1521 件掲載中 月間賞発表 毎月10日
この数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。

生きる力を借りたから

BUMP OF CHICKEN 花の名

脳の病で倒れた時、父はもう80歳を軽く超えていた。
手術をすれば生きられるけど、もってあと数年。
父は母に言った。
「まだ生きたい、手術を受けさせてください」

私はもうずっと生きている事が苦痛だった。命を断とうとしても出来なくて、毎夜寝る前に「明日が来なければいい」などと本気で願った。
全てがダメで絶望感しかなくて、いつになったら人間でいる事をやめてもいいのか、常に考えながら生きていた。
命を絶たなかったのは、3人の子どもがいたから。
お母さんが自分から死んだら、子どもの心に深く傷を残す事が想像できるくらいには、まだ、まともな脳みそだったから。

その頃の私には、父の言葉が本気で理解できなかった。
死ぬ機会がやってきたなら喜んで受け入れるつもりの自分には、「生きたい」という欲望が全く理解できなかったし、その事に気づいた自分に驚いていた。

たまたま家族で遊びに行った帰り、ふと思いついて、まだ訪ねた事がなかった父の入院先に見舞いに行った。
何の感情もなく、ただ、足を運んだ。

エレベーターを降りて、廊下を曲がったら、車いすに座る父が見えた。こちらに気づいた父が、目を見開き、私を見たあと、言葉を交わすより早く、涙をこぼした。

ひとしきり泣いて落ち着いた後、父が言った

生きていたい、お前たちに会いたいから、
手術をするんだと、言った

生きる、生き続ける、まだ命をつづける
私の心に何か光のような物が降りてきて
なぜだろう、気づいたら、
あれほどあった死へ向かうベクトルが、霧が晴れるように、消えていた。
とてもとても、不思議なことだった。

その時私は、父から、生きる力を借りてしまったのだと思う。

BUMP OF CHICKEN の「花の名」の歌詞が
その瞬間の自分の全てだった

〈生きる力を借りたから 生きている内に返さなきゃ〉

この歌を聞くたびに、父からの借り物の力をどうやって返していけるだろうかと考える。
父が生きているうちに。

  • 投稿作品の情報を、当該著作者の同意なくして転載する行為は著作権侵害にあたります。著作権侵害は犯罪です。
  • 利用規約を必ずご確認ください。
  • ハートの数字はTwitterやFacebookでのリツイート・いいねなどの反応数を合算して算出しています。
音楽について書きたい、読みたい