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サラリーマンのドラマ

忌野清志郎が聴こえる

 愛するものと離れてしまうということ。仏教では愛別離苦と言うそうだ。
 人間の苦行のうちの一つであり、決して逃れることができないものである。

 この夏、生まれて初めて転職をした。約10年に渡って働いた会社を辞めたのだ。
 僕にとって会社が愛するものだったかどうかはよくわからないが、長年にわたって同じ時間を過ごしてきた沢山の人たちとの別れは寂しいものだった。

 染み付いた習慣というのはなかなか抜けないものであり、また愛着や思い出というのも無くなるものではない。僕は未だに前の職場の人たちのことを思い出している。

 退職の直前、ありがたいことにみんなは送別会を開催してくれた。たった10年しか働いていないのに、なんだか申し訳なく思いもしたが、みんなと気持ちよくお別れをしたいと思っていたので、とても嬉しかった。

 和気あいあいと進む送別会。みんなとテーブルを囲み、いつも通りの話をする。
 ただそれだけのことなのに、それはそれはとても愛しくて寂しくて、僕はこの時間がずっと続けばいいな、なんて安っぽい恋愛ソングの歌詞のようなことを考えていた。でもそれが本音だった。

「サラリーマンのドラマ 君に見せてあげたい
 映画のように すぐには終らない 遠く 遠く 続く このドラマ」

 忌野清志郎が歌う「サラリーマン」という曲がある。
 文字通り日本のサラリーマンのことを歌った曲なのだが、清志郎のあの声で歌われると、なんとも切なくて、なんとも寂しくて、それでいて前向きな不思議な感覚のする曲だ。

 楽しい宴の中で、僕はこの曲を思い出していた。
 このドラマの続きはどうなるのだろう。そんなことを考えていた。
 みんな笑顔だ。楽しい。でも少しだけ寂しい。

「サラリーマン 心の傷三つ四つ あてもなくさまようだけ」

 清志郎がこの世を去って、来年で10年になる。
 そういえば、僕が入社して一か月後、忌野清志郎は死んだ。いつか清志郎のライブを見よう、そんなことを思っている矢先の出来事だった。
 清志郎がいなくなってから10年、僕はみんなのこの笑顔に囲まれながら働いてきたのだ。
 

 帰り道、一人で家へと歩く僕はようやく理解した。
 明日からみんなと顔を合わせていた毎日が当たり前でなくなることを。

「ちっぽけな 目立たない夢が
ずっと ずっと 続く このドラマが始まる」

 新しい会社に来てまだ数日であるが、右も左もわからず、できることも少ない。まして周囲は自分のことを何も知らない。逆に僕も周りの人のことを何も知らない。
しばらく慣れるまで時間はかかるだろう。

 この転職が正しかったのかどうかなんて、僕にはわからない。
 しかし僕のサラリーマンとしてのドラマはこれからも続くのである。
 「サラリーマン」を聴きながら、僕はそんなことを思った。

 清志郎は来月、ベストヒットアルバムが発表されるらしい。僕の新たなドラマのスタートの記録として、大切にしたいと思う。

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