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「僕」と「君」のように

小沢健二 『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』

〈「小沢くん、インタビューとかでは 何も本当のこと言ってないじゃない」〉

これは、ドラマや映画の台詞ではない。雑誌の対談記事の中の一行でもない。小沢健二の『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』の歌詞の一節である。

私は先週、この曲のCDを買った。

『アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)』は、岡崎京子原作の映画『リバーズ・エッジ』のために、小沢健二が主題歌として書き下ろした一曲だ。

小沢健二によると、この曲は「友情だけで出来た曲」であるのだという。「僕」は小沢健二自身、「君」は友人である岡崎京子を指している。不思議な歌だ。音楽番組で初めてこの曲を聴いた時は、そう思った。これだけ共感出来ることが良いことのように言われる世の中で、こんなに個人的な曲って他にあるだろうか。小沢健二、というアーティストとのリアルタイムでの出会いの曲でもあったことから、私はこの曲に興味を持った。

初めは超個人的な曲だと思っていた『アルペジオ』だったが、今の私はこの曲を聴くと、いつもある友達のことを思い浮かべている。あまり友達が多くない私の、かけがえのない友人のことだ。その話を少しだけ聞いてほしい。
 

その友人とは、高校時代の同級生のことだ。
彼女はクラスでもかなり目立つ方で、私は真逆の目立たないタイプだった。大勢でつるむのが苦手で、学校ではいつも1人で過ごしていた。周りの目をあまり気にしないで済む女子校だったし、それが楽だったのだ。いつも明るく振る舞って、行事があれば目一杯楽しもうとする彼女のことを、私は全く違う世界の人だと思っていた。彼女は分け隔てなくクラスメイトに話しかけていたから、時々は彼女と話をすることはあった。けれど、仲良くなることはまずないだろうと思っていた。

ある時、現代文の授業で、とある文学作品の読書感想文を書くように言われた。

唐突だけれど、私は文章を書くことが好きだ。
中学時代、不登校だった私は、家では音楽を聴き、たまに行く学校では本ばかり読んで過ごしていた。それは、どこにも居場所がなくても、文章の中、歌詞の中には私が居てもいいスペースがあるような気がしていたからだ。そこで好き勝手に想像を膨らませている時間は、いつも私だけのものだった。自分で文章を書き始めることは、その延長としてのとても自然な流れだった。高校生になり、普通に学校に通うようになってからは、文章を書くことが私を支えてくれていた。教室の中ではすぐに埋もれてしまう私の言葉は、文章にすれば一文字たりとも消えずに残すことが出来たのだ。密かに書き溜めた日記や短い詩が、私のアイデンティティーみたいなものだった。

私はその文学作品がとても好きだったから、思いつくままに感想を書き綴った。気が付いたら、書き始めた感想はノート1ページ分にもなっていた。明らかに書きすぎだ。でも、もう書いてしまったものは仕方がない。そのまま先生に提出した。すると、次の授業の時に、先生が選んだ何人分かの感想文が皆の前で読まれる事になった。その中には、私の感想文もあった。提出された1クラス分のノートの中で、文量も熱量もきっと悪目立ちしていたのだと思う。こんな長文、誰も書いていない。やっちゃった、と思った。でも、先生は一切省略することなく私の文章を読んでくれた。そして、とても褒めてくれた。

恥ずかしかったけれど、嬉しかった。私はその先生のことが好きだったし、「作文、得意なんだねー」と話しかけてくれるクラスメイトもいたりして、私の言葉が初めて誰かにちゃんと届いたような気がした。

そんな中で、

「すごいね!感動した!」

やたらそう言ってくれる子がいた。それが彼女だった。

「本当にすごいよ!」

ありがとう、と私は答えた。素直に嬉しかった。でも、彼女は誰にでも明るく話しかけられるからそう言ってくれるんだろうな、とも思っていた。

そして、彼女はこう言った。

「私、◯◯ちゃんが書いた本があったら読んでみたい!」
(この◯◯ちゃんは私のことで、私は彼女に苗字にちゃん付けで呼ばれている)

もしかしたら、軽い冗談だったのかもしれない。それでも、そんなことを言ってくれる人に、初めて出会った。書くことがアイデンティティーだった私にとっては、その光を掴むことが出来ればそれで一生生きていけるくらいの光に思えたのだ。少なくとも、つまらないと決めつけていた高校生活を生き抜いていくのには十分すぎる光だった。

「本当に?」

彼女に聞き返すと、

「本当に!」

と言ってくれた。私はたぶん、この時のことをずっと忘れない。オウム返しのその言葉を、その光を信じてみようと思った。
 

その現代文の授業以来、私と彼女は今までより話をするようになった。彼女も明るいようでいて暗いところがあったりして、話していて分かり合える部分が意外なほど多かった。彼女も、おとなしくて優等生に見られがちな私のことを「全然そんなんじゃない」と言った。クラスでの立ち位置は全く違ったし、いつも一緒に過ごすような仲ではなかった。それでも私と彼女は「友達」だった。

彼女は私の文章が好きだと度々言ってくれた。

「もし◯◯ちゃんが本を出したら、絶対買うからね!」

何度目かにそう言ってくれた時、私は書いて何かを残せる人になりたいと決めたのだった。
 

あれから随分時間が経った今でも、私と彼女は友達だ。彼女は今でも、私が書く文章を色々読んでくれている。私が書いた本をいつか読みたいと、まだ真剣に思っていてくれているらしい。
 

私は今二十歳だ。就職活動を目前に控え、将来について考えこむばかりの日々を送っている。その「将来」が近づいた分、彼女の言葉が昔より遠くに感じられるようになってしまった。

「私、◯◯ちゃんが書いた本があったら読んでみたい!」

彼女が言ってくれた言葉を叶えたいと、ずっと思ってきた。けれど、今は何をして良いのか分からなくなっている自分がいる。世の中にたくさんある会社の情報を調べてみても、そこにいる自分の姿は想像が出来ない。分からない。確かな将来が見えなくて、私はもう既に色んなレールに取り残されてしまっているのではないかとすら思う。
現在私は地元の大学、彼女は東京の大学に通っている。先日、彼女とLINEのやりとりをした。当然のように、話題は将来の話になった。私の文章は、彼女が思ってくれているほど凄くはない。でも、書くことが好きなのは変わらない。就職って何だろうか?やりたいことだけやれないのなんか分かってる。その上で、私は何を選んで生きていけば良いのだろうか?溢れかえりそうな気持ちを堪えながら、やりとりをしていた。

そのやりとりの中で、彼女はこう送ってきてくれた。

「私は◯◯ちゃんの文をおばあちゃんになるまで読みたい」
 

〈きっと魔法のトンネルの先 君と僕の言葉を愛す人がいる〉

私が書く言葉なんかよりも、彼女の変わらない言葉の方がずっとずっと凄いと思う。
あの現代文の授業以来、私は何を書いていても彼女のために書いているようなところがある。もちろん自分が書きたいから書いているのだし、多くの人に届いた実感がある時には泣きたくなるほど嬉しいけれど、彼女に届くことが私にとって1番嬉しいのことのような気もする。私は書くことは好きだけれど、書き上がった自分の文章は好きではない。下手だなぁ、と思っていつも落ち込んでしまう。それでも、彼女が好きだと言ってくれるから書いていられるのだ。

魔法のトンネルの先を、私は期待しても良いのだろうか?頑張って頑張って頑張れば、ちょっとくらい夢見ても良いのだろうか?
 

〈時々は 君だって弱いから 助け合うよ 森を進む子どもたちのように〉

画面の向こう、東京にいる彼女は知らないだろうけど、私は泣きそうになった。
 

『アルペジオ』は小沢健二と岡崎京子の「僕」と「君」の歌だ。
だから、共感は出来ないし、入り込むような隙も無いと思っていた。今でもそう思っている。けれど、私は彼女と友達でいる限り、この歌を聴き続けると思う。そして、彼女と友達でいる限り、どんな形であれ文章を書き続けると思う。そして、それはたぶん一生だと思う。だから、このCDを買ったのだ。「私」と「彼女」の歌でもあるから、一生この曲を聴き続けるだろうから、このCDを持ってレジに向かったのだ。なぜだろう。悩んでばかりの毎日だけれど、それくらいにこの「今」を忘れたくないと思っている自分がいる。
 
 

先日、初めて映画『リバーズ・エッジ』を観た。映画の主題歌としての『アルペジオ』を初めて聴いた。若者のヒリヒリとした焦燥や生死が描かれた物語。そのラストとエンドロールにこの曲は流れる。一瞬、映画の内容にはそぐわない明るすぎるメロディーのように聴こえてしまった。けれど、キラキラとした眩しいものではなく、目に見えない静かな繋がりとして描かれる友情は、この物語、そして「僕」と「君」にぴったりだった。小沢健二以外の誰も、こんな贈り物のような主題歌を書き下ろすことは出来なかったと思う。

〈本当の心は 本当の心へと 届く〉

それは彼が「僕」であるからに違いない。

だからこそ、この曲を贈られたリスナーである私も、「僕」と「君」のようなこの友情を信じてもう少し進んでみようかと思っているのだと思う。
 
 
 
 
 
 

ちなみに、この曲には

〈下北沢珉亭 ご飯が炊かれ 麺が茹でられる永遠〉

という歌詞がある。珉亭とは、下北沢に実在する中華料理店で、元THE BLUE HEARTS、ザ・ハイロウズ、現ザ・クロマニヨンズのヒロトがアルバイトをしていたことがあるお店らしい。私と彼女が仲良くなったきっかけは実はもう1つあって、それは共にブルーハーツが好きだったことである(彼女はお母さんの影響で好きになったらしい)。私と彼女も、音楽で繋がっている。
 
 

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