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2017年4月27日

あかいろさとうじょうゆ (26歳)

ずっと、ずっと、枯れない木の下で。

Plastic Treeメジャーデビュー20周年と、私の10周年。

はじめに。
私はまだまだ海月(ファンの総称)としては若輩で未熟です。
至らぬ思考、至らぬ発言お許しください。
(とでも言わなければならない気分になるほど、古参の方々はなぜだか神聖なのだ。)

 初めてライブを見たのは、今から10年前の9月8日。
蒸し暑い九段下で、暑かったはずなのにどこかひんやりと、しかししっかりと芯は熱く、蒼い音のエーテルに包まれたことを、今も色濃く覚えている。
タイトルは「ゼロ」。メジャーデビュー10周年記念、と銘打たれた、初の武道館単独公演。
その時、私は高校1年生、16歳の夏。初めての東京、初めてのライブ、初めての旅行手続き、初めての夜行バス…など、初めて尽くしの中、スタンド席下手1列目で、初めてのライブの興奮覚めやらぬ夜を、新宿の大きなホテルで過ごした。その胸の高鳴りは、ライブを見る前よりも酷く、息苦しさすら感じるほどに、惹かれて焦がれていくようだった。これはきっと、一生忘れない夜だろう。

 メジャーデビュー10周年記念と銘打たれた初の武道館公演に行くことになったのには、色々と先走ったものがあったのだが、(ゼロというからには実は解散とか!?等)、これは見に行かなくてはいけない!という謎の使命感のもと、FCへ入会し、初めてチケットを手にし、あの暑い9月8日の九段下へと向かった。

 元々、両親がX JAPANをこよなく愛すような家庭だったので、何の違和感もなく、一つ年下の妹とヴィジュアル系にハマり、様々なバンドのMVを見たり聴いたりする中、Plastic Treeの異彩は凄かった。当時(2003年より)ユニバーサルミュージックに所属していた彼らは、「純文学が、ロックする-。」というキャッチフレーズの元、シングル「真っ赤な糸」、アルバム「ネガとポジ」をリリース。その時の透明感とアグレッシヴさたるや。真逆とも取れるような。まさに百面相。そんじょそこらのヴィジュアル系には無いのだ。その前作アルバム「シャンデリア」やシングル「スピカ」の透明度と中毒性にじわじわと侵蝕されていく中、このアルバム「ネガとポジ」は決定的だった。ああ、好き!音、言葉、全てにおいて。そこからは早かった。今までリリースしてきたアルバム、シングルのコンプ、映像作品を見漁る日々。だが彼らの歴史は長く、作り出してきたもの、今までの軌跡が多い。多いのだ。高校生の私は精一杯、彼らの軌跡を辿り、ますますのめり込んでいくのだった。
 
その後、ツアーの東京・大阪は必ず行く、イベント関連も行く、などライブ頻度が急激に増え、さすがに行き過ぎだと親に怒られたほどだった。
 だけど、同じツアーの中でも他所で見るライブは全く別のものだった。土地の持つ空気や雰囲気はもちろん、彼らの気合いやセットリストも含め、ライブは生物であり、魔物であり、どの日であっても、人生の中で1度しか味わうことの出来ない空間なのだ。その尊さは、特に他のバンドも出演するような対バンイベントで顕著に感じ、“彼らにしか出来ないライブ”であることを更に知った。他のバンドがあたためた会場を一気にひっくり返す、あの空気感。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの「Only Shallow」が鳴り響くと、一気に会場は”蒼”に包まれる。メンバーが入場し、遅れてゆったりとした足取りで、ゆらりとマイクスタンドの前に立つ唄い手。異様だ。思わず息を呑む。その後はもう、見えないが感じるサーカステントの下、蒼い空間に飲み込まれるだけ。その感覚は、何度経験しても鳥肌モノだ。

 20年もの間メジャーのシーンで活躍している彼らには、その分たくさんのことがあった。これは私などには到底計り知れない。私が知り得る10年の間でも、ドラムが脱退し、新しいドラマーが加入した。FC限定で行われた脱退ライブはとても悲しくて、友達と座り込んで泣いたことを思い出す。だけど、その日も、今も、彼らは一度も立ち止まっていない。進み続けているというよりは、変わらずそこに「在る」のである。プラスティックの木は、年輪を重ねるごとに大きく、太くなってゆく。枯れずに、変わらずに、そこに「在る」存在が、音楽業界で、いや、そんな大それた話は私には出来ないが、私の心の中で、どれほど尊いことか。脱退加入、病、移籍、色んなことがあるけれど、どれも葉をかすめ、通り過ぎた1日だ。

 変わらずそこに「在る」存在は、私の思い出にも深く根付き、あの日を思い出すとこの曲が鳴る、この曲を聴くとあの日が蘇る、そんな風に、記憶に深くある。彼らの音楽の最大の魅力は、誰にでもある「忘却の彼方にある」1日を、心理描写豊かに思い出させてくれるところなのだが、これは海月さん全員が全員、捉え方があるはずなので、書くのはやめておく。

 そうこうして大人になった私は、好きが講じてCDショップに勤め、V系コーナー担当になり、ポップやレビューやらをたくさん書かせて頂いた。他のバンドやアーティストさんのライブにもかなり行ったし、たくさん聴いた。しかしやはり、帰るところはプラスティックの木なのだ。枯れずに、無限の時をも感じさせる、そんなプラスティックの木。そんなプラスティックの木のもとに立つと、未だに10年前の蒸し暑くひんやりとした九段下の空気を思い切り吸う、そんな気分になるから不思議だ。

 そして彼らはメジャーデビュー20周年を迎え、私もFCの更新が10回目、まさに海月10周年になった。
 高校生だったあの日の私は今26歳になり、今年、結婚した。

 永遠なんて無い。変わらない日々も、変わらない約束も無い。
いずれは廃れて、消えて、散って、忘却の彼方になってしまうのだろう。
 だけど、このプラスティックの木だけは、ここに在り続けてくれる。
そんな気が、10年前からずっと、しているのだ。
もはやバンドの域を超えて、音楽の域を超えて。まるで、エーテルのように。

この企画を知ってから、書かずにはいられなかった。
勢いなので言葉足らずで申し訳なく、読んで下さったならばPlastic Tree、検索してください。

そして、自分の人生の一区切りにも、こうして在り、鳴り続けてくれるPlastic Treeに、
個人的にではあるが、最大の感謝を。

伸ばした手の向こう側に、プラスティックの枯れない木が、永遠に在り続けることを願って。

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