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メロディーフラッグという名の道標

BUMP OF CHICKENの全ての音楽の入り口にたなびく旗

 
「疲れたら ちょっとさ そこに座って話そうか」
(メロディーフラッグ)

多くの人がきっと何かに疲れてる。
仕事や勉強や人間関係に、毎日をちゃんと生きることに。
けれど疲れてるなんてみんな同じだ、だからいちいち言ったりもできない。
それを繰り返して心を騙していると、自分が疲れてる事自体に気付かなくなる。

最初のフレーズは、そんな自分でも気付いていない自分に気付いて呼び止めてくれた。
胸に飛び込んで真っ直ぐにこちらを見てくれた。
そう、最初のワンフレーズで、まさに私はその場に座ってこの歌と話がしたい、と思ったのだ。
16年前の藤原基央が投げかけてくれた唄声が、今、こちらを真剣に見てくれていたのだ。
音楽は、時間も距離も防御していた心の鎧も簡単に飛び越えてくる。
 
 
 

「目にも止まらない速度で 世界は明日へと向かう」
「白い紐靴が ふと気付けば 土の色」
(メロディーフラッグ)
勝手にどんどん時間は進んでいき、どんどん靴が汚れていくように心の中の汚れも貯まっていく。

「作り笑いで見送った 夢も希望もすり減らした」
(メロディーフラッグ)
辛くても頑張って作り笑いをしてどうしようもなかった昨日を見送って、夢も希望も忘れていく。

心の汚れが溜まっていったり、夢も希望も忘れていったり、別にそんな自覚は全くなく生きてきたけれど言われればその通りだ。
そして、それに気付くのは辛い事だ。
でも気付かなければいつまでもそのままだった。
彼らの音楽はいつだって一対一の関係で、鍵がかかった心の扉をノックしてくれるのだ。
そんなアーティストは私にとってはBUMP OF CHICKENだけだった。

なので、
「響く鐘の音の様な あのメロディーはなんだっけ」
(メロディーフラッグ)
この曲でいう鐘の音やメロディーといった音に関するキーワードは、個人的にはBUMP OF CHICKENの音楽全般だと捉えている。
今を歌った歌も、風に揺れる旗のような音も 、約束の歌も。
私にとってのそれはrayやメーデー、Butterfly、セントエルモの火、66号線、beautiful glider、embrace、HAPPY、ロストマンなどなど……数えきれないほどある。
BUMP OF CHICKENの音楽は、人生の様々な困難な場面で、必要な楽曲が必要な時に自分の心の中心に遊びにきてくれる。
その曲たちを、(疲れたらちょっとさ、思い出して)と語りかけてくれるような気がするのだ。
そしてその曲たちの入り口に「メロディーフラッグ」が道しるべの旗として立っているのだ。
 
 

「少しでも そばに来れるかい? すぐに手を掴んでやる」
(メロディーフラッグ)
BUMPの曲はいつもそうやって手でぐいっと引き寄せてくれる。
それはただ甘くて優しいんじゃなくて、前述したように、気付いてもなかった情けない自分や傷ついた自分と対面させてくれるからこそ心から信用できる。
その証拠に
「そこで涙をこぼしても 誰も気付かない 何も変わらない」
「そこで涙をこぼしても 景色は変わり そして消えてく」
(メロディーフラッグ)
というフレーズがある。
やや辛辣ではあるが、困難の前でただ泣いているだけじゃ何も起こらないのは圧倒的な事実だ。

だから泣いているだけのヒトに
(こっちに来て話そう、大事なものを思い出してくれよ、立ち直らせてくれたような、そんな音楽があっただろう?)
と教えてくれているのだ。
自分が空っぽになって何もなくなったように感じても、あの時もらった音楽は覚えてる限り「ある」んだ。
そしてその音楽は風に揺れる旗のような人生のバックグラウンドミュージックであり、風のように自然に奏でられるほど当たり前のものなのだ。
メロディーフラッグはそんな事を教えてくれた。
 

2002年に挿した旗、メロディーフラッグはBUMP OF CHICKENの音楽全ての道標だと思う。
ずっと、今日まで休む事なく旗をたなびかせて誇らしげに立っている。
その旗の示す方向を、これからもずっと支えにして生きていくのだろう。

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