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2017年4月27日

いしのゆい (31歳)

昔の自分と今の自分

星野源の音楽性について

忘れもしない2016年12月14日、FNS歌謡祭(第2夜)。彼、星野源はテレビ初披露の「くせのうた」を歌っていた。

そのことについて、ラジオで彼は
「昔の自分をちゃんと連れてこれている気がした」
と表現した。
 

彼を知ったのは「恋ダンス」から。
妙に流行り始めたそのダンスを、興味本位でYouTubeで見つけた。ムズムズして踊りたくなり、気がつけばマスターしたくて必死に踊っていた。
それからドラマを見て、星野源と言う異色の俳優を見つけるのである。
俳優業でたまたま歌ったのかと思えば、作詞作曲アレンジ等々、なんでもこなすという。
(へー多才なんだなー)
そのくらいの興味から調べあげるにつれ、2012年の病気から復帰までの過程、そして復帰してからの音楽性の変わり様に唖然とする。

元々、ずっと同じことを続けてきてここまできた星野源。
中学1年から変わってない、その好みと持続力。
好きなものは好きだと言える力、行動力もさることながら、まっすぐ告白するので年上のアーティストにも好かれ、その方達に見守られながら29歳でソロデビューした。
だが、当時の彼にはカリスマ性はあったが、決定的に足りないものがあった。

それは調和である。

「仕事人間」とも言われた彼は、「仕事」が好きだった。
当たり前であった。なぜかと言えば、それしか彼には他人に見せるもの(表現するもの)がなかったからである。
自分の中に閉じこもって他人を寄せ付けないでいた。鬱屈したものから曲が生まれていたからしかたないのだが。
不器用だから、コミュニティの中で自分を表現することが「仕事」を通じてしかできないから、彼は「仕事」に没頭する。

ふと、高校時代の自分を思い出す。(少し自伝的展開です)
小学校高学年から中学校時代、ずっと家にいた自分は、高校は夜間に進学する。
働くことが当たり前の雰囲気から触発されバイトを始めたころを思い出したのだ。
学校という小さなくくりの中、同年代で少し変だと弾かれ孤立する環境があった。それは正しいか間違ってるかは関係なかった。ただ「他人と違う」だけで弾かれた。
しかし仕事は違った。キチンと真面目にこなせば、評価された。感動だった。居場所ができた。自分は、その時からたぶん今も仕事がないと生きていけない。
 

そんな自分と、その時の彼を重ねてしまって。
当時の曲を聴くと号泣してしまう。
「わかる、あなたの気持ち、わかるよ」

しかしながら、病気は彼の価値観をぶち壊す出来事だったらしい。
出来なかった「人の中に入り、みんなで楽しいことをやろう!」という想い。
それを素直にだしたことで、調和が生まれ、コミュニティの中でいろんな人と接するにつれ、彼はとうとう開花したのである。
 
 

そうしてできたのが「SUN」だ。
この曲は、彼の音楽史上、もっとも幅広く世間に受け入れられた曲である。

【何か 楽しいことが起きるような
幻想が弾ける

君の声を聞かせて
雲をよけ世界照らすような
君の声を聞かせて
遠いところも 雨の中も
すべては思い通り】

不思議なくらいポップで踊りたくなるダンスナンバー。
歌っている彼自身も楽しげで、テレビを見ながら泣いた。
 

自分はバイトをするにつれ、コミュニティの中で生きていく力を養った。
中学生時代までしか知らない方は、気がつかないほどに価値観が変わり、外に出る様になった。主人と出会い、また違う意味で自分の価値が出来、居場所となって結婚した。今はそこが自分の安心できる場所である。
 

彼は、仕事がその場所だったが、病気をしつまずいて進めず、立ち止まっていたら盲目的だった心に穴が空き、光りが差してきて。
誘われる様に覗いてみたら、周りの人間がみんな心配していた事実から、殻から出てこれたのだ。

彼は言う。
「自分の周りにはいい人しかいない。
一般的に言う「いいこと」をすると周りにはいい人ばかりになる」
ふと、卑下したり文句を言ったり、嫉妬して陰口を言うのをやめたという。それだけで違うのだと。
そうだ、と思った。自分もそう感じていたからである。
 

そして生まれた「恋」という曲。

「SUN」以上に流行ったこの曲は、彼の集大成だ。
ムズムズし、いつの間にか踊っていて、社会現象にまでなったこの曲と、デビュー当時の曲が、同じ様に流れ聞けるこの瞬間を、自分は忘れない。
 

星野源。
彼はもっともっと、これから飛躍するだろう。
大復活を遂げたこの男を、これからも全力で応援したい。

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