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文化祭の写真の私

BUMP OF CHICKEN『記念撮影』を聴いて

BUMPの曲は、私の中にあるどんな想いに対しても、誠実に向き合う。それがどんなに歪なものでも決して差別しない。“そっか。そう思っていたんだね”と大切に認識してくれるような感じだ。
私は私の中にある想いを仕分けしてしまう。あまり思い出したくないものや気付きたくない想いは、心の奥の方へ、浮かび上がってこないように抑えつけておく。
だからBUMPの曲を前にすると、いろんな想い、とりわけ普段自分自身に抑えつけられて消えそうになっている想いが、息をする場所をみつけたように出てくるのだと思う。
それでいてBUMPの曲は、“ほら、こんな想いがお前の中にはあるんだぞ”と責めたりもしない。それを押し込めていた私にさえも、同じように誠実だ。“そっか。隠したかったのか”と隣で温かく呟いてくれるみたいに。

『記念撮影』を聴いた時、今まで夏に撮った思い出の写真達が次々に浮かんだ。小さい頃、海へ家族旅行した写真。中学生の夏の部活中の写真。
中でも一番強く思い出したのが、高校の文化祭で撮った写真だ。記念写真に笑って写れば、この日が楽しかったことになるんじゃないか。仲の良い友達と文化祭を楽しんでいた人に見えるんじゃないか。そう思って必死で笑っていた写真。
暗い顔で写って、“特に仲の良い友達もなく、文化祭を楽しめずに、なるべく人目につかない場所を渡り歩いていた自分”が残るのは耐えられなかった。

曲を聴きながらどんどん思い出した。
猛暑の中、クラスの出し物の準備をしていた、あの暑さの感じ。
何だか居場所がなくてそこから早く帰りたかったこと。そんな素振りを見せたら批難されそうで、口には出さなかったこと。
文化祭の二日間をどうしのげばいいのか、ずっと考えていたこと。それを考えると、心も体も血が引くように冷たくなったこと。
それでも当日は、普段の授業とは違うワクワクした空気が校内中に溢れていて、それはその時だけの特別なものだったこと。
その全てが混ざった、ひりひりした感じ。

思わずアルバムを引っぱり出して、その時の写真を見た。
当時は結構うまく笑えた、楽しそうにごまかせたと思っていた。数年後に時々見返していた時も、“いろんな想いがあったけど、そんなに悪い思い出でもないな”と思っていた。笑って写っている私が、一応は文化祭の楽し気な空気に溶け込めているように見えたのだ。少なくとも、浮いていないようには。
でも、『記念撮影』を聴いてから見てみると、何となく怯えながら笑っているように見えた。その時の気持ちを思い出したからかもしれない。笑っているけれど、心の中には違う気持ちを持っていそうな、見ていると少しいたたまれなくなるような表情だった。

歌詞に「言葉に直せない全てを 紙飛行機みたいに あの時二人で見つめた レンズの向こうの世界へ 投げたんだ」という部分がある。
この写真の自分が今の私に投げかけているとしたら、“それでも生きていたよ”だと思った。写真を撮る時にそう思っていたわけではない。写真に写った姿が、作った笑顔も怯えた空気も含めて、“こういう状態で、それでもこの日々を生きていたよ”という事実を伝えてくれているように感じたのだ。
今の私がこの写真の自分に投げかけるとしたら、“無理に笑わなくてもいいよ。それでも生きていたんだね”だと思った。
そしてしばらく曲を聴き続けているうちに、もっと伝えたい気持ちが出てきた。“私はあなたのことを恥ずかしいと思わない”ということだ。
“写真のあなたがうまく笑えていなくても、いたたまれない表情でも、私はあなたを恥ずかしいと思わない。
文化祭と人にビクビクして、見つけた方法は記念写真の中で楽しそうにすること。あなたは自分のしていることを滑稽に思ったり、惨めに感じているかもしれない。実際そうなのかもしれない。
でも私には、あなたは自分をつなぐことができそうな方法を実行しながら、必死に日々をつないで生きているように見えるよ”。

あの時の想いを思い出さない方が、今ももっと楽しくこの写真を見ていられたのかもしれない。
それでも、思い出した今の方が、あの日々をつないでいた文化祭の写真の私をぞんざいに扱っていないような、本当の意味で一人ぼっちにしていないような感じがするのだ。

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