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誰も迎えになんて来ないから

BUMP OF CHICKENが気づかせてくれたこと

ー どれだけ待ったって 誰も迎えにこないじゃない (望遠のマーチ)

このフレーズを聴いたとき、思わず笑ってしまった。この状況が自分にぴったりすぎたのだ。やはりBUMP OF CHICKENの音楽の前では嘘はつけない。またどうしようもない私を見抜かれてしまった、と思った。
 

私は幼い頃から、自分から話しかけることも、人と深く関わることも苦手だ。小学校、中学校、高校、大学といろんな人に出会ったが、自分に関することは相手から聞かれない限り話さないし、自分から話せるのは限られた友人だけだ。ただ、その限られた友人にさえ言っていない本音や秘密もある。
別に相手のことを信用していないとか、そういうわけではない。ただ私は私のことを信用していないし、自分の性格が好きではない。だから、自分の嫌いな自分のことを他人に知られたくないし、それを知られて嫌われるのも怖い。行動すらしていないのに、自分が傷つくのを恐れている。

自分でも信じられないくらい臆病だと思う。それでも強がって、臆病ではないふりをする。本当の自分を隠してごまかして笑って、その笑顔の中に本音を隠している。でも誰かに気づいてほしくて、本気で向かい合える人がほしくてたまらない。
本当にどうしようもない。自分が変わればいい話なのは分かっている。誰か他の人に望みをかけ、私を変えてくれる人が現れるを待っていても、誰も迎えになんて来ないのに。

それに、ずっと心の中に隠して固く守っていた部分を、そう簡単に崩して外に出してあげることなんてできない。生き方を変えるのは難しい。だって、そうやって今までずっと生きてきたのだから。
 

ー その場しのぎで笑って 鏡の前で泣いて
当たり前だろう 隠してるから 気付かれないんだよ (ギルド)
ー 全部嫌いなままで 愛されたがった 量産型 (Butterfly)
 

そんな私だから、BUMP OF CHICKENの音楽には心にグサグサ刺されるものがあると同時に、いとも簡単に救われてしまうことがある。彼らの曲を聴くと、私がずっと隠して、他人に見せないようにしていた心の奥底を暴かれたような気がする。会ったこともない赤の他人の彼らが、どうして私が誰にも見せたこともない部分を知っているのだろうか、と曲を聴いていてよく思う。

彼らの曲に、「プレゼント」というものがある。その中に、以下のような歌詞がある。

ー そうやって作った 頑丈な扉
この世で一番固い壁で 囲んだ部屋
ところが孤独を望んだ筈の 両耳が待つのは
この世で一番柔らかい ノックの音

ー このままだっていいんだよ 勇気も元気も 生きる上では 無くて困る物じゃない あって困る事の方が多い
でもさ 壁だけでいい所に わざわざ扉作ったんだよ
嫌いだ 全部 好きなのに
 

「プレゼント」を初めて聴いたとき、これは私のことを歌っているんじゃないかと思った。嘘みたいに歌詞すべてが私の気持ちを代弁してくれていた。私が気づかないでいたことにも、気づかせてくれた。私が心の中に作って、頑なに開けなかった頑丈な部屋には、実は開けることのできる扉がついていたのだ。

私は、すべてを自分嫌いな自分のせいにして、変化を求めず、ただ漫然と日々を過ごしていたのだと思う。しかし、心の奥底では、こんな生き方ではダメだと思っていた。正面から向き合って、心から笑い合える誰かに出会いたいと思っていた。
そのためには、扉を開けるしかない。そこには鍵なんてついていないのだから。開けようと思えば自分で開けられるのだ。
わざわざ扉を作った自分を信じて、ゆっくりでいいから、扉を開いてみなければならない。正々堂々と、自分と他人に向き合わなければならない。そう、思わされた曲だった。
 

ー そのドアに鍵は無い
開けようとしないから 知らなかっただけ
初めからずっと自由 (虹を待つ人)
 

BUMP OF CHICKENは確かに、どんな頑丈な部屋の中でも、暗闇の中でも、私を見つけ出してくれる。しかしそこから抜け出すのは、紛れもない私の意思と行動によるものなのではないかと私は思う。
BUMPの曲は、リスナーの辛い現状や気持ちに共感してくれるとともに、時には目を背けたいようなことにも言及し、私たちのことを見抜いてしまう。しかし、彼らは無責任に応援することも、その状況から無理に連れ出すことも、特定の方向へと導くこともしない。

ただ、その音楽で気づかせてくれるのだ。
どれだけ待ったって誰も迎えに来ないこと。
自分の心次第で世界はどうにでも作り変えることができること。
自分が本当は扉を開けることを望んでいたこと。
そのドアには鍵なんてないこと。
はじめからずっと自由なんだということ。
 
 

彼らの曲に気づかされ、その後どう行動するかはリスナー次第だ。強要などされないし、無理にやらなくてもいい。
でも、もし彼らが差し伸べてくれた手をつかめたら、彼らと一緒だったなら、勇気を出せるのではないか。嵐の中も進めるのではないか。そう思えるほどには、彼らの音楽に救われて、勇気をもらっている私がいる。
 
 

さあ、扉に鍵などかかっていない。どれだけ待ったって誰も迎えに来ないのなら、BUMP OF CHICKENの音楽をリュックにつめて、一緒に進んでみようかなぁ、と思う。

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