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秋雨前線と私

吉澤嘉代子がまだ残ってる

仕事終わりにスマホで天気予報を見る。曇り時々雨、雨のち曇り…とはっきりしない天気が続く。薄暗い部屋の中、思わずベッドに横たわって背伸びした。何とも気怠い。森山直太朗の“夏の終わり“、フジファブリックの“若者のすべて“をよく聴くようになると必然と夏が終わることを意識せざるを得ない。ただ、近年は残暑と呼ぶ時期から暑さは長期間残り、10月を前にしても「暑い」と口にすることはざらにあった。それが嘘のように過ごしやすくなり、まさに夏は終わりを感じたが、まだ秋が訪れたとは言い難い。夏と秋の季節の変わり目はどうも天候が優れず、体に不調をきたしやすい。そんな時、あの曲はまるで魔法のように頭の中で鳴り響いた。

《マイクチェック・ワンツー アーアーアーアーアー 始めましょうか これから言うのは独白だからここだけだから》(未成年の主張)

「え?」初めて聴いた時はよく分からなかった。これはセリフなのか、歌詞なのか。ただ出会った時の印象は強烈で、歌詞が分からないなりに鼻歌で口ずさむようになった。彼女はその後“美少女“、“ストッキング“など独特の感性を発揮し、世間にその音楽を知らしめることとなる。吉澤嘉代子。魔女の修行をしていたシンガーソングライターである。こう表現すると空想のような話だが、それは事実であり、彼女はその空想と現実を見事に音楽で表現してくれる。私が初めて彼女の曲を聴いたのはラジオから流れてきた“未成年の主張“で、これからの活動をチェックするには十分過ぎるインパクトを与えてくれた。
吉澤嘉代子の魅力はいくつもあると思うが、彼女を評する上で必ずと言っていいほど『世界観』というワードが出てくる。彼女の略歴はサッと流すことが難しく、特異で、個性的である。作詞作曲を始めたのは高校時代で、小、中学時代は小説を読んでいたそうだ。比較するのはおこがましいが、私とは大違いで、もっと文章に触れておけばよかったと最近よく後悔している。文章、それを構成する言葉は想像力を掻き立てて、その想像力は限ることなく膨らんでいく。それが良い相乗効果を生んで、文章力、想像力共に高まっていく。吉澤嘉代子が作り出す独特の『世界観』の基礎はこうして作られてきたと考えている。

先にあげた“あの曲“とは昨年の秋にリリースされた“残ってる“である。あれからもう1年が経ったのかと思うと感慨深い。忙しく過ぎる時間ほど過ぎるのは早く感じるもので、2018年は個人的にも世間的にも良いこと、良くないことがたくさんあった。夏という季節は花火や海水浴、フェスといったアウトドアなイベントが多く、長期の休みを取る人が多い傾向にある。それもあってか夏の思い出をまとめる、振り返る機会も多く、その季節の終わりは何故か他の季節より切なく、寂しい気持ちになる。

《改札はよそよそしい顔で 朝帰りを責められた気がした 私はゆうべの服のままで 浮かれたワンピースがまぶしい》(残ってる)

この“残ってる“は男女を歌った曲だが、いくつかの解釈ができると思っている。
好きな異性と二人でお酒を飲みながら楽しく過ごした日曜日の夜。終電はなくなってしまい、楽しむ選択肢も減っていく中で不自然にきらめくネオン街の灯り。意図せず、その一線を越えてしまってどこかやり切れない気持ちと気怠さ、秋の空気を感じずにはいられない月曜の朝。くたびれたワンピースはきっとノースリーブでカーディガンもなく、罪悪感、肌寒さと共に最寄り駅から家路へと向かうといったところか。きっと相手の煙草の匂いや触れた触感、お酒の残る胸苦しさが実体験として残ってる。
若しくは学生最後の夏休み。男女数人でお酒を飲んで二次会のカラオケへ。意中の存在はお酒の力も借りてより輝いて見えるが、届きそうで届かない距離感。最後まで男女としての距離は縮めることはできずに朝を迎え、相手の優しさでその気持ちはより大きくなるが、駅の改札で「またね」と別れる。意識して身に纏ったワンピースは楽しさに比例してくたびれるが、最後まで行動できなかった虚しさと共に家路へ向かうといったところか。歌い出しのこのフレーズだけでここまでの想像ができ、他にも幾通りの解釈ができると思う。この解釈もあくまで想像だが、一方は願望が叶い、もう一方は願望が叶わなかった。それでもたった一夜で夏から秋へと変わった季節が残すのはどちらも寂しさや虚しさというどちらかといえば負の感情に分けられるものなのだ。この他にも「風邪をひきそうな空って…」とか「かき氷色のネイルって…」とかいくつもの疑問が私たちの想像力を掻き立てていく。

《もう夏は寒々しい》(残ってる)

このワンフレーズを聴いた時、ゾワっとした。私の中で吉澤嘉代子の“残ってる“が秋に聴きたい一曲の一つになった瞬間だと思う。本来夏は暑いもので、今年の夏は酷暑と呼ぶほどに暑かった。ただフル稼働していたクーラーはもうその鳴りを潜め、扇風機も風呂上りにしか付けず、しばらくすれば寒いという具合になった。このどこか抜けきらない夏を『寒々しい』と表現するのか。また、温度だけでなく一人になったその殺風景な様子も含めて『寒々しい』と捉えることができる。吉澤嘉代子の『世界観』を作る文章力、想像力という基礎に加えて、女々しく、時に力強く歌い上げる彼女の表現力でその音楽、その音楽を聴く者は吉澤嘉代子の『世界観』に引き込まれるのだ。

それにしてもはっきりしない天気が続く。どうやら秋雨前線が日本にやってきて夏から秋の空気に入れ替わるらしい。私といえば半袖に足元はまだサンダルのままだ。かき氷のシロップのように着飾った鮮やかな衣服も、沈むのが早くなった陽のように少しずつ暗くなっていくのだろうか。今年は夏の思い出がいくつかできたけど、それにずっと浸っているわけにもいかないし、新しい楽しみを作ってそれを糧に頑張ろう。だが、いまは記憶も記録として残しやすくなった。天気予報で秋雨前線というワードを耳にする間は、その記録を見ながら夏の余韻を感じてもいいかな。私には夏の終わりと秋の始まりを知らせる曲が“残ってる“のだから。

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