1506 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

「いこうよ」という声に誘われて

BUMP OF CHICKEN「望遠のマーチ」から受け取ったメッセージ

BUMP OF CHICKENが約1年ぶりにリリースした新曲「望遠のマーチ」は久しぶりにアップテンポな曲でイントロのサウンドからは青空の中を泳ぐ雲を眺めているようなそんな気持ちにさせてくれます。

この曲はスマホアプリ「妖怪ウォッチワールド」のCMソングに起用され、書き下ろしでないにも関わらず外に出て妖怪を探すというポケモンGOのようなゲームの世界と歌詞が見事にリンクしているのも驚きです。

“いこう いこうよ”(望遠のマーチ)

こう言われただけで曲の心地よい音と共に、無条件で外に連れ出してくれる力があります。しかしバンプの曲の持つ力とはそれだけではありません。

「生きている言葉」この表現が正しいかわかりませんが、私たち人間が相手によって表情や接し方を変えるように、バンプの歌詞も同じように聴き手ひとりひとりによって変わる、まさに生き物のように意志を持っているからのように私たちの心に話かけてきます。

「この曲は自分の為に歌われた曲だ!」この曲もいつものようにそう思えました。勇気をもらえた。そして泣いた。

いつも「この人俺のこと知ってるんじゃないの?」と心を見透かされてる思えるのは、作詞者である藤原基央の綴る歌詞は全て真実だからです。真実は全てのものの前に平等であり、どんな罵声もひねくれた言い訳も通用しません。この世に「心を映し出す鏡」があるとしたらそれはまさにバンプの楽曲です。どれだけ自分の心を隠そうとしてもその鏡を見ればレントゲンのようにその心を映し出すでしょう。

真実を知ると言うことは、時にはとても恐ろしいことでもあります。「望遠のマーチ」は容赦なくその真実を突きつけてきます。

“夜を凌げば 太陽は昇るよ そうしたら必ず また夜になるけど”

“希望 絶望”

夜が終われば朝がくる、そしたら必ずまた夜がくるように、人生も絶望と希望の繰り返しです。これを聞いてショックを受ける人もいるでしょう。だってようやく手に入れた希望の先には必ず絶望が待っているのですから。

そう考えるとサビの部分で「いこうよ」と連呼しているのに矛盾を感じるかもしれません。希望の後には絶望が待っている、それでも藤原基央は「いこうよ」と私たちに呼びかける。それはなぜか?

人間は矛盾した生き物です。いつか死ぬことを知っていて生きてる唯一の生き物です。

合理的に考えれば、苦しいことや辛いことがあるならさっさと死んでしまったほうが楽です、どうせいつか死ぬのですから。でも死ぬのは誰だって嫌です、誰だって生きていたいのです。生きていたいということは本能であり、紛れもない真実なのです。あの時いっそのこと死んでしまった方が楽だったって経験したことある人も多からずいると思いますが、今こうして生きているということは生きることを選んだということです。
それは希望を感じているからではないでしょうか?生きていることを感じていたいからではないでしょうか?

私はそんな真実を突きつけられて自分の本質をさらけ出された気がしました。世界は残酷だ、それでも胸の奥にある希望の光は消えてくれない、そんなところに「いこうよ」を手を差し伸べてくれてる、バンプが私に近づいて来てるように感じました。

“どれだけ待ったって 誰も迎えにこないじゃない”

バンプが近づいて来てると思った矢先にこのフレーズを聞いて思わず笑ってしまいました。そうだ、バンプは迎えに来てはくれない、手を差し伸べてくれてるんだから、今度はこっちからその手を掴みに行かなければならないんだ!自分はなんて甘ったれてたんだと思い知らされました。この人だけはずっとそばにいてくれるなんてことはない、何事も自分が歩き出さなきゃ始まらないんだ。

毎日朝起きて仕事に行き帰ってきてはテレビやネットを見て繰り返す日常。何もしなければ成功することもなければ失敗することもないけど、何か大切なものを時間と共に奪われている感じがして私はどうしたらいいか迷っていました。バンプの曲には「迷子」という言葉が何度も登場しますが、そもそも目的やゴールがなければ迷子になることはありません。つまり逆説的に考えて迷っているということはやりたいことがあるということに気付きました。「迷子」という言葉も真実を映し出す役割をしていたのです。

“本気で迷って 必死にヘラヘラしている”

結局のところ私は迷っているふりをしてただけで必死にそれを隠そうとしていたのです。
なぜ隠そうとしていたのかと言うと、夢に向かって進むのが怖かったり、周りと違うことをする勇気がなかったからだと思います。今を変えることはとても勇気がいる、今を変えなくてもそれなりに楽しいし生きることになんら支障はありません。わざわざリスクを冒してまで先が見えない暗闇の中に飛び込む必要があるだろうか?私は必至でやらなくてもいい理由を探していました。だけど心は苦しかった。ここでも「いこうよ」という声が胸まで響いてきます。

「いこうよ」という声は警察のようにどこまでまでも追ってきます。まるで自分の心と向き合わないことが罪であるかのように私を苦しめます。案ずるより産むが易し、外に出たがっているものを抑え込もうとするから苦しいのです。私は自分の心をまるで厄介者のように感じ檻に閉じ込めてしまっていたのです。

バンプが差し出してくれた「いこうよ」という言葉は檻の鍵に見えました。

いつか死ぬとわかっていても体は生きたいと叫んでいるように、絶望があるとわかっていても心は行きたいと叫んでいるのです。希望はどんな時も消えない、それは人間が未来を夢見る力があるからです。私たちはいつだって遠くを望んで生きているのです。「望遠のマーチ」この曲のタイトルはこれ以外あり得ません。

長々と説明しましたが、この曲は「絶望」「希望」「いこう」この3つで説明できます。

絶望+希望=いこう

この計算式の意味がわかるようにに記事を書いたつもりですが、わからなかったら私の力不足のためご容赦下さい。

少なくとも私はこの曲がこのようなメッセージを話しかけてくれているように思えました。やはりバンプの綴る言葉は生きている。だからもう鍵を外して素直に心を飛ばしてあげれます。

そうだ、いっしょにいこう。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい