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1983年生まれのアンセム

MASS OF THE FERMENTING DREGS『No New World』に寄せて

 2018年の夏は、MASS OF THE FERMENTING DREGS(以下「マスドレ」)の『No New World』ばかり聴いていた。

 『No New World』は、前作から実に8年ぶりとなるマスドレの最新アルバムだ。そのアルバムに、マスドレは『NEW WORLD』=新しい世界、ではなく、『No New World』=新しくない世界、と名付けた。なんとなく「マスドレらしいな」と思ったけれど、同時に「どういうことだろう」とも思う。なぜ「No」を付けたのだろう。

 8年間待ち望んだそのアルバムをおそるおそる再生してみる。すると1曲目「New Order」からマスドレ節が炸裂していた。USインディーや、bloodthirsty butchers、LOSTAGE、Climb The Mindといったジャパニーズ・エモの系譜に連なるサウンドに、透明感のある真っ直ぐなボーカル、抜けのいいメロディー。あのマスドレが帰ってきた!嬉しさが込み上げてくる。
 2曲目「あさひなぐ」では、ライブの光景が浮かんでくる。駆け抜けるギターの音に、ベースボーカル宮本菜津子が裸足で歌う光景。思わず拳が上がりそうになる。
 3曲目「だったらいいのにな」はオルタナ全開だ。連呼される「だったらいいのにな」の語感とメロディーの相性が恐ろしいほどぴったりで、気づけばマスドレワールドにどっぷり落ちていく。

 5曲目「No New World」は、マスドレでは珍しい、スローテンポのしっとりした曲だ。ここで宮本菜津子は、

 「ゴミのようだ/吐き気がする」
 「うすっぺらなストーリーが/ドラマのように掲げられて/止められない」
 「飽きたらもう最後/思い出もdelete/まやかしのヒーロー/嘘ばかり/No New World」(「No New World」)

と静かに歌っている。
 
 ここまで聴いて、マスドレの歌詞が変化していることに気づく。
 これまでのマスドレは、特定の感情について歌うことは少なく、曖昧なイメージを曖昧なまま届けるような歌詞が多かった。だけど今作『No New World』には、変わらないことへの微かな苛立ちがそこかしこに見える。

 「隣同士の僕らは/変わらないまま/濁った」(「New Order」) 
 「『思い通りいかないことばかりさ』今日も」(「あさひなぐ」)

 マスドレが最初にCDをリリースしてから、もう12年くらい経つ。その間、幾度ものメンバーチェンジを経て、宮本菜津子は一度ソロとしても活動し、2015年に現在の形でバンドを再始動させた。この時代に、いわゆる「オルタナ」や「エモ」と呼ばれるようなバンドが活動を続けていくことは容易ではないと誰もが知っている。そんな中でマスドレは、ただただより良い曲を製作し、ただただかっこいいライブをして、音楽に向き合ってきたのだと思う。だから、もう、新譜をリリースしたぐらいで世界が変わらないことも知っている。知っているけど、簡単には変わらない世界に苛立つこともある。だけど、それでもそこで音楽を続ける。それがマスドレの出した答えなんじゃないかと思った。だから、ここは『No New World』=別に新しくない世界、なのだ。これまでの世界と変わらない、過去と地続きの世界だ。

 このアルバムで鳴らされているのは、「ああ、これぞマスドレだ」「マスドレが健在だ」と感じさせられる、紛れもなくこれまでのマスドレの延長線上にある音だ。でも、聴いていくと、その音は今までと同じというわけではなく、アップデートされ磨き上げられていることが分かる。例えば3人のグルーヴや、3ピースでありながら迫力と広がりを増す演奏。例えば透明感や明るさだけではなく落ち着きや包容も感じさせるボーカル。例えばメロディーの突き抜け方。変わらないことに微かに苛立ちながらも、腐らずに凛と立つ姿勢。どれもこれも輝きを増している。

 そのなかでも圧巻なのはラスト2曲だ。
 
 「Sugar」は、ドリームポップとThe Strokesを混ぜ込んでマーブル模様にしたかのような、マスドレの新機軸になりそうな1曲だ。聴いていると、現実なのか幻想なのか過去なのか現在なのか分からなくなり、曖昧な微睡みの世界、白昼夢の世界に連れていかれる。記録的な猛暑となった2018年の夏に、「Sugar」は危険なほど似合った。

 そんな「Sugar」の世界に魅せられ浸っていると、白昼夢から目を覚ませと言わんばかりにスネアを叩く音が鳴り響き、アルバムラストの「スローモーションリプレイ」が始まる。マスドレ史上、最も開かれていて、最も突き抜けた、オルタナでありながらポップな超名曲だ。

 「さびしいさびしい思いは/いつも、あとからあとからついてくる/交わした約束/もつれた記憶/ひたひたに浸るあの歌」(「スローモーションリプレイ」)

 宮本菜津子と同じ1983年生まれである私は最近実感する。30代半ばになると、10代後半から20代前半のことはすっかり過去になっている。つい1~2年前のことだと思っていた出来事が、3年前になり5年前になり8年前になり10年前になり15年前になった。あの日の風の匂いも誰かの声もだんだん思い出せなくなってきて、確かに自分が過ごしたはずの時間や場所が、本当に存在していたものなのかどうかすら、あやしく思えてくる。ここは別に新しい世界なんかじゃなくて、過去と地続きの世界のはずなのに。そしていつの間にか「もつれた記憶」の中で、懐かしい「あの歌」に「ひたひたに浸る」だけになっていく。そうすると、もしかして、「過去」を「過去」として正しく思い出すことさえできなくなる日も近いのかもしれない、というようなことが頭をよぎるようになる。

 「急げ!急げ!/あの子の声が思い出せなくなる前に/切り取る景色/あの日のように/ゆらめく/消える/遠くなっていく」
 「スローモーションリプレイ/忘れないで/今と向こう側のサイレン」(「スローモーションリプレイ」)

 もう「サイレン」が鳴っている。だから、「思い出せなくなる前に」過去を「スローモーションリプレイ」して「切り取る」。こうしている間にも「あの日」は「ゆらめ」き「消え」て「遠くなって」いってしまうのだから、できるだけ急がなければ。過去を過去として思い出せるうちに全部歌っておこう、という最後の足掻きだ。

 なんてエモいのだろう。勝手に1983年生まれのアンセムに認定してしまいたいくらいエモい。

 だけど、マスドレのすごいところは、こんなにエモい歌詞を、底抜けに明るい曲に乗せたところだ。こんなに切羽詰まった感情を、湿っぽい曲や轟音まみれの曲にしたりしなかった。それどころか、マスドレ史上、一番ポップな曲にしてしまった。

 そういえば、音楽シーンに登場したばかりの頃のマスドレは、「轟音」というキーワードで語られることが多かった。同時期に登場した同じ1983年生まれの9mm Parabellum Bulletと共に、「轟音ロック」と紹介されたりしていた。だが、マスドレの不思議で特異なところは、轟音を鳴らすのに、激情に任せたりしないところだった。色々な感情を抱えていても、それを安易に音楽に叩き付けたりはしなかったし、弱さや憂いを歌詞に乗せたりもしなかった。音楽で鼓舞したり啓蒙したりすることもなかった。マスドレは、ただ、音楽に、バンドに向き合っていた。そこには清潔さや上品さが漂って見えた。
 このバンドは絶対に堕落したりしないし、ダサいことや下品なことはしない。マスドレはそういった信頼を勝ち得てきたように思う。そうやって、絶対に安易な方に流されず、ただただ音楽の力を信じて何にも媚びずにバンドを続けてきたマスドレだから、ついに「スローモーションリプレイ」の青空のように突き抜けたメロディーを呼び込むことができたのだろうと思う。この奇跡のようなメロディーは、奇跡的に降ってきたわけではなく、マスドレの姿勢と歩みが呼び込んだものなのだ。

 最初から最後までエモい気持ちにさせられっぱなしの「スローモーションリプレイ」の中でも、特にたまらない気持ちになるのは、宮本菜津子が「パーパッパッ」と歌うところだ。激情に任せたりしないマスドレは、そういうことができない故に、他のどのバンドよりも切実だったのではないかと思う。宮本菜津子はその切実さの極みとして、「パーパッパッ」と歌っているような気がした。何か言葉にするのではなく、ただできるだけ遠くまで届くように澄んだ明るい声で「パーパッパッ」と歌う。
 この「パーパッパッ」というフレーズを聴いていて思い出したのは、マスドレが最初にリリースした自主制作のCD「kirametal」に収録されている「I F A SURFER」だ。「I F A SURFER」でも、宮本奈津子は「パー」とか「ウー」とか歌詞にならない言葉をファルセットで歌っていた。
 そこには、宮本菜津子の原始的な表現への姿勢が見える気がした。彼女がファルセットで歌う「パーパッパッ」や「ウー」には、きっとたくさんの感情が入っている。聴いている私にはその感情が何なのか、詳しいことは分からない。でも、私は彼女の生命そのものに触れている感覚になる。切羽詰まっていても、辛くても、淡々と何気なく明るい声で歌う彼女は、バンドにとって音楽にとって一番かっこよくて誠実な方法で、「今生きている」ことを刻んでいるのだということが伝わってくる。これだからマスドレは、やっぱり清潔で上品でかっこいい。

 そして私のエモい気分が沸点を迎えるころ、「スローモーションリプレイ」はアウトロになだれ込む。
 白昼夢から目覚めたら、代わり映えのない世界で、切羽詰まったり焦燥に駆られたりするばかりの日々だ。今できることをやるしかない。急いで思い出せる限りの「過去」と「今」の全てを打ち付けて刻んで残す。そんな凄まじい気迫で、ギターは叫び、ドラムは爆破するが如く勢いで連打され、ベースは叩き付けるように鳴らされ地響きを起こす。私は泣く。
 
 それから、ゆっくり、もう一度、プレイボタンを押す。

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