ。大森靖子はその孤独に語りかけてくる。孤独を孤独にしないでくれる。
 3曲目は「REALITY MAGIC」。
 「クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY
(ARE YOU READY?)
クソカワPARTY クソカワPARTY クソカワPARTY
魔法が使えない私にしかできない PARTY
悲しみを咲かすのさ
REALITY MAGIC」
ここから大森靖子の大宴会「クソカワPARTY」は開催される。私はこのパーティに出席するのだ。
大森靖子はいつだって女の子とカワイイを一貫して肯定し続ける、し続けてくれる。しかし、私は日本社会には男尊女卑のようなものが未だに残っていると社会生活を通じて思う。女性であることを時には否定されたり、女性ではなく母親という役割を全うするよう求められたりする。すべての女性は少女であった。そんな女の子を、女の子が追及するカワイイを大森靖子は肯定する。私は大森靖子の「超歌手大森靖子 MUTEKI弾き語りツアー ファイナル」に行ったとき、隣の女性が大森靖子の歌を聞いてすすり泣いていたのを見た。大森靖子が女性に強く支持されているのだと思った。今の時代には大森靖子のようなアーティストが必要なのだ。
 2018年現在日本は20年以上続いたデフレ不況から脱却し、インフレ時代へと確実に向かっている。東京オリンピックも控えていて、新卒の就職状況からみても好景気と言える。しかし依然として社会全体に閉そく感は続いていて寧ろ強くなっているように私は感じる。昨年まで社会人として働いていた私は無個性であることを会社で求められた。(それはスーパーマーケット業界というシステマチックな業界のせいかもしれないが)私は入社したとき会社で「読解力を求める文章を書いてはいけません。」と指導を受け非常に驚いたことがある。社会では個性は叩き壊され、スーパーマーケットに陳列されるおにぎりのように綺麗な三角にされる。大森靖子の音楽はそんな無個性を強要されることから私を開放して自由にしてくれる。あるウェブサイトのインタビューでカワイイの定義について大森靖子はこう語っている。
「自分の大事なものを曲げない人。「ここだけは譲れない」というものを大事に持っている人。そういう人がカワイイし「ロック」なのかなって。以前つんくさんが、双子が生まれたときに、著書の中で「ロックや!」って書いてて。全く意味が分からないじゃないですか。「双子が生まれてロック?なんだそれ」みたいな」
大森靖子は個性やカワイイを肯定してくれてパーティを開催してくれるのだ。
 4曲目「GIRL’S GIRL」では「人に嫌われないように生きていたら絶対に言えないことを、全部言ってやろうという気持ちで書きました。」と大森靖子はインタビューで語っている。アルバムを通じて核となる曲のように思えた。
「可愛いまま子育てして何が悪い
子供産んだら女は母親って生き物になるとでも
思ってんの? どっちがADULT BABY
私のかわいいと こどものかわいい
それぞれが尊くて何が悪い
全てを犠牲にする美徳なんて今すぐ終われ
かわいく生きたい
GIRL’S GIRL 女の子って最高
GIRL’S GIRL 女の子って最低
GIRL’S GIRL 女の子って最高
GIRL’S GIRL 女の子って最低
わかってほしいとか思わないけど
わからないとかちょっとどうかと思う」
 大森靖子の魅力はたくさんある。メロディーメーカーとしての優秀さ。自称超歌手としての歌唱力。化け物じみたリズム感。圧倒的なライブパフォーマンス。私の大好きな新宿という歌のように新宿という町を的確に表した歌詞。そして、ギター演奏。私は自分が購入した銀茜宴“シルバニアフェス“のヴァージョンが好きだ。8曲目の「東京と今日」と9曲目の「VOID」の流れが好きだからだ。どちらも突き抜けるような大森靖子の声にアコースティックのギターバッキングが気持ちよい。今までのアルバムと比べても最もPOPでわかりやすい。
 大森靖子は以前「~っぽい」としか他人の音楽を評価できない人々への反感を込めて「魔法が使えないなら死にたい」のジャケットを椎名林檎のジャケットのオマージュにあえてしたことがあった。「クソカワPARTY」は大森靖子が唯一無二の存在であり、形容するなら世界一のピンクであることを証明する傑作である。それは現代人に必要なアルバムであり、私は消費されては消える単なるポップミュージックで片付けて欲しくないと思い多くの人に聞いてもらうことを強く望む。この「クソカワPARTY」に参加しよう。
 

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