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きみんちまで

BUMP OF CHICKEN TOUR PATHFINDER の映像作品を観賞した

先週の1週間BUMPリスナーとして怒涛だった。
8月6日にラジオ出演、7日にLive DVD&Blu-rayフラゲ、8日にLive DVD&Blu-ray発売日&鑑賞日、9日にまたラジオ出演、10日にドラムの升さんの誕生日があってイベントづくしだった。
私の受け皿はもともとこじんまりしてるので彼らの言葉や音楽を受け取るのに少し時間がかかる。一度に受け取ってしまうととてももったいない感じがしてしまうというのもある。丁寧に1つ1つ受け取りたい。彼らの1音も1フレーズでさえ取りこぼしてたまるものかと思う。だからとてもめまぐるしく感じた。
以前発売されたSpecial Live「20」のBlu-rayもなんだか開封するのが怖くて半年間以上開封できなかった。
実は発売日に買った音楽雑誌もまだ読めていないものが数冊あったりする。

しかし今回の「BUMP OF CHICKEN TOUR 2017-2018 PATHFINDER SAITAMA SUPER ARENA」のBlu-rayは発売日に観賞することができた。
一緒にツアーに参加した友達数人と予定を合わせて、発売日の21時、各々の家のテレビで同時に再生ボタンを押して一緒に観よう、という約束をしたからだ。藤原さんが真っ赤な夕日を見て曲を書いた日に発売するなんて、たぶん偶然だけどロマンチックで嬉しい。“生きる”ということを模索し鮮やかに照らし出したTOUR PATHFINDERにぴったりだ。
いつも茶化してくる家族に21時以降は話しかけないで欲しいことを重々伝えて、からかいを振り切ってバリアを張るようにドアをきっちり締め、自分の部屋にこもった。トイレも事前に済ませ、体育座りでスタンバイする。真っ暗闇の部屋にBlu-rayのトップ画面だけ煌々と浮かべた。BUMPと私だけの空間を作りタイムマシンに乗り込んだような気持ちで息を飲みこむ。手汗まみれの手でリモコンを握り21時ジャストに再生ボタンをようやく押した。

ボタンを押した瞬間半年間のツアーにタイムリープした。胎動のような、鼓動のような、雨粒が踊るような、冒頭のPATHFINDERのテーマがすごく懐かしく感じた。たった半年前のこと、されどもう半年も経ってしまったんだと痛感した。平々凡々な私にとってあまりに閃々とした半年間だったからツアーが終わった後は余韻がうずくまってしまってどうしようもなかった。それでも彼らからもらったパワーを糧にできる自分になりたかった。なりたかったから「行ってきます」と覚悟を決めて無理やり思い出にしようとしていただけだったと思い知った。未だにしぶとく思い出にできていない己の未練がましさに呆れる。きっとこのBlu-rayはTOUR PATHFINDERを思い出にする手伝いをするために我が家に来てくれたにちがいない。

“これはBUMPとあなたが終わる魔法の中にいた事の愛おしいとっておきの証だ”
レコード店のポップにでかでかと書かれていたことを思い出した。そうだ、これは私が魔法の中にいたことの証なんだ、と目から鱗だった。このキャッチコピーを考えたレコード店の店員さんにハグしたい気持ちだ。なんかお菓子とかも送りたい。

あれほど一緒にみようぜ!とわくわくしていたのにうっかり友達と同じ時間を共有していることを忘れてしまった。ハッと思い出して手のひらの中を覗いたらトーク画面は友達からの実況中継でチカチカしていて皆一緒にタイムリープしてるんだ、と嬉しくなった。

何度も参加したツアーなのにどの公演でもBlu-rayをみている今でも、観るたびに高揚感で胸がいっぱいになり、出会えたことは奇跡だなんてポエマーな言葉ばかり並べたくなってしまう。もしも願いが叶うなら全ての公演をノーカットで円盤化してもらいたいと真面目に思う。それくらい全て一瞬一瞬切り取ってずっと眺めていたいような景色ばかりだったし、枕に縫い付けて抱きしめながら寝たいような言葉と音楽であふれたツアーだった。

さて、あまり自分のことをだらだら語るのはどうかと思うのだが、このTOUR PATHFINDERが終わった後の私自身のことを綴ろうと思う。
ツアーが終わった後、仕事を休職した。緊張の糸がぷつんと切れてしまったともいうのだろうか。とにかく反動が大きすぎたんだろう。ツアーで得たパワーを仕事に還元するぞ!と意気込む思いよりも仕事で辛かった諸々が無限バグのようにみるみる増幅した。ツアーがおわって1ヶ月も経たない頃から仕事中でもとにかくなんでもないことで涙がとまらなくなった。友達との遊びの約束も断り、好きだった趣味もやる気がおきなくなった。そして1番困ったのは仕事に行く前に毎日欠かさず聴いていた彼らの音楽が皮肉にも聴けなくなってしまったことだった。辛い時に寄り添ってくれるからこそ聴きたいはずの音楽が、遮二無二がんばって働いていた頃の自分を思い出させ、心を黒のクレヨンで塗りつぶされたような気持ちにさせた。

ここで言わせて欲しいのだが、”これくらい辛いことがあってそんな時に彼らに救われた”というただの悲劇のヒロインを気取りたいわけではない。今は彼らのことをおはようからおやすみまで考えるほどめちゃくちゃ元気だ。ずっと好きなことを考えられるくらい元気になった。いわゆる明るいニートだ。ただその時はさぁ頑張るぞ!というタイミングで踏ん張りきれなかった情けなさやBUMPの音楽に見合う自分でいたかったのに、周りの期待に応えたかったのに、同期を残して自分だけ楽になっていいのか、と自分を罵る気持ちがとめどなく溢れてがんじがらめになっていたという話だ。
私の出来事はきっと、BUMPの音楽と聴き手であるリスナーの間のストーリーのうちの、ありふれた1つに過ぎないんだろうと思う。
私にとって特別なら、ありふれた1つでもかまわないと開き直る。一時聴けなくなってしまった後も再び聴けるようになるように私の手を掴んだのもまた、BUMP OF CHICKENだったのだから。

BUMPの音楽をたくさん聴けるような自分に戻りたいと最初から思っていたのが救いだった。聴けない音楽のかわりに、覚えていた言葉が心を潤した。
「次会うときまで元気じゃなくてもいいから。」
ーー早く元気にならなくては…と焦った時、ゆっくり元気になればいいと思えた。
「いいんだ、消えないものは消えないままで。だって傷は癒えるったってそんな簡単に癒えるわけないじゃん。傷を負ったっていう過去は消えないんだよ。消えない傷を持っててでもそれは今を生きてる証拠なんだよ。」
元上司からの心無い言葉を反芻した時、苦い経験さえ自分になくてはならなかったものだと受け入れることができた。
「自分自身をちゃんと見て、好きになれるだけ好きになって。誰かに優しい言葉をかけられるより、自分が自分に優しい言葉かけられる状況ってのが、1番幸せだなと俺は思う。」
音楽は聴けなくてもこんなにたくさんのBUMPからもらった言葉が私の中で生きていることに自分で驚いた。嬉しかった。グッジョブ私、と思った。BUMPの音楽をたくさん聴けるような自分って、きっと私が私自身のことを好きになってあげることだと段々思えるようになった。もちろんニュアンスだし、藤原さん本人が見たら「こんなこと言ったっけ…」と言われてしまうかも、と少し不安になるが、好きな人の過去の言葉を両手で拾って大事にしていた自分が少し誇らしいと思った。

それからすすめられたとおり、「そうだ、この休職期間中にPATHFINDERの整理をしよう!」と徐々に前向きに過ごせるようになっていた。たくさんの写真、銀テープ、グッズ、コンフェッティ、友達からもらったもの。仕事に追われていたから仕方がなかった、と言い訳しながら1つ1つ片付けた。写真整理が1番難関だった。こんなに愛しかった友達に対して完全に自分の都合で揺らいで“会えない”と思ってしまったのか…と辟易した。今すぐにでも会いたいと思った。そして、友達に会うならプレゼントを用意したくなった。何がいいか考えた末、ツアー中の写真アルバムを作ったり、PATHFINDERのレポを書き直して纏めたら喜んでもらえるのではないかという結論に至った。こうして再び友達に会いたいと思えるようになって、自分の好きなことも再びやりたいと思えるようになった。

そしてとうとうBUMPの音楽にもう一度手を伸ばしたいと無性に迫るような思いを感じる日が来た。1番最初に聴きたいと思ったのは「HAPPY」だった。実際に聴かなくても流れるメロディが、これからちゃんと耳を通って脳内をなぞると想像する。聴けない間の時間がより一層BUMPへの想いを強くさせていた。会えない時間が恋人同士の愛を育むのと一緒じゃないか!と手を打ってクローゼットにこもり、その時も体育座りになって聴いた。
「この先何かあって、君の心が僕たちの音楽の届かないような場所にいってしまうことがあるかもしれない。でもどこかでこの声聴いたことあるな、このコード進行聴き覚えあるな、このメロディの癖知ってるなってなった時は4分とか5分でいいから僕たちにください。僕らの曲は君に会うために生まれてきてるんです。」
ニュアンスだけどこんなことをツアー中に藤原さんがいってくれたことを思い出した。聴けなかったのはまぁ数ヶ月とかだったけど、このコード進行、このメロディ、この言葉に私は何光年も焦がれていたのではないかと錯覚した。
この曲には<優しい言葉の雨>というフレーズが何度も繰り返されるが、上述の藤原さんの言葉を思い出し、自分への“優しい言葉”は自分自身でかけてあげたいと思った。だけどこの曲はこう続く。
<借り物の力で構わない そこに確かな鼓動があるなら>(HAPPY)
自分自身のことを好きになりきれていないなら、優しい何かの力を借りたっていい、と都合よく解釈したかった。自分がBUMPに見合う人間か、そうじゃないかとかはもう関係なくなっていた。私はすっかりBUMPの優しい力を貪欲に欲するようになっていた。
(HAPPY)
新しい私、誕生日おめでとう!!!と殻をバンザイで破った後少し猫背になりながら照れたような、そんな気持ちになった。転職活動を始めたいと思えた。
<なんか食おうぜ そんで行こうぜ>(HAPPY)
<どうせいつか終わる旅を 僕と一緒に歌おう>(HAPPY)
デリケートな場面でこそ人一人分の距離を空けた「〜しようぜ」が響く。BUMPの音楽は手繰り寄せた先で手を伸ばしてくれていて、必ず掴んでくれる音楽だと思う。互いが手を伸ばし合うような距離感がとても心地よくて、ずっとくるまっていたいとどうしようもなく感じさせる。
そういえばTOUR PATHFINDERで印象的だったと思うのが花道のセットだ。恥ずかし島からの進化に最初は本当に驚いた。通称出島、でっぱり、でべそ。映像になったさいたまスーパーアリーナの時は他の公演よりも長く作られていた。「近づきたくて」と照れ笑いしていた藤原さんを思い出す。彼らは手を伸ばして近づいてくれる。もちろん物理的にもだが、それ以上に物理的な距離を越えて近づいてくれると思う。余談だが、一方ラインのトーク画面では友達が「そのでっぱりを利用して私んちまできて」だとか「エンペラータイム」だとか騒いでいた。さすがにそこまでの次元を超越するのはさすがのBUMPでも難しいだろう。
 

めまぐるしかった先週の出来事で嬉しかったことがある。友達にリトルブレイブTシャツをリメイクしたトートバッグをもらった。その友達が持っていた新品の最後のTシャツの一枚をトートバッグにしてくれたという。
<自信を持っていいハズさ 僕ら時には勇者にでもなれるんだ>(リトルブレイバー)
<「どうにかして日なたでとっておきの唄を聴かせてあげよう」だからもう泣かないで>(リトルブレイバー)
もらったトートバッグを抱きしめて、考えすぎかもしれない、おこがましいかもしれないと思いながら、思いやりあふれる友達の、優しい言葉の雨に濡れたかった。
<守るべきヒトがくれる リトルブレイバー 守るべきものを誇る リトルブレイバー>
友達からのメッセージには「静かに炎を燃やしてる人のイメージだなと思ってて、このTシャツしかないと思った」と書かれてあった。私にとって<守るべきヒト>や<守るべきもの>というのは友達や家族のことでありBUMP OF CHICKENであり、自分自身のことだと思った。静かな炎を燃やさないでどうする。
 

<言葉に直せない全てを 紙飛行機みたいに あの時二人で見つめた レンズの向こうの世界へ 投げたんだ>(記念撮影)
「記念撮影」だけはBUMPの音楽が聴けるようになってからもなんとなく自ら聴くのを避けていた。
藤原さんの<あの時二人で>でリスナーと自分自身を交互に指すジェスチャーと、チャマさんの<投げたんだ>で紙飛行機を投げるジェスチャーは目を閉じなくてもまぶたに焼き付いている。ただ怖かった。<言葉に直せない>ような半年間を象徴するようなこの曲を聴くのは心にしっかりけじめをつけてメスを入れるような感覚がして怖かったのだ。それで、Blu-rayを観るときに聴くことにしようと先延ばしにしてしまった。

テレビの液晶ではステージが暗転し、私の部屋もまるごと真っ暗闇に包まれた。それからうっすら明るくなり、韻律性に富んだコマ撮りフィルムのようなイントロが流れ始める。あぁくるぞ、と思った。

<想像じゃない未来に立って 僕だけの昨日が積み重なっても>ーー思い描いたような将来ではなかった。
<その昨日の下の 変わらない景色の中から ここまで繋がっている>ーーそれでもあの半年間は今日につながっている。

<迷子のままでも大丈夫 僕らはどこへでもいけると思う 君は笑っていた 僕だってそうだった 終わる魔法の外に向けて 今僕がいる未来に向けて>(記念撮影)

あの日の本編映像を見終えた。同じ時間を共有した友達とのトーク画面に目をやると一面感謝の言葉であふれていた。またこの景色をこの人達と一緒に迎えたい。オーイエーヘイアハン!!!ってやりたい。見終えたら完全に思い出になってしまうような寂しさはもちろんあったけど、あなぼこだった体がそれ以上の幸福感で満たされた。カメラの絞りを全開にして光という光を目一杯取り込んだような充実感があった。とらえたい1つだけにピントを合わせ、背景をぼかす。その一点に向かってひた走るしかないと思った。
 

9月から新しい職場で再出発することに決めた。
自分の職業を好きでいたい。
“生きる”ことを模索することの連続だ。
今度こそTOUR PATHFINDERを糧にできる自分になりたい。

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