1234 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

関ジャニ∞という唄い人

唄に乗る生き様

「唄」とは伝統的邦楽を意味する。アイドルという文化はまさに日本の特徴的な文化の一つであり、彼らの「うた」に当てはめる漢字としてこの「唄」を選んだ。

そしてその彼らとは、関ジャニ∞である。先日、メインボーカルのひとりの渋谷すばるが関ジャニ∞としての最後のテレビ出演を終えた。
 

私はエイターだ。だからこそ、彼らの紆余曲折の活動をずっと見てきた。ライブや雑誌で涙ながらに悔しさを語るメンバーを見てきた。時には、ストレートすぎるのではないかとこちらが危惧するくらいの強すぎる言葉や、キツい正論を口にしていた。

そして私は思ったのだった。
 

ー関ジャニ∞とはなんて残酷なのか、と。
 

アイドルは綺麗な夢を見せてくれる、現実を忘れて幸せにしてくれるプラス要素の塊であると思っていた。なのに、彼らは日の目を浴びない下積み、そして今回、エイターの名付け親でありジャニーズへの、関ジャニ∞への、ファンへの愛を誰より叫び続けたメンバーの脱退を突きつけてきたのだ。
彼らを応援する中で私はこう思うようになった。これが彼らがジャニーズらしくないと言われる所以なのではないか、と。バラエティーで体を張るからではない。マンキンの変顔をするからじゃない。規制音の入る下ネタを言うからではない。

関ジャニ∞というアイドルは、夢なんて見せてくれないのだ。

「永遠」なんて、「絶対」なんてないのだと、エイターに突きつけてくる。それでも彼らは必ず最後に、現実を生きることの素晴らしさを教えてくれる。

幻想に逃げるな、俺らはそんなもん見せへんぞ!でも、今を一生懸命に生きていこうや!案外いいもんやで!と。

関ジャニ∞という唄い人は唄を通して、叫び続けたのだ。空腹が最高のスパイスであるように、彼らの痛みや涙、そういった感情や生き様こそが、彼らの唄の最大の武器なのだ。
そこに技術的なあれこれを言うのは極めてナンセンスだ。もちろん彼らより技術の高いバンドはいくらでもいる。

でも、‘あの’「LIFE〜目の前の向こうへ〜」を唄えるのは、あの時の関ジャニ∞しかいなかったのだから。

7月8日の関ジャムで唄った、あの「LIFE〜目の前の向こうへ〜」はたくさんの人の心を壊した。唄い手の彼らにもそれぞれ、色々な想いがあったことだろう。

一筋の涙や詰まった唄声、真っ赤な顔、満開の笑顔、このときを噛みしめるような指先、何かを堪えるような表情、切なすぎる微笑み、そして、ライオンのような愛の叫び。

あのときの空気、そして今までの彼らの歴史全てが、彼らの唄の最高のスパイスだった。

唄には、詞やメロディー以上に大切な要素があると思う。それは、唄い手の生き様だ。唄はその唄い手の人生やストーリーを色濃く反映する。彼らのLIFEはまさにそうだった。
 

ー涙もまだ乾いていないのに、それでも歩みを止めず、進み続けてきたのだろう。そしてこれからもー

そんな彼らの唄を、そして唄い人の生き様を。
私はこれからも、見ていきたいと更に強く思った。
涙を流しても、辛い思いをしても。最後には、笑わせてくれる関ジャニ∞を好きになってよかったと、月並みな表現がもどかしく思うほど実感している。

「永遠」なんてもうないとわかってしまったけれど。
だけど、彼らの「今」が「永遠」になればいいと、願わずにはいられない、なんとも諦めの悪いファンの戯言であった。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい