1518 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

新しい時代もサザンとともに

ロッキンで見たサザンオールスターズの半端ないステージ

「後は任せた」とでも言うかのようにその日の昼ごろから僕たちを照らし続けた太陽が沈みかけた、黄昏のひたちなか。

日本のポップス史上最も美しいと言っても過言ではない「希望の轍」のイントロが、歓声とともに響くGRASS STAGE。
他のメンバーに遅れて、
桑田佳祐がステージに現れた。

ああ、本当にサザンだ。
あのサザンを俺は今見ているんだな。
メロディや歌詞、歌、演奏に対する涙とはまた違う種類の涙が頬を伝った。

平成最後のROCK IN JAPAN FESTIVAL(以下、ロッキン)。
最終日の大トリはサザンオールスターズ。

サザンがデビューした1978年から15年後の1993年、平成5年に僕は生まれた。
ずっと日本で生活をしていたので、常にサザンにどっぷりハマったわけではないけれど、
人生のところどころにあるサザンの思い出。

もう何の曲かは全く思い出せないんだけど、
幼稚園の園庭で友達とみんなの前でサザンを歌っていたこともあるらしい。

物心ついてからも、こんな歌がこの世にあるのかと中学生の頃に衝撃を受けた「マンピーのG★SPOT」
ことあるごとにカラオケに行っていた高校生のときに、
友達とストイックにハモりを練習した「真夏の果実」

一番のサザンの思い出は、
学生時代にフィリピンにボランティアに行ったときに、
50人ぐらいのフィリピン人たちの前で、現地の女の子と「いとしのエリー」を、
僕が日本語で、女の子がタガログ語で、マイク一本でワンコーラスごとに交互に歌ったこと。
最後の「エリー My love エリー」のところで、
フィリピン人たちが「hoooooo!!」と歓声を上げてくれて、
「音楽は国境を越える!」と自分でも実感できた。
サザンのメロディなしにこの貴重な体験はなかったかもなぁと、
ときどき今でも「いとしのエリー」を聴いてこのときのことを思い出す。

平成5年生まれの僕には、
こんな風に今まで生きてきたところどころの場面にサザンがいた。

そして、そう思っていたのは僕1人じゃなかったのだろう。
確かにあのGRASS STAGEの周りにはそれぞれの平成を過ごしたみんながサザンの歌でつながっていた。

昭和生まれの人も、
僕と同世代の人も、
僕より若い人たちも、
1人1人の「オレのサザン」「わたしのサザン」が、
「みんなのサザン」となって、
一曲始まるごとのイントロの大歓声と、
歌詞のテロップが流れたビジョンを見ながらの大合唱を作っていた。

その日のライブは本編の「いとしのエリー」「My Foreplay Music」「ミス・ブランニュー・デイ(MISS BRAND−NEW DAY)」の3曲、アンコールの「みんなのうた」と「勝手にシンドバッド」以外の13曲は平成にリリースされた曲。
 

ライブの前半は、今こうして自分の目の前にサザンがいるという事実に涙していた。

「希望の轍」「真夏の果実」「涙のキッス」
1990年代初頭、平成が始まってすぐにリリースされた3曲だ。

その頃に生まれた僕も気づけば25歳になった。
真面目にやってきたつもりが、
素直におしゃべりするどころか、
見つめ合う相手すらいなかった時期も長く、
社会に出れば「ゆとり」だとけなされて、
栄光の男にはなれないことを悟って、
誰かを蹴落として出世しようとしている闘う戦士の1人に自分もなっているのではないかと思う哀しさもわかるようになってきてしまった。

それでも、それ以上に生のサザンが伝えてくれたことは、
究極的には、
「今を生きて、明日への希望を持つこと」
それしかないと思った。
60歳を超えても、
先頭に立って、みんなを励まして、汗かいて、叫んで、一緒に笑って、ビキニのお姉さんと絡んでいるような男でいたい。
「昔はよかった」とふんぞり返る大人でなく、
今を全力で生きて、目の前の人に感謝を伝え、
次の世代に希望を与える大人はかっこいい。

気づけば涙はとまって、とにかく楽しくてかっこいいサザンに魅了されていた。

そして、僕が一番楽しみにしていた、
「マンピーのG★SPOT」
ひたちなかの夜空に向かって、大の大人たちと気高く叫ぶ「Gスポット」の爽快感。
中学生の頃にこの曲に出会ってから、
この日までずっとこの瞬間を待っていたのかもしれない。
 

アンコールの最後の曲は「勝手にシンドバット」

「今 何時?」
「そうね だいたいね」

生産性など何一つないこのコールアンドレスポンス。
でも、ここで「今 何時?」を叫んだ普通の大人たちの日常が、日本を作っているんだ。
大変なことが多かった平成の次にやってくる時代も、
サザンとここにいるみんなと一緒なら、
きっと新しい時代もいい時代になるはずだと思った。

かっこいいい大人と、かっこいい大人を見に集まってきた人たち。
「東京VICTORY」でみんなが高く掲げた握りこぶし。
そこには「平成お疲れ様」だけでなく、
「次もやってやろうぜ」というワクワクが詰まっていた。

冷静に考えれば、この日のサザンは、
ここまでやってくれるんですか?と思うくらい次々と名曲を披露したが、
「TSUNAMI」も「エロティカ・セブン」も「栞のテーマ」も演奏していない。ここまでやっておいてまだ名曲が残っている。
この日に演奏した、2018年にリリースした2曲もすばらしかったことを考えれば、まだサザンには余力があって、きっとこれからもやっぱり名曲を生み出すのではないかという期待を感じずにはいられなかった。
 

ロッキンが閉幕した翌日。
余韻が抜けないまま、ラーメン屋に行くと、
「そんなヒロシに騙されて」がたまたま流れてきて、
いてもたってもいられず、ロッキンで共にサザンを見た友達とサザンを歌いにカラオケに行く予定を急遽立てた。

そして、僕は実家の最寄り駅からまた電車に乗ろうとしていた。

すべての行き先の出発点になっていて、
帰って来る場所でもあって、
ときどきしばらく離れて、
久々に来ると前と同じ景色がちょっと変わって見えたり、
新しいものが増えていたり。

サザンは、そんな実家の最寄り駅のように、
ずっと僕たちの近くで進化を続けて、
これからもたくさんの世代の人たちの人生を包み込んでいくだろう。
 

アンコールが終わったあと、桑田佳祐が呼びかけた。

「花火見ようか!」

平成を生き抜いたみんなと一緒に、
そして、あのサザンオールスターズと一緒に見た、
涙で滲んだ最後の花火を、
僕は一生忘れない。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい