1383 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

Too young to die

フジファブリック・志村正彦を思い出す9回目の夏

フジファブリックのフロントマン、志村正彦さんの急逝から今年末で丸9年経つ。ギタリストの山内総一郎さんがフロントマンに転身する形でバンドは復活を遂げ、サポートドラマーの交代もありながら、安定した活動を続けている。今でも私はこのバンドの新譜をフォローし、ライブにも足を運び続けている。

私はまもなく、故人の享年である29歳を迎えようとしている。幸いなことに、今のところ健康でしばらく死にそうにない。こういう場では「今でも作品を通して彼は生き続けています」とか言うべきなのかもしれないが、どう逆立ちしても彼はもういない。彼が参加する作品はリリースされないし、彼のライブを観ることもできない。「そういうことではない」と叱られるだろうか。正直に言うと、私はまったく彼の死を受け止められていない。

彼がこの世を去った翌日、テレビのニュースがその訃報を伝えた。亡くなった状況の詳細は伏せられたが、誰かに看取られようとそうでなかろうと、自分の死は自分一人で引き受けるしかないという意味で、人間死ぬときは一人である。前日の自分といえば、東上野の貸しスタジオにて、所属するバンドサークルのクリスマス会に参加し、どんちゃん騒ぎでご機嫌酒を煽っていた。あの時に故人はたった一人で世を去ったのである。やりきれなかった。数日後に出演を予定していた『COUNTDOWN JAPAN 09/10』は当然出演辞退。すでにチケットを確保しており、他にも目当てのバンドの出演が予定されていたにもかかわらず、私は幕張へ行かなかった。布団にくるまって故人の歌声を聴きながら、ネット掲示板にリアルタイムで投稿される、他の出演者たちが次々とフジファブリックの楽曲をカバーしているとの報告を食い入るように追っていた。「あぁ、行けばよかった」ではなく「バカヤロー、早すぎるだろ」と涙で滲んだ液晶画面に向かって悪態をついていた。故人にも、カバーしたアーティストたちにも、自分に対しても的外れな怒りでいっぱいだった。誰が彼のいない世界にしたんだ、と間違い探しをしていた。年が明けてすぐ、友人が別のアーティストの単独ライブに誘ってくれたので久しぶりに外出した。SEで『桜の季節』が流れて、否応なしに故人の横ノリが思い出されて、また泣いた。数週間後、中野サンプラザでお別れ会が開かれるとのことで、季節外れの仏花を携えて、のこのこ出向いた。客席のあちこちからファンのすすり泣きが響くなか、メンバーが壇上で深々と最敬礼。献花台上部に故人の大判写真が鎮座し、BGMに『笑ってサヨナラ』が流れた。数ヶ月前まで当たり前に生で聴くことのできていた彼の声がホールに響きわたる。

「間違い探しをしていた ここ何週間か僕は独りで色々考えてた どうしてなんだろう」(フジファブリック「笑ってサヨナラ」、PRE-DEBUT盤『アラモルト』(2004)、インディーズ盤『アラモード』所収)

彼の死が公にされてからのファンの心理とシンクロする見事な選曲だ。この選曲も含めて、まるで悪夢を見ている気分だった。法律上は大人なので、スタッフさんの指示に従って隊列を組み、お行儀よく花を供した。外面とは裏腹に、心の中ではあいかわらず間違い探しをしていた。またしばらくして、『ROCKIN’ON JAPAN』が追悼特集を組んで、その記事を舐めるように読んだ。仲間、後輩のほか、故人が音楽の道を志すきっかけとなったスターまで、多くのアーティストたちがそれぞれの言葉で追悼の念を表していた。彼らとどっかの店の小上がりで車座になって、字数の限られた誌面から溢れてしまった思いを聞きながら、飲んで泣きたいと思った。誰も望んでいない。

まだ人生半ばとはいえ、様々な形で身内の最期を見届けたり、敬愛する著名人を見送ってきた。訃報に接した瞬間のショックはそれぞれ大きなものだが、時が経つにつれ、旅立ってしまった人々との思い出や残された作品などは、温かな気持ちを呼び起こすものとなる。しかし、彼に対してだけはいつまでも気持ちが追いつかなかった。そこまで不器用な性分ならば故人を思い起こすものに近づくな、と言われるかもしれない。無理である。心の安寧はさておき、彼の作品を聴かずにはいられないし、無意識に季節の風景や何気ない言葉に彼の楽曲や彼自身を投影してしまうのだ。

活動を続けている他のメンバーに失礼だと言われるかもしれない。ごめんなさい。正規メンバー3人にサポートドラマーを加えた体制になってからの活動を純粋に応援している点にまったく偽りはない。作品の素晴らしさもさることながら、この4人が扇形の一列横隊で並ぶポジショニングがあまりにしっくり来るので、ライブ中に故人の影を探すようなことはほとんどない。しかし、それはあくまで、私個人がこのバンドの通時的同一性を否定することと引き換えに得られたものである(例えば、私は「フジファブリック」という語を使うとき、自分が文脈によってその指示対象を変えていることを自覚している。これは「X JAPAN」の場合には該当しない)。2015年9月に『Perfume FES!! 2015 ~三人祭~』に出演した際、フロントマンの山内さんが、サポートのBOBOさんを含む現メンバーの紹介に続いて、「あと志村正彦って人間がいます。以上がフジファブリックです。」とつなげたときは、未熟な自分を恥じた。メンバーは健全な仕方でとっくに前を向いているようだ。

「桜の季節」「陽炎」「赤黄色の金木犀」「銀河」と連なる四季四部作をはじめ、故人は季節や天気がもたらす風景と馴染む作品を多く残した。それぞれの作品の片鱗が日常のふとした瞬間にひょこっと顔を出す。台風の接近情報を耳にしたとき、久しぶりに鮮やかな色の傘をさしたとき、虹を見たとき。頭にメロディーが、そして口を横に大きく広げて歌う彼の姿が思い出される。思い返せば中学生の頃から憧れてきたお兄さん的な存在だった。お気に入りの作品がリリースされた当時の彼の年齢をどんどん追い越して追い越して、とうとう29歳になろうとしている。私は今でもフジファブリックの作品で日常を潤し、故人の面影を追い続けている。そして、こんなにも早く不可逆的な仕方で彼がこの世からいなくなるという、名も知れぬ誰かの采配にまだ怒っている。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい