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負けながらも歩き続けたその先に待っていた祝祭

江沼郁弥 恵比寿LIQUIDROOMワンマンライブに寄せて

 東京行きの新幹線に乗り、窓ガラスを伝って落ちていく雨を見て、なんか見覚えのある景色だなあと思ったら、昨年の9月16日も新幹線の外は雨だった。

 plentyの”さよならより、優しいことば”を聴きながら夕食を食べていた僕はツイッターのタイムラインをふと見て、おやと思った。

 江沼郁弥率いるplentyが昨年の9月16日で解散してから1年が経とうとしていた。解散の実感が沸かないまま1年が経ち、それでも江沼さんがまた新しい音楽を鳴らしてくれることをずっと心待ちにしていた。

 ツイッターのタイムラインの「江沼さん!」というツイートが上から下へとどんどん流れていき、やっとのことで辿り着いた先には江沼さんのインスタグラムの「ENUMA FUMIYA ONE-MAN LIVE 2018.9.8(SAT)」というあまりにも素っ気ない告知があるのみだった。「江沼さんが帰ってくる」というあまりにも唐突な告知のおかげでびっくりして箸を落としてしまった。

 ”さよならより、優しいことば”で「見知らぬ宇宙のどこかで / うっかり出会えるはずだろう」と歌い、ラストライブの”手紙”では「いつか会えると決めつけた」と歌詞を変えて言い切った江沼さんなら絶対に戻ってくるという信頼が揺らぎ始めたときの吉報だった。

 plentyは本当に解散したのか? という問いを自分自身に問いかけるまでもないほどに、plentyが解散した実感が沸かなかった。ラストライブの”蒼き日々”で感情が昂って、「ああ本当に終わるんだ」と痛感したにも関わらずだ。自分自身に終止符が打てずにplentyの解散という事実だけが宙に浮いたままで、それをなんとか鎮めるためにYouTubeで公開されたラストライブを繰り返し繰り返し見てはみるものの、解散という事実にやはり現実味がなく、受け入れることができなかった。会場を丸ごとそっと包み込んでくれるような、ずっとそばで寄り添ってくれるような歌声を全身で感じることができないということに現実味がないと言った方が正しいのかもしれない。そんな1年だった。

 雨が打ちつける新幹線の外の景色を眺めながら、1年の時を経て、江沼さんは一体どんな音を鳴らしてくれるだろうと夢想した。今の江沼さんにplentyを重ねてしまうのではないかという不安は胸の裡には微塵もなく、そこにははち切れんばかりに膨らんだ期待感だけが満たされていた。東京に近づくにつれて晴れ渡っていき、新幹線の外の景色は江沼さんの復活を祝福しているように感じた。

 恵比寿のLIQUIDROOMは初めて来るライブハウスで、キャパシティは1000人弱といったところらしい。お客さんが入り終えるとフロアはぎっしり詰め込まれるほどの満員だった。「ENUMA FUMIYA ONE-MAN LIVE 2018.9.8(SAT)」という素っ気ない告知にも関わらず全国各地からこんなにも大勢の人たちが集まってくることに感動すら覚えた。LIQUIDROOMに集まったそれぞれがそれぞれの1年を過ごし、plentyの解散を受け入れられた者もいれば、受け入れられなかった者もいる。折り合いをつけられた者もいれば、そうでない者もいる。それぞれが思いを胸にそっと抱いて、今日のこの場に集まったんだということを嫌でも痛感させられた。

 僕は今日という日をなぜだか何の根拠もなく祝祭だと感じていた。

 定刻より少し遅れて、フロアに流れていたSEが消え、江沼郁弥とサポートメンバーの2人が登場した。サポートメンバーの2人はキーボードとドラムセットの位置につく。江沼さんはステージの前方に歩み出て深々とお辞儀し、所定の位置に戻る。江沼さんの隣にはベーシストはいない。そのことの意味なんて考える余裕がないままに1曲目が始まった。

 江沼さんを三方向からスポットライトが照らし、曲が始まる。名前も知らない曲が鳴った瞬間、僕は今日という日は祝祭だと改めて思った。

 江沼さんは名前も知らない楽曲たちを間断なく、畳み掛けてくる。息をするのも忘れるほどに、とてつもない大きな何かに対する悲しみ、寂しさ、虚しさ、儚さを次から次へとフロアに放ってくる。ただただ呆然と見ているしかなく、打ちひしがれ陶然とした。もう1年が経ったのか、まだ1年しか経っていないのか、それは僕にはわからないが、それでも、息を呑むしかないこのライブハウスの空間を懐かしく愛おしく感じた。

 江沼さんはまだ僕らにとっては名前すら与えられていない曲たちを10数曲演奏し、ステージ上で再び深々とお辞儀をして、結局一言も発することなく、ステージを去っていった。

 僕はこの日、数年間をともにした「蒼き日々」に終止符が打たれ、それと同時に、「これが新しい江沼郁弥だ!」と宣言されたような気がした。ようやく1年もの間、宙に浮いたままのplentyの解散が細胞のありとあらゆるところまで浸透していった瞬間だった。

 今日という日に目撃したのは、江沼郁弥のまったく新しい音楽で、紛れもない江沼郁弥そのものだった。僕はそのことにとてつもない感動を覚えた。

 plentyが解散したという事実は揺るがないし、あの3人が鳴らすplentyをもう見られないという悲しさ、切なさ、寂しさは自分の中でまだ息づいているけれど、それ以上に、また江沼さんが奏でる音を、紡いだ言葉を全身で受け止めることができるという喜びの方がそれらを上回ってしまった。

 この1年間、plentyを心の拠り所に、”風をめざして”という楽曲に背中を押されながら、負けながらも歩き続けてきた。「負けながらも歩き続ける」ことの先にこんな喜びが待っているなら、負け続けるのも悪くないし、ライブの冒頭で披露した楽曲で「だから / うたうよ / 気のすむまで」と紡ぐのならば、僕は一生、彼について行こうと思う。

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