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53歳の青春バンザイ!!

BUMP OF CHICKENがくれた私の“生きがい”

今日も通勤の自転車のペダルを必死で漕ぎながら、前かごに入れたスマホから彼らの音が、声が、小さくも鮮明に響く。イヤホンはできないから、小さい音でランダムに流し、それに合わせて大声で唄いながらの15分ほどの朝のカラオケタイムだ。

信号待ちではよく、周りの通勤途中のサラリーマンや学生さんに二度見される・・
でもノリノリのおばちゃんは全く気にしていない。BUMPワールドに浸っている。
天気のいい日も良くない日も、心配事があって少し重い気分の日も、身体がシンドい時も、聞こえてくる彼らの曲は、穏やかな気持ちにしてくれたり、ぐんとモチべをあげてくれたり、あるときはグサリと誰にも見せたくない心の隅を突かれ、またある時は自分でも気付かなかった小さく固まった遠い昔の哀しみにバシッと当たり、一瞬で感情が溢れだし、涙がぶわっと流れ出る。

始めてBUMP OF CHICKEN の曲を耳にしたのは、我が家の3兄妹の長男が中学3年の頃、2008年だったと思う。部屋から毎日のように流れてくる音。まずメロディーが耳に残った。せつないような、懐かしいような、心臓がキュンとなるような旋律。いい音だなあ。と思いながらもいつもの家事をこなしていた。それから、なんだか面白い歌詞だな、これは真面目なのかおふざけか?そんな曲も聞こえた。{のちにとんでもなく深い曲だと知ったが・・}

今思うと、それはBUMP が2007年に出した『orbital period』の曲達だった。
耳に残ったのは(飴玉の唄)(花の名)(かさぶたぶたぶ)あたりである。
その時はああ、いいメロディーだな・・くらいで日々家事と子育てで誰の曲かどんなバンドかなんて気にする余裕もなかった。

その後、当時小学6年の次男、小学3年の長女も私の知らぬ間に驚くほど早くどっぷりとBUMPの曲にハマっていた。長男はすでにアルバムを何枚か手に入れていた。
「かあちゃん!これイイよ!聴いて!見て!」と3人がかわるがわるパソコンで曲を流し、これもこれもと教えてくれた。
今まで3人がそろってこれほど推してくるモノがなかったので、もともと音楽が大好きな私も時間の許す限り少しずつ、でも前のめりで聴いていった。

(ダンデライオン)を歌詞を見ながら聴いた時、ふいに涙があふれ出した。唄を聴いて、それも、パソコンの前でボロボロ泣いたのは初めてだった。自分でもびっくりした。
テンポの速い、軽快な楽しい曲かと思いきや、ボーカルの藤くんの透明かつ寂寞感を感じさせる唄声、最初の言葉から広がる草原(サバンナ)の情景、見てはいないのに、頭の中にはその世界、色、温度、におい、音、そこに自分が居るような感覚。目の前にある、直接表現ではない“最後”を突きつけられてどうしようもなく泣けた。
もしかしたら、“最後”ではないのかもしれないが、私にはそう感じられた。

私が15歳、中学3年の時、母方の祖母を引き取った。田舎で一人暮らしをしていたが、90歳に近く、母が心配して家に連れてきた。しばらくは元気だったが、認知が始まり、2年後には脳梗塞で半身不随で寝たきりになった。私の父は自宅で自営業をしており、丁度バブル期に突入しはじめて寝る間もないほど忙しそうだった。
その為、寝たきりの祖母の介護は母と私でするしかなかった。

当時はまだ、今ほど在宅での介護に援助も補助もなく、高校、専門学校、OL時代もずっと、平日夜は祖母の食事、歯磨き、オムツや寝間着の着替え、日曜は母と二人で祖母を風呂場まで抱え、お風呂に入れていた。90歳でも一生を畑仕事をしてきた人である。小さいが骨格はとてもしっかりしていて重かったが、母が絶対に祖母には床ずれを作らない!と、夏も冬も汗だくで入浴をさせた。
私が居る時しか母も長く外出できないため、日曜の祖母の食事作り、介護は必然的に私がすることになっていた。
母も疲れ切っていた為、OL時代は友達との旅行、飲み会など遊びの誘いがあっても母には言い出せず、ほとんど断っていた。年に数回行けた時も、夜は10時までに帰宅しないと母に怒鳴られた。周りが楽しく盛りあがる中、いつも一人で店を出た。
なんであたしだけ・・
悲しいとか辛いとか、きっとその当時は思っていたのだろうけど、思い出すのは一刻も早く帰らないと怒られる。それに母が倒れたら父も私ももっと困る。その思いの方が強かった気がする。

10年が過ぎ、私が26歳になる2月、祖母は99歳で、自宅の介護ベッドの上で息を引き取った。母は動転して医者に電話をしていた。私は「ばあちゃん!聞こえてる?」といいながらうっすらと見えているかどうかわからなく開けた目と、苦しそうに肩でする呼吸をなすすべなく見、だんだんと乱れていく脈を指に感じていた。
最後はドラムのようにダダダダと脈打ち、ふーーーっと息を吸って呼吸が止まり、脈も消えた。

親戚、友人、それまでにも何度か見送ってきた。ニュースでもドラマでも常に最後はあった。でも実感がなかった。この時初めて“最後”を目の当たりにした。

祖母を見送ったあと、写真を見ながらぼんやり考えた。
「人が死ぬってこういう事なんだな。という事は、いつか自分も・・」
突然、さーっと血の気が引いて、生まれて初めて、一気に奈落の底に落ちたという感覚、目の前が真っ暗になるという感覚を覚えた。ショックだった。

「ああ 僕はいつか 空にきらめく星になる」 (ガラスのブルース)

この感覚を、現実を、26歳でやっと気づいて動転した自分より10歳も若い、16歳の少年が言葉にし、唄に込めたと知った時は驚愕した。

祖母を見送った年の秋に夫と出会い、結婚し、3人の子供達の子育てに追われてきた。
その後、娘が中学1年、2012年のGOLD GLIDER TOURに、娘に付き添って代々木体育館のライブに初めて参戦した。人生初ライブ。
昔はほぼ「コンサート」というものだった気がする。地元の○○会館で1度だけ当時のアイドルのものに行っただけで、”ライブ”てどういうもの?グッズって何??4人の絵が描いてあるこんなトラックがあるの!?すごいねえ。。そんな状態だった。

4人の顔と名前もよくわからなかった。ただ、広い場内にたくさんの人、何よりも心臓にズシンズシンと刺さる振動、鼓膜にガンガン響く音と声。曲もあまり知らなかったが、あっという間に終わり、放心状態で帰路についた記憶がある。そして次の日から無性に彼らの曲を全て聴きたくなった。あの人生初めてのなんとも言葉に言い表せないが、心が躍るってこういうことか!?をまた確かめ、感じたかったからだろう。

それから、子供達が集めたCDを片っ端から聴き始めた。
BUMPの曲はまず、メロディーが身体に入ってくる。心に何かが湧いてきて、それが何かを確かめたくて何度も何度も聴いていくと、次は歌詞が入り始める。歌詞カードは見ず、その曲の表現するモノ、彼らがリスナーに届けたいモノを想像しつつ、イマの自分を曲の中に置く。深く考察することはない。心で感じて好きだと思えているからだ。

でも突然、いつもの曲がその時どきの、自分でも気づかない心の奥の感情に瞬時に刺さり、手が震えるほど感情を揺さぶられ、涙が溢れる事がある。何度も聴いてきたメロディーと歌詞とその時の自分の感情がビシッと重なる瞬間。

その都度、曲も違うのだが、自転車や車に乗っている時が多いのは、常に私は子供たちにとっての“母”であり夫にとっての“妻”であり実家の母にとっての“娘”だけれど、BUMPを聴きながら一人になる時は、唯一”わたし”で居るからで、その”わたし”の無防備な内面にメロディーと詞がどストライクに入り込んで、出せなかった感情や、言えなかった言葉や、不安、心配事多々あるけれど笑ってなくちゃ、元気でいなくちゃ、と無意識に頑張っている自分に、無理しなくていいよ?頑張ってるんだから頑張らなくていいんだよ?と言ってくれる。悶々とした内心を代弁もしてくれる。また朝がくるよ、また前に進めるよ、と気づかせてくれるし、自分を信じろよ!と鼓舞してくれる。そんな魔法みたいなチカラが彼らの曲たちに間違いなくあるのだ。

「巧くいかない 日々が繋がって いっそ 止めたくなって それも出来ない そんなモンだって 割り切れた訳でもない」(ホリデイ)

「あなたに声を 声より唄を 唄から心を 心にあなたを」 (angel fall)

「容易く 自分自身を値踏みしやがって 世界の神ですら 君を笑おうとも 俺は決して笑わない」(グングニル)

人は生きていく上で、シンドい、逃げたい、うまくいかない、そんな事の方が多いかもしれない。53歳の私でさえ、日々失敗とか後悔の連続である。でも、誰もがこの世にたった一人、唯一無二の存在で、生まれた瞬間から大体が「生・老・病・死」という道筋をたどって最後を迎える。それは当たり前であるが、今生きてここに存在している事は当たり前ではない。

そんな切実で現実的な“生きる”を一貫して表現し、人々に届けながら、こんなに有名で人気のあるバンドになっているにも関わらず、ライブやラジオでの4人は、本当に普通の“お兄さんたち”であることに驚く。
彼らの唄が好きになり、人となりを知り、またさらに好きになって、53歳の今の私の世界はBUMP一色となった。
情報を子供達の誰よりも早く収集し、グッズを身につけて出かけ、ライブでは全力で盛りあがり、こうやって長々とBUMP愛を文章にしている。

一般的にはもう、私の人生は残り三分の一くらいだろう。3人の子育てもほぼ終えたと思っている。このタイミングで、何度も何度も私や子供たちの心が折れ、暗いトンネルに踏み込んだ時に、こっちだよ。ここだよ。と優しくひっぱり出してくれる大好きなバンドに出逢えたのは、大袈裟ではでなく、奇跡だと思っている。

若い時には味わえなかったドキドキの高揚感、ワクワクの充実感をいま、日々感じられている事が嬉しいし、この歳で堂々と好きだ!といえる生きがいを見つけられたこと、それを追いかける事が出来る事に、子供達にも夫にも、さらにはBUMP OF CHICKENの4人が活動している”イマ”を生きていられることに感謝しつつ、人生の終点「星になる」まで楽しんで行こうと思う。

BUMP OF CHICKEN ありがとう!!青春バンザイ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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