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私がキュウソネコカミに救われた話

いつも1人だった私をキュウソネコカミが支えてくれた

私事ではあるが、キュウソネコカミに救われた話を書こうとおもう。
私は、中3の時が邦ロック原点だ、その時キュウソネコカミは知らなかった。
でもすごく覚えているのが中学3年の時塾行く途中に地元のライブハウスにキュウソネコカミのポスターがあったことをすごく覚えてる。
私は塾行くのに急いでて名前だけは知っていたので
名前だけは知ってる〜という感じで通り過ぎていった。
高校2年生の秋。
別垢のフォロワーさんが邦ロックもすき。とツイートしていたので私はリプでよかったらおすすめバンド教えてください!とリプを送った。
たくさんおすすめしてくれた。その中にキュウソネコカミの文字もあった。
私は昔聞いたことある名前だな
と思い動画サイトで真っ先にキュウソネコカミを調べた。
キュウソネコカミの曲で1番初めに聴いた曲がビビっただった。
私は今までにない衝撃が走った。
なにこのバンド!!すごい!!すごいかっこいい!
その日は夜ベットに寝転がりながら、ビビったをループしていた。その次の日はキュウソネコカミのMVを見漁っていた。
聴けば聴くほどハマっていった。
文章では伝わらないけど死ぬほどハマっていた。
私はその週にタワレコ行きキュウソネコカミのCDを全て買っていた。
家に帰りパソコンに移しWALKMANにいれてその作業でさえすごくすごく楽しかった。
WALKMANにいれて聴くキュウソネコカミも最高だった。
私はアルバムを買わないとそのバンドを深く知れない
と思った。
アルバムもすごくよかった。
歌って踊れる曲もあれば心に刺さるキュウソネコカミもいる。と動画で知っていた。
私は何も無い休日を初めて聴いた時
決して悲しいメロディーではないけど感動する曲だ。と思った。
高校生活も楽しくなかったしキュウソネコカミの曲を聴くことだけが私の毎日の楽しみだった。
高校2年生の2月頃私はいじめにあっていた。
何もしていないのに毎日毎日陰口を言われてつらかった。死にたいとも思っていた。
学校なんて辞めたかった。
でも父に学校行かないと暴力を振るわれていたから、父の暴力に怯えて私は仕方なく学校に行っていた。
行きたくなさすぎてサボっていたりもした。
どこにも居場所なんかなかった。
だけどキュウソネコカミだけが私の居場所だった。
だけどついに限界来て私は自分の部屋に鍵をかけて絶対学校行かないと引きこもっていた。
その時もキュウソネコカミだけが私の味方だった。
私はその間キュウソネコカミしか聴いていなかった。
というかキュウソネコカミしか聴きたくなかった。
自分が毎日毎日同じベットに寝ていてキュウソネコカミを聴いていた。
私は自分がこのまま腐っていき死んでしまいそうだった。
その時私のスマホがキュウソネコカミの何も無い休日を流してくれた。
【それでも僕ら息をして 毎日なんとか生きてる
独りで夜道をランニング 今日も】/何も無い休日
というフレーズが特にその時の私に刺さった。
毎日息をしてこんなクズでも生きてていいのだ。
と感じ涙が止まらなかった。
私のことを守ってくれて救ってもらった恩人だから
一生大好きなんだ。
キュウソネコカミは
俺らもつらいけど君もつらいんでしょ?
一緒に頑張ろう!
というメッセージが私には伝わってくる。
キュウソネコカミが私に寄り添って背中を押してくれた。
親や担任は知らないだろうけどまた学校行けるようになったのはキュウソネコカミのおかげだ。
キュウソネコカミをあの時教えてもらわなかったらと想像するとゾッとしてしまう。
キュウソネコカミに出会えて良かった。
これからも応援するしライブにもたくさん行く。
高校生活を支えてくれて本当にありがとうございます
残りの高校生活もキュウソネコカミに支えられながら生きていきます。

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