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フジファブリックに恋した季節

同じ花火を見れたなら

2018年7月。連日の猛暑によりバテていた私は、極力家から出ないようにしていた。
テレビを点けたまま家事をこなしていると、聴き慣れたメロディがCMソングとして耳に流れてきた。フジファブリックの「若者のすべて」だ。
私はフジファブリックのファンではないが、「若者のすべて」は何回も聴いている。

志村正彦という天才ロックミュージシャンが2009年にこの世から旅立っていること。そしてそれからもフジファブリックは活動し続けていることも知っている。
私は音楽に対する知識が豊富な訳ではないが、それほどフジファブリックというバンドの存在は際立っているのだ。

「若者のすべて」は、私の学生時代の恋を鮮明に思い出させる。
好きな人に振り向いてもらえず、それでも気持ちだけを伝えて終わった初恋。
それからしばらくは街のどこかでふと会ったりしないものか、そんな期待を抱いていたが、結局会うこともなく思い出の一つとなった。

こんなことがあったなと思い出させるが、「若者のすべて」は片思いの曲ではないと解釈している。

『ないかな ないよな
なんてね 思ってた
まいったな まいったな
話すことに迷うな

最後の最後の
花火が終わったら
僕らは変わるかな
同じ空を見上げているよ』

会いたいとずっと願っていたら、その人に会ってしまった。その後の二人は何か変わるのだろうか。
これはお互いに好意を持っているからこそ、淡い期待で終わる曲なのだと思う。
でも私が照らし合わせるのは、一方的な気持ちで終わった恋。
それなのになぜ「若者のすべて」は、私に懐かしい記憶を思い出させるのか。
それを考えて考えてやっと気付いた。どうして志村正彦が天才と呼ばれているのかを。

メロディに関しては私が素人なので、専門的なことは何も分からない。
でも歌詞は、心情をぼんやりと語っており、それによって聴き手が色んな方向性に想像させる綴り方なのだと分かる。

私は「若者のすべて」は切ない両思いの恋を歌ったものだと解釈しているが、その一方で片思いしている人に会ってしまって戸惑う曲にも聴こえる。
こんな歌詞の綴り方は出来そうで中々出来ないものではないだろうか。
そして、なんだかそれが少しずるく感じる。
そのずるさが天才故のものなのだろう。

人間はずるいものに惹かれるところがある。
その理由は私には分からないが、思うところがあるとしたら。

人は関心のあるものにしかずるさを出さないと思う。関心が無ければずるさを出す必要がないからだ。

志村正彦は音楽に、そして自分達の音楽を聴く人に途轍もない関心を寄せていたのではないだろうか。
だからこそずるい方法で心を揺さぶり、フジファブリックの音楽を強烈に胸に焼き付けるものとさせたのではないか。
そしてそれが出来るのは、天才でしかないのだろう。
ファンではない私が志村正彦をちゃんと理解するのは難しいだろうが、こうやって熱心に向き合わせるのもやはりずるいと言える。

もっと早くフジファブリックに出会っていればよかったな。
でも彼らの音楽はまだまだ世に発信される。
今までの曲もこれからの曲も、一つ一つ聴いていきたい。

今年の花火は「若者のすべて」を聴きながら眺めたいな。
彼らも同じ花火を見上げるのだろうか。
志村正彦も見ているのだろうか。

ああ、私はフジファブリックに恋をしたのだな。
 

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