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「とみROCK 2018」に湛えられた音楽のチカラ

変わりながら変わらずにいられることを信じた

JR常磐線富岡行きの最終電車に揺られながら、窓の外に目を遣っていた。夜になっても街の輪郭が煌々としている東京と違って、ぽつりぽつりと通り過ぎる光の点を追いながら、何度も次の駅の表示を確かめた。8月10日午後9時、初めて降り立った富岡駅の駅舎は不思議と東京に似ていた。

8月11日に福島県富岡町で開催された夏フェス「とみROCK 2018」。震災、原発事故によって一時は誰も住む人のいなくなった町が復興へ進む現在を、音楽のチカラで盛り上げたいという想いからこの夏初めて開催された。来年度からも有料イベントとして継続的な開催が検討されていて、今回はそのプレイベントとして限定1,000人の入場無料で行われた。私はボランティアとしてこの「とみROCK 2018」に参戦したが、ボランティアでありながら同時に観客だった。というより、ステージからの熱に対して観客にならずにはいられなかった。そんな私の目に映った「とみROCK 2018」を拙いながらここに綴りたい。

曇り空、さらに雨までぱらついた午前中だったが、はじまりの時刻には青い空が現れ清々しい陽射しが照りつけていた。ナシモンの軽やかなMCから始まり、スターターは富岡町出身のシンガーソングライター、伊藤優大だった。優しいギターの音と、柔らかいのに確実に心に届く力強い声が、仏浜の特設会場いっぱいに響いた。“ふるさと”ではこの地が間違いなく誰かにとっての帰る場所だということをまず思い出させ、“Lalala…”ではループステーションを使って自由に音を操りながら、会場全体での大合唱を作り上げた。早くも会場が一つになった瞬間だった。

そんなスターターからバトンを受け取ったのが、福島在住のポップロックバンド、アキレスと亀。耳に心地よいリフとグラデーションのあるアレンジが印象的な“背中の街”を経て、さわやかな曲を次々と繰り出した。自然とからだに染み込んでくるキャッチ―さと次の音が待ち遠しくなるアディクティヴさが魅力的だった。次にステージに立った、いわき市を拠点に活動するバンドnotice itは、まさにロックなサウンドをはじき出した。〈忘れられない景色に星を降らそう〉、どこか切実でありながら迷いのない彼らの音楽に笑みを浮かべずにはいられなかった。

そして、福島市出身のシンガーソングライター、片平里菜。この地で歌われる“最高の仕打ち”は格別だったように思う。〈悔しさは飲みこんで それでも上を向く君は/誰よりも美しい人になれる/それが最高の仕打ち/ほら、最高の仕打ちをしよう〉、半ば挑戦的な意志を歌った一方で、“舟漕ぐ人”で垣間見えた少しの心細さが印象的だった。「自分自身も福島も、良くなっていくと勝手に信じてやっているわけだけど」、曲の間でぽつりと呟かれたそんな言葉は、ずっしりと重みを持って彼女の歌を支えていた。

一度聴いたら忘れられない伸びやかな声と、一度聴いただけで意味が直接届いてくるコアな詞で会場を浄化したタテタカコ。いのちそのものが宿ったような彼女の音楽を聴いていると、音以外の何か目に見えないパワーがその場所に満ちていくような感覚に陥った。そんな空気を器用に引き継いだLOST IN TIME、彼らの“燈る街”は静かに圧巻だった。押しては返すようなリズムに迷うことなくからだを預けながら、そこにある素朴な決意に涙が滲んだ。〈寂しさはきっと無くならないよ/むしろ増えて行くばかりだよ/それでも歩いて行くんだよ/今までも これからも〉、涙が滲むのに頬はゆるんだ。〈この街に灯を燈す〉笑顔が今まさに広がっていることをひたすらに噛み締めた。

真上から照っていたはずの陽射しがいつのまにか西からに変わり、ステージの雰囲気も少しだけ入れ替わった。フォーク=民衆的なねじれのある音楽を情熱的に届けたMO’SOME TONEBENDERの百々和宏、それとはまた違う種類の熱さで間違いなく会場全体を虜にした葛城ユキ。「弦が2本切れた」と笑いながら、想いを堪え切れずに涙を流した渡辺俊美。最後を飾るACIDMANの呼び込みが始まる頃には辺りも暗くなっていた。

“最後の国”に乗せた会場のクラップが響き渡り、天に伸びるたくさんの手のひらが照明で群青色に光っていた。その光景をふと目にしたとき、私は静かに息を呑んだ。

一日中鳴り止まなかった音楽と、からだの内側に直接訴え続けた振動が、そのときだけは息を潜めたような気がした。これから始まるラストステージと、ラストステージから始まるこの場所のこれからが、一瞬のあいだくっきりと、目に浮かんだ。そして“世界が終わる夜”、〈さよならはもう言わないよ/その言葉はもう言わないよ/世界の音楽を僕らは 手にしたはずさ/また生まれて また此処で笑い合おう〉。象徴的ともいえるその言葉と心に訴えかけてくる音楽が痛いほど胸に染みた。ACIDMANの演奏が終わると同時に打ちあがった花火が、会場全体の感動を体現していたように思った。

打ち上がる色とりどりの花火を見上げながら、私はあるひとつのことを信じ始めずにはいられなかった。

変わらないまま変わってゆけるし、変わりながら変わらずにいられる。ひとも、まちも、富岡も、東北も、日本も、世界も。後ろを振り返ることと前に進むこと、作り変えていくことと守っていくこと。言い方はたくさんあるけれど、そういう二つのことは決してどちらか一方しか選び取れないはずはなくて、並行なひとつの道筋として共生できると、そう直感した。

「ここでできるとは思ってなかった」、そんな言葉を何度か耳にした。会場となった場所はかつて人々が暮らした住宅地で、震災時の津波によって流されてしまったという。同じく津波によって被害を受けた富岡駅は場所を移して建て直され、真新しく生まれ変わった。全町避難によって一度は住む人がいなくなり、未だ町の一部は帰還困難区域で住むことはできない。決して以前のようにはいられないけれども一方で、この日ステージに立ったアーティストからは「ただいま」、「また帰って来るよ」の声を幾度も聞いた。ここにこの町がある以上、そこは誰かにとって変わらずにある故郷であって、〈変わらぬ愛で〉満ちている場所なのだ。変わってゆきながら、あるいは変わることを強いられながら同時に、変わらないものを宿し続けること。ひとつのまちとそこに関わる全てのひとたちが、その身をもって示してくれた事実に、強く、強く共感した。

そして、そんな共感を可能にしたのがやはり音楽の存在だったと思う。この日発揮された音楽のチカラは少なくとも二つあって、そのひとつが「文脈を必要としないこと」だ。心動かされる瞬間の前後には少なからず文脈が必要なことが多くて、それを知らない場合は感動から置いてけぼりになることが多い。しかし音楽は、そんなまどろっこしい手続きを必要としない。ステージから鳴り響いてやまない愛に溢れた音楽を前にすれば、その声に、その音に、その詞に、その瞬間から感動が始められる。伊藤優大の“ふるさと”を聴けば、この町が確かに誰かによって求められていること、求めたその場所で喜びをもって歌っていることが分かる。LOST IN TIMEの“燈る街”を受け止めれば、一度明かりの燈らなくなった町にいま燈る光がどれほどの意味を持つかを思い知らされる。今回初めて富岡町を訪れた私が、そしてきっと少なくない数の同じような人たちが、それでいてこの場所そのものに思いを寄せずにはいられなかったのは、紛れもなく音楽のチカラによるものだ。

そしてもうひとつの音楽のチカラは、そういう共感を一時的なものにすることなく「記憶に刻み込めること」だと思う。今私がこうして小さいながらもことばを綴ることができるのは、あの日会場に在った音楽のひとつひとつが、会場の合唱やクラップが、思い出す必要がないほど自然に頭の中に蘇ってくるからだ。そうして同じ感動を何度でも反芻するし、そのたびに新しく突き上げてくる思いに反応せずにはいられないからだ。ひとつひとつを取り出して眺めれば、その周りにある光景や感情が鈴なりになって思い起こされるから、音楽は形に頼らない写真だと思う。これまでにきっと多くの物語があって、これからもたくさんの物語が生まれるであろう富岡という地の、ある夏の日の出来事が、音楽と共にたくさんのひとたちの記憶に刻まれたことだろう。

大きな痛みや悲しみを前にしたとき、音楽やことばは無力だと感じられるときがある。それは今でも、いつだってそうなのかもしれない。でも、間違いなく私は音楽のチカラによってあの場所へ導かれたし、音楽のチカラが私に尽きない感情を与えてくれた。きっと私だけではない、「とみROCK 2018」を体感した多くの人たちが、音楽のチカラによって何らかの情動を抱いただろうと思いを馳せる。

そして最後にひとつ思うのは、音楽のチカラは「ひとのちから」そのものと等しいのかもしれない、ということだ。あんなにも「ひと」の存在そのものに突き動かされる音楽の場は初めてだった。ステージに立つひとも、楽しむひとも、そんな空間を力強く支えるひとも。音楽がそのチカラを惜しみなく発揮するためには、そのうちのどの「ひと」も欠くことができない。音楽のチカラと共に、それを可能にさせたすべてのひとたちのちからを、私は信じる。また来年も、再来年も、10年後も、ずっと。新しい音楽の場の始まりと、後ろを振り返りながら前へ進むひとつのまちの途上を、目撃した夏の日だった。

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