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木下理樹に何度でも「おかえりなさい」を言う人生を過ごす。

ART-SCHOOL『In Colors』

 例えば、初期の代表曲”MISS WORLD”(2001年)での「君が失くしたら 僕は死ぬのさ/君が失くしたら 生きていけるはずがない」――ライヴでは「君を」と歌われるが――、Bサイド・ベスト『Cemetery Gates』(2017年)には収録されなかったものの、名盤『SWAN SONG』(2003年)にある”DRY”での「そう愛されたら/ただ苦しくなる」など、多くを例として挙げることができるけども、ART-SCHOOLの、いや木下理樹の描く世界は<あなた>を強烈に必要としていて、その必要性は自己の不確かさに根ざしていたように思う。<あなた>がいて、愛されて、はじめて担保される自己。そして、<俺>は<あなた>をほうっておけない。それは多分に依存性の高い関係であったろうし、性愛的な表現も相まって、独特の暗さと湿り気を帯びていた、しかしひとたびライヴとなればその激しい曝し方が異常なまでに美しくはかなく切なく、一種独特のリスナー/ファン層を築いてきたと思う。
 木下理樹の描く世界に大きな変化を感じたのは、2014年に発表された『YOU』だ。タイトルにある<あなた>はこれまでとは異なり、かつての木下理樹がおそらくそうであったように不確かな自己に苦しむ、より若い世代への意識を感じた。そして、ほうっておけない木下理樹は『Hello darkness, my dear friend』(2016年)で、かつての自分/当時の自分が抱える闇に直面しすぎてしまう。

 ここまでが、僕のART-SCHOOLに関する理解だ。これを踏まえて、最新作『In Colors』(2018年3月7日発売)について書きたい。個々の楽曲が抱えているものがあまりに多く、濃密で、ストーリー性があり、愛してしまうものなので、各曲について書いていこうと思う。『In Colors』をまだ聴いていないでこれを読んでくださっている方は、聴いてから戻ってきていただけると嬉しい。

1. All the light We will see again

 その加入と、猛烈な努力がもたらす成長がART-SCHOOLにとっての大きな潮流となっている戸高賢史との共作曲で本作ははじまる。タワーレコードのミュージック・レヴュー・サイト、『Mikiki』のインタビューで、歌録りのディレクションを木下理樹が任せた(これまででは考えられない!)戸高が「彼のヴォーカリゼーションは、<拙さ>みたいなところがイノセントだったり、情景が浮かんできたりという、わりと特異な例だと思うんですよ。そこをうまく引き出せたらいいなとは思いましたね。彼のヴォーカルの良いところをテイクとして残すべきだなと」と語っている。木下理樹の<拙さ>はこれまでファンの中でもアンタッチャブル、あるいは批判対象としてあった、かなり繊細な部分だと認識していたので、戸高がスパッと言及していることは大きな驚きだった。しかし、その結果、木下理樹の息遣いであるとか、「ああ、木下理樹が力を込めようとするとこういう声の出し方するよね……」という部分が随所にあって、よい意味でライヴに近い質感となり、フィジカルの強い演奏陣とよく調和していると思う。さらに戸高が語るように、本作には「あ、これってあの……」と思わず過去の楽曲を想起してしまうようなART-SCHOOL固有のメロディー/感覚/ギター・フレーズが散りばめられていると感じた。それはセルフ・オマージュとは趣を異にしていて、むしろ現在のバンドと楽曲に対する自信に裏打ちされた、ファンへの奉仕だと思う。
 冒頭から美しいイメージと脚韻で進み、「死んだ様に君は生きていくのかい?/俺はそんな風に生きていたくはない」という衝撃のフレーズ。『YOU』以降に取り組んできた<闇を抱えるひとたち>への理解と接近を経て、ひとりの人間として激しく鳴ることを選択する。平行する2本の弦として激しく鳴る。触れ合う弦は鳴らない。共鳴して生きていくには互いが1本の弦としてピンと張るよりほかはない。

2. Touching distance

 曲名を見て驚いた。「あと10秒で 世界が終わる/そんな瞬間が もしも来たら/その10秒で 君に触る」(”あと10秒で”(2005年))に代表されるように、木下理樹は<touch you>あるいは<can’t touch you>を歌う詩人だったように思う――距離が0だろうが100だろうが切ない――が、ここでは<手の届く距離>、つまり距離そのもの、ディスタンスがあることを歌っている。「ただ俺は 俺でいるのが怖かったけど/ただ君が 望む誰かになりたかったけど」と、手をかさ(せ)ない選択をし、「消えていく」ことさえ「生きてる証」と断じて「転がっていけよ 一生 荒野の方へ」と解き放つ。<触れる><触れない>の二項対立ではなく、距離を受け入れる男の強さ。

3. Dreaming Of You

 びっくりするほどあけすけに歌われる。性愛的表現に伴いがちな湿度を炎で焼き尽くすように、<俺>は激しい。孤独をかまわない木下理樹の立ち姿の美しさったら! ギター・ヒーローの風格を示す戸高の仕事の鮮やかさ。

4. OK & GO

 本作リリース前に公開されたMVで”Dreaming Of You”と対になっていたこの楽曲はそのまま曲順を連ねた。「幼い頃に 夢見ていた/大人になって 家庭を持ち/キャッチボールとかしたいな」という歌詞には本作を聴く前にMVを見たファンの誰もが驚いただろう。<普通>という概念から逸れてしまった木下理樹と現在進行形で逸れていっている世代――「からかわないから笑って」というディスタンス――の両方に呼びかけるように聞こえる「OK & GO」という言葉があまりにも優しい。

5. スカートの色は青

 ”evil city / cool kids”とともに先行してデジタル配信されていた楽曲だが、アルバムに収めると単純に「いい曲」というだけでなく、「この打者はこの打順でこそ最も活きる」とでもいうべき強みを見せるように感じるが、どうだろうか。「幸福とかいいんだって」――本作以前の関係性――という「彼女」をノスタルジックに回想する美しい楽曲ではあるが、ノスタルジーの基盤となる自己認識が「犬も 食わないだろう俺」なのはART-SCHOOLらしくて笑ってしまう。「繋いだあの手は ひどく冷たくて」という過去は「繋いだその手を 離さないから」という現在に変わり、時制はそのままに次曲”Tears”への決意へ。

6. Tears

 本作の各誌レビューでおそらく最も引用されているだろう歌詞のひとつである「今度から 違う/愛せなきゃ 変わらないだろう?」にやはり驚かされる。「次に目覚めたら、誰かを愛せる そんな気がして」(”シャーロット”)と歌ったのは2002年か。木下理樹は死ななかった。死なずに目覚めた。愛する主体・木下理樹。感慨無量。

7. Shining 夕暮れ

 「何錠飲めば 飛べるって知ってんの」(”LOST CONTROL”(2009年))に代表されるように薬物への言及はこれまでも多かったが、この楽曲では、夕日が差し込む精神科/心療内科の待合室や診療風景が目に浮かぶ。退屈ないつもの問診、医者や薬が治せない生き難さと、グランジ・ライクにバーストする英詞パートが描くコントラスト。

8. evil city / cool kids

 「出口」も「入り口」もなく「戦場」であるevil cityと、「my only one」としてのcool kidsの<闇>と<光>。楽曲のはじまりは重いが、終わりにはやわい明るさを伴い、次曲”光のシャワー”へ光を引き継ぐ。

9. 光のシャワー

 人力ブレイクビーツ的に走る藤田のドラミングの上に、ボーカル/ギター/ベースがふわりと乗る様は、市民プールかどこかのシャワー室でコンクリートの床が温かいシャワーをはじき虹を作るようなノスタルジーを醸し出す。率直に言って、感動的だ。この曲でこのアルバムが終わっても美しかった。そのくらい、優しさに溢れている。だが、木下理樹は余計なことをしてくれる。この先を行くと言うのだ。泣いてしまうではないか、リッキー(涙)。

10. In Colors

 ひとりの人間として立ち、孤独を受け入れ、光と闇の混在を認め、愛する主体として生きる木下理樹が真新しい姿勢で、再び<君>へと向かう。見返り、なんてもはや求めていなくて、「名前があ」るという存在において最小限のことだけで称えてしまう。これは愛の歌だ。恋愛でも性愛でもなく、ただただ<愛>だ。歌詞の一文字一文字が好き。音の一粒一粒が好き。ほかには何もない。

 通して聴いて、ラストの”In Colors”までの高まりがこれまでのART-SCHOOLのアルバムでは味わえなかったもので、何度も何度も聴いてしまう作品になっていると感じた。ART-SCHOOLのファンは大きく二つに分かれるのではないだろうか。ひとつは、何をやっても肯定する人。もうひとつは、例えばライヴで木下理樹の声が全然出ていないときにかなり厳しい態度を取る人。後者にはART-SCHOOLから離れていってしまった人も多いと思う。どちらにしても、好きだ/嫌いだという、はっきりとした態度を取らざるを得ないほど、正直なのだ明らさまなのだ誠実なのだ、そんなバンドなのだ。個人的には後者寄りとシニカルに構えたかったが、2002年のメジャーデビューアルバム『REQUIEM FOR INNOCENCE』の頃からずっと追っているし、本作で泣いてしまうし、本当に罪な男に惚れたものだよ。そう思わないか?

 玄関ドアのチャイムが鳴る。ドアを開けると会うたびに痩せ細っている木下理樹が立っている。戻ってくる、だけでいいのに今回は手にひときわ色鮮やかな花束を持っている。
木下理樹に何度でも「おかえりなさい」を言う人生を過ごす。

 おかえりなさい。ありがとう。

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