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2017年4月25日

苅野雅弥 (28歳)

ポップ・カルチャーの掟

ザ・ストーン・ローゼズの日本武道館公演で見た勝利宣言

 2017年4月22日、日本武道館でストーン・ローゼズのライヴを観た。イギリスのポップ・ミュージック史に名を残す彼らがいなければ、マッドチェスターが人々の心に刻まれることはなかったし、オアシスだって生まれなかったかもしれない。それほど偉大なバンドだという意見に異論はないはずだ。
 とはいえ、青春ど真ん中のバンドかといえば、そうじゃない。彼らのファースト・アルバム『The Stone Roses』が出たのは1989年5月だが、そのとき筆者はまだ1歳にもなっていなかった。それでも、幼い頃から彼らの音楽はよく聴いていた。両親が、1988年7月に生まれた筆者をセカンド・サマー・オブ・ラヴの申し子と半ばからかいながら、彼らの作品を何度も聴かせてくれたからだ。
 

 そんな筆者だから、彼らのライヴをただ楽しむというのは難しかった。オープニングの「I Wanna Be Adored」を聴いた瞬間、幼い頃の思い出がこれでもかと溢れでてきた。次の「Elephant Stone」に入ると、ライヴの熱狂に包まれながらも、過去の失敗や痛みが四方八方から飛んできて、どこか気恥ずかしかった。
 しかし筆者は彼らのライヴを観て感動してしまった。昨年発表した新曲「All For One」も披露するなど、今のバンドとして演奏する彼らに興奮しつつ、1989年当時の若い両親と踊っているような錯覚に襲われたからだ。ステージ上にはイアン、ジョン、マニ、レニの4人しかいないはずだ。だが筆者には、4人の後ろで踊る両親の姿が見えた。ライヴ前にジントニックを飲んだ影響もあるだろうが、そんなふうに見えたのだ。
 そしてライヴが進むごとに、4人の後ろで踊る人たちが増えていった。そこにいたのは、マッドチェスターの熱狂を肌で感じてきた人たちであり、さらにはマッドチェスターに多大な影響をあたえた伝説のクラブ、ハシエンダで踊っていた人たちだ。当然ピーター・フックも見かけた。「Elephant Stone」をプロデュースした縁があるから駆けつけたのかもしれない。この光景はさながら、過去と現在が手を取りあって、4人の未来を祝福しているかのようだ。それを楽しむかのように、ジョン、マニ、レニの演奏が生みだす高揚感は上昇しつづけ、イアンのヴォーカルは呪術的かつリズミカルになっていった。
 

 そんな光景を見ながら筆者は、彼らの物語を想っていた。ストーン・ローゼズは、1996年に一度解散している。その後、各メンバーはソロ活動に勤しんでいたが、2011年に再結成するまでバンドとしての活動はなかった。この空白期間は、彼らを過去のバンドという、よく言えばレガシー的存在へ押しやるには十分な時間だ。しかしそうはならず、彼らが今のバンドとして復活できたのは、ひとえに多くのファンが彼らの作品を語りつづけてきたからだ。空白期間中もファンは彼らの音楽について語り、それを聞いた人たちが彼らの音楽を聴き、新たなファンとなる。
 こうした継承は彼らだけでなく、音楽を含めた様々なポップ・カルチャーに必要不可欠な掟だ。バンドやアーティストは、その時々の想いを作品に記録するが、それを記憶して語り継ぐのは、記録に触れた者たちなのだから。彼らのファンはその掟に忠実だった。だからこそ、4月22日の日本武道館にストーン・ローゼズという空間が生まれたのだ。
 

 イアンは去り際に、「Thank you We will be back」と言った。それはまた戻ってくるという意味だけでなく、ポップ・カルチャーの掟を守った彼らのファンの勝利宣言でもあった。彼らが戻ってこれる場所を作ったのは、彼らを観るために集まった者たちだ。

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