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サザンオールスターズがくれた出会い

全ての始まりは、彼らから

アメリカ赴任して、もう1年半が過ぎた。妻と子供もこっちの生活にすっかり慣れて、家族楽しく暮らしている。今週末は、日本のお盆に合わせて、西海岸へ旅行に行く。ビーチにディズニーに、とことん楽しんでやる。そうでもしないと…やってられない。

今週末、日本ではROCK IN JAPANに、ひたちなかに、13年振りにサザンオールスターズが降り立つ。もちろん大トリとして。

サザンとの出会いは90年代半ば、親の影響だった。当時から流行りの邦楽を色々聴いていたが、サザンは僕の中で特別な存在だった。

サザンは、例えが変だが一言で言うと、幕の内弁当のような存在だった。楽しさも、切なさも、社会風刺も、エロも、先進的な音も、どこか懐かしい雰囲気も、ダンスも、ロックも、日本のポップミュージックの持つあらゆる可能性を、とんでもない振れ幅で提供してくれる存在だった。こんなに曲を出す度にワクワクさせてくれるアーティストはいなかった。当然、ライブにも足しげく通った。

2005年、サザンが”夏フェス”というものに出演すると聞き、いつも通り、サザンを観るために1日券を買った。それがROCK IN JAPANの3日目だった。

当日、サザンが出るまで、自分たちなりにイベントを楽しもうかとGRASS STAGEをフラフラしていた。そんな炎天下の朝イチに、サンボマスターが出てきた。

度肝を抜かれた。

それはサンボマスターの圧巻のアクトだけでなく、夏フェスの自由な雰囲気、そしてオーディエンスの熱気に。

あ…こんな世界が、あったんだ。

その後、アジカンを観て、最後にサザンを観て、とにかく一日中、夢中になって色んなアーティストのライブを観た。

その日の帰り、僕は放心状態で、すっかりフェスの虜になっていた。

それから11年間、ROCK IN JAPANに毎年参戦した。もう1年がフェスを中心に回っていた。そこで色んなアーティストに出会い、他のフェスやワンマンにも行った。好きになったアーティストのルーツである洋楽も聴くようになり、遂には30歳にもなってエレキギターを始め、バンドを組んでライブまでした。

音楽を楽しむ幅が、何十倍、何百倍にも広がった。

2005年にサザンが僕をROCK IN JAPANに連れてきてくれたことは、自分にとって人生を変える、とてつもなく大きな事件だった。

2016年に子供が産まれ、その後アメリカ転勤が決まり、フェスからは遠ざかった。それでも今年はサザン40周年、20周年以降節目のライブに行けていたけど、今年は行けなくて残念だなぁと思っていた。

ただ、サザンがまた、”ひたちなかに降り立つ”とは、思ってもみなかった。

サザンがROCK IN JAPANで素晴らしい出会いを僕にくれた。全ての始まりはサザンだった。その場にもう一度立つ彼らに、どうしても「ありがとう」が言いたかった。そして、13年前と変わらぬ姿で、がむしゃらに楽しみたかった。

家族もいるなか、日本に帰ることはできない。それならせめて、サザンを忘れられるくらいの思い出を作ろう。

…と言いつつ、週末はロサンゼルスにいながら、ひたちなかのライブレポートを見ているに違いない。

さぁ、ひたちなかにサザンが来るぞ!

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