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6月22日、渋谷にて。

Halo at 四畳半と期待しがちな私の話

 
上京して丸5年が経った。
「18歳」が終わることに絶望していた私は、先日24歳の誕生日を迎えた。

悲しくもなければ嬉しくもなかった。
24歳になったところで、何かが劇的に変わるわけでもないし。
誕生日を迎える3日前まではそう思っていた。

誕生日の3日前、6月22日。
Halo at 四畳半がメジャーデビューを発表したこの日のことを、私は一生忘れられないと思う。

昔から「夢見がちだ」とよく言われていた私は、いつも何かに期待していたし自分は何者かになれると信じていた。

「期待」というものは残酷なもので、すればするほどそれが叶わなかった時の代償も大きく傷は深い。

自分にも周りにも人生にも期待してしまうから、いつもその期待を持て余しては少しずつ心をすり減らしていたような気がする。
人生は往々にして期待通りにはならない。

いつの間にか「仕方ないか」が口癖になり、やるせない気持ちを飼い慣らせるようになり、理不尽も不毛もため息ひとつで飲み込めるようになった。

大人になるってこういうことか、なんてよくあるセリフを呟きながら迎えた6月22日。

「現実を忘れさせたいわけじゃない」
「現実を大きく上回るような感動を手渡しに来ました」

聴き慣れたSEのあと、ボーカル渡井さんが言った言葉に心臓が痛くなる。

現実逃避ではなく、現実から逃げないための、立ち向かうための音楽。
それがHalo at 四畳半の音楽なのだと実感した。

私はハロを人に薦めるときには必ず「一度でいいからライブを見て」と言っている。
もちろん音源も最高だからCDも買い占めて各所に配り歩きたいくらいだけど、ハロのいちばんの良さはライブにあると私は思う。

(ものすごく良い意味で)大人しそうな、人の良さそうな見た目からは想像もつかないくらい熱いライブをする。
熱量をそのままこちら側にぶん投げてくるような、それでいて帰り際にひとりひとりにお土産と愛を手渡してくるような、そんなライブ。

ステージに立つメンバーが会場の誰よりも楽しそうにしてるのも魅力のひとつ。
何度も「ありがとう!」と笑顔を向けてベースをかき鳴らす白井さん、リズムを楽しそうに口ずさみながらドラムを鳴らす片山さん、どう考えてもギターヒーローな齋木さん、そして魔法みたいな言葉を紡ぐ渡井さん。

4人が鳴らす音楽は、ライブハウスで聴いたときにいちばんの効力を発揮する(と、少なくとも私は思っている)。

この日は特に気合いというか、気迫みたいなものを強く感じた。

『何処までも 飛べるだろう/再会を果たすその日まで/離れた思いの軌道上で/巡った時間の答え合わせをしよう/残された生命を君と歌っている』(リバース・デイ)

『そこから見ていてくれよ/飛ばした未来を/さあ今迎えに行こう』(飛行船)

『千年後を語るように 永遠が続くように/失うことを知ってもすべてを守りたい/想像へ縋るように 夢を抱えたままで/行けるさ 煙さえも超えていく 夜空を裂いて』(ユーフォリア)

ハロの歌は希望や未来を歌ったものが多いように思う。
ただ単に「前を向いて生きようぜ!」と強引に背中を押すような歌ではなく、寂しさや葛藤ややるせなさを全部わかった上で、「それでもやっぱり夢を見ようよ、この歌があんたを守るから大丈夫だよ」そう隣で語りかけてくれるような、そんな歌。

ライブだとそれをモロに感じることができる。
だから私はライブハウスで見るHalo at 四畳半が大好きなのだ。

大好きな曲のひとつに、ペイパームーンという曲がある。

『救世主のいない物語で/なあ 君を救い出せるだろうか/今もこの手はずっと震えている/守り抜けない約束があったな/それでもまだ息は続いている』(ペイパームーン)

悲しくなったり落ち込んだりすると、この曲をおまじないのように口ずさんでいた。
私は私を幸せにしてあげなくちゃ、と折れそうな心を何度も奮い立たせていた。

選ばれたことよりも選ばれなかったことの方が多かった。
何かに勝ったことなんて人生でほとんどない。

それでも、ハロが作る音楽を聴いて、ライブを見てるときだは嘘でもなんでもなく無敵になれた。

ライブが進むにつれ会場の温度も高まっていく。
握った拳が痛かった。それでも握り続けた。

『選ばれた僕らじゃないとしても/君が名を呼んでくれるなら/繋いだ記号 ほら 何度でも/応答するよ その声だけを頼りに』(モールス)

「俺たちがあんたを選ぶ!」
「ひとりぼっちだなんて思うな!」

モールスが始まる前に、渡井さんがそう叫んでいた。
あの時彼はあの会場にいた全員に向けて(なんなら配信を見ていた人たちにも届くように)叫んでいた。

けれど、あの言葉を聞いた人全員がきっと「自分に言ってる」と思ったはず。
あんな、言ってしまえば壮大なプロポーズみたいな言葉を投げ掛けられて心が動かない人なんていない。

本編が終わる頃には、なぜだか少し泣いていた。
嬉しいのか楽しいのか共感したのか、自分でも分からなかったがどうしてか視界が霞んでしまった。

そして始まったアンコール。
渡井さんがひとつずつ言葉を選ぶように話し出し、小さく息を吸ってから「Halo at 四畳半、メジャーデビューします」と言った。
そして、言い終わるよりも先に会場に歓声が響いた。

待ってた。
メジャーデビューをじゃなくて、彼らの今までが少しでも報われる瞬間を私はずっと待ってた。

正直、期待なんてしない方が数百倍生き易い。
悲しくなるのはいつも自分なのだから、悲しくならないように予防線を張りながら生きていく方が傷は少なくて済む。

けれどこの日、ステージで音楽をかき鳴らす彼らを、メジャーデビューを発表して会場の誰よりも泣いている彼らを見ていたら、負けたくないと思ってしまった。

望んだ通りの道ではなくても、人より遠回りしているのだとしても、それでも前を向いて希望を歌い続ける彼らに負けたくない。恥じない姿でいたい。

あんな格好良い姿を見せられてそれでもまだ前を向けないなんて、私そんな自分は好きになれない。

少しくらい嫌なことがあっても、期待した通りに生きれなくても、大好きなバンドが手を差し伸べてくれるならそれでいいじゃないか。
傷付きながらも平気なふりして笑って、バカみたいに明日に期待してる方が何倍も素敵じゃないか。

ハロはこの日私たちと「絶対に大きくなる」という約束をしてくれた。恥じないバンドになる、そう言っていた。

その言葉に期待をしてしまったから、守ってもらわなくちゃ困る。
だって私、「あの場所でハロが見れるかも」「あのフェスにだって出てくれるかも」なんて考え始めてる。

いつかのライブで渡井さんが言っていた「あんたたちのいちばん大きな光になりたい」という言葉を、もっとたくさんの人に届けてほしい。

あの日から数日経って、またいつもの日常が始まった。
いつの間にか梅雨も明けて平成最後の夏が本格的に始まろうとしている。

今日はすごく良いことが起こるかもしれない。
明日こそ自分が納得する自分になれるかもしれない。
もしかしたら運命の人にも会えちゃうかも。

そういえば24歳になってから急に世の中が優しくなった気がするし、何かが劇的に変わった気がする。

私は今日もHalo at 四畳半を聴きながら、今日に期待をして会社に向かう電車に乗り込む。
 
 

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