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僕らは皆不幸であるという幸福

-CIVILIANというバンドについて-

彼らの音楽をまだ知らない人達にも届いてほしいと思いこの文章を書き始めました。
どうかお付き合いいただけたら幸いです。

タイトル通り『CIVILIAN(シビリアン)』というバンドについて、そしてそのバンドが去年リリースした『eve』というアルバムについて話していこうと思います。
 

……しかしその前に絶対語っておかなくてはいけないことがあります。それはLyu:Lyuというバンドの存在について。
そもそもこのCIVILIANというバンドはLyu:Lyuというバンドから『改名』したものです。
文学少年の憂鬱、ハロ/ハワユ、サクラノ前夜など多くの名ボーカロイド曲を生み出してきたボカロP『ナノウ』の本名名義『コヤマヒデカズ』をフロントマンとして、ベースの純市、ドラムの有田清幸の三人でLyu:Lyuという名前で活動をしてきました。

しかしそのバンドではフルアルバムを一枚しか出すことができませんでした。そう、出すことができなかったのです。世間や周りの人間からの評価が低迷し、本人たちの意思とは反して2枚目以降のアルバムを出すことが出来ず足踏みを踏む毎日。想像で補うことしかできませんが、その日々は三人にとって穏やかなものではなかったのでしょう。誰が悪かったとかそんなものを考えてももう意味がありません。もしかしたら彼らの楽曲が至らなかったのかもしれない、もしかしたら事務所の人間の聞く耳がなかったのかもしれない、もしかしたら僕たちリスナーの支えが足りなかったのかもしれない、でも何が正解なのかなんてそんなこと結局誰にもわからない。
曲を作っても作ってもそれが僕らリスナーに届かずに闇に消えていく、それが苦しくないわけがないし、ずっと昔から応援してきた僕は彼らがそんな状況に置かれていたという事実を知った時、本当にやるせない無くて怒りとか切なさとかそれ以外にも言いようのない感情に囚われるしかなかったことを覚えています。

彼らのそんな地獄のような状況に一筋の光が降り注ぎ、事務所を変え、タイアップなど周りの理解も獲得し、彼らは『CIVILIAN』として新しい一歩を踏み出すことになりました。

テレビやラジオで毎日のように流れてくる音楽は、結局は『評価されることができた音楽』であり、この世界にはその何倍も、いや、何千倍もの『評価されなかった音楽』が溢れています。
現代『良いもの』であれば”必ず”評価されるわけではありません。音楽も、漫画も、小説も、アニメも、どれだけ自分にとって心を打つ素敵なものであっても誰かにとってはそれは価値のないものかもしれないし、そもそもそのほとんどが『名前』すら認知されず消えていきます。

そんな『世界にとっての価値』になれなかったLyu:Lyuというバンド、僕は埋もれていいはずのものではないとずっと信じてきましたし、そしてこれからもこのCIVILIANというバンドがより多くの人の心を打つことを信じてこの文章を書いています。

好きじゃなかったらもう聴かなくていいです。
でもどうか一度『好きかどうか』を判断してほしいです。それが一番の望みです。

さて、彼らを知らない人はじゃあそもそもそいつらはどんな音楽をやってるバンドなんじゃい、と思う人もいると思うのでまずはその辺りを紹介していきます。

《 平凡な毎日ですら 今の僕にはとても困難です / 椅子から立ち上がる気力さえ無い 某然と宙を彷徨って / 「作り笑いが嫌だ」 なんて とんだ贅沢言ったもんだなぁ / 作り笑いすら出来やしないよ さあ今日は誰を憎んで過ごそうか 》 
アノニマス / Lyu:Lyu

Lyu:Lyu時代を代表する一曲のひとつの歌詞です。イントロが終わって、最初の一発目のAメロでいきなりこれが歌われます。こんなバンド、なかなかいません。
一言で言うと彼らの音楽を一言で言い表すならば『社会不適合』がキーワードだと僕は思っています。
基本的にネガティブな歌詞であり、暗い曲調であり、ギターも歪んで、昼間の情報番組で流したら苦情がくるんじゃないかぐらい、日に当たるようなバンドではありません。
確かに誰からも褒められるような夢や希望で溢れた音楽は人々の心を豊かにし、そして背中を押してくれます。このバンドにはそのような働きは期待できません。

では、果たして彼らの音楽は『ダメな音楽』なのでしょうか。

もちろん人の数ほど答えはあるとは承知の上で、僕は『否』だと思います。
そもそも、人間はみんながみんな『社会に適合』できているのでしょうか。自分という存在を100%社会的に正しく適合できていると断言できる人って、もしかしたら一人もいないじゃないでしょうか。
毎日自然に笑顔になって、楽しいことだらけで、やりがいのあることで溢れていて、意味のある行動だけを続けて、そんな人間がいるんでしょうか。
対人関係でも仕事でも家族でもなんでもいいです、どこかで『折り合い』をつけて自分が生きていると思ったことはないでしょうか。
僕は世界が僕たちに対して優しいと感じたことは一度だってありません。常に試練が目の前に立ちふさがって、大切な人がいつだって自分を大切にしてくれるわけではなくて、誰から悪意を向けられることは一度や二度ではなくて、明日には何の前触れもなく災害で命を落としてしまう可能性すらあって……多分、僕らはそういう優しくない世界の中で自分の好きなものや大切なものを頑張って見つけてそれを目印に歩いているのだと思います。
だからこそ僕たち人間は『元気が出る明るい曲』を求めて、読んでいて『楽しくなれるような物語』を探して、一緒にいると『楽しい友達』に会いたくなって、それらのおかげで笑えているのではないでしょうか。
もちろん世界は素敵なものに溢れているとは僕も思います。しかし素敵なものを素敵であると感じるれるのは苦しみを理解しているからです。特別美味しいものしか食べたことない人は何が美味しいのか理解できないし、仲のいい友達を好きになれるのはどうしても好きになれなかった悪意と出会ったことがあるからこそ大切にしたいと願うのではないでしょうか。

明るく前向きな曲を聴くと励ましてもらえてるような、背中を押してもらえるようなそんな気分になると思います。
でもそれだけじゃ足りない夜が、一度や二度、人によっては数えきれないほど、あったりしたんじゃないでしょうか。僕にはありました。
周りには暗闇しか見えなくて、励まされても自分に価値を見出せなくて、背中を押されでもしたそのまま底の見えない奈落へ落ちてしまいそうな、そんな夜が。

そんな時に、寄り添ってくれたのが、僕にとっては彼らの言葉でした。
背中を押すでもなく、励ますでもなく、ただ静かにそこで苦しみを『代弁』してくれる。

CIVILIANは、そんな音楽を奏でているバンドです。

さて、このままいくと無限に長くなりそうなので、そろそろeveというアルバムの紹介をしていきます。
ちなみにApple MusicではCIVILIANの楽曲を全て聴くことができるので登録している方はどうぞ。
 

[1] eve 
CDを再生してまず聞こえてくる歌詞を武器にしてきた彼らの『インスト曲』
言葉もなくただ静謐に過ぎていく時間を表すようなアルバム名と同じeveというタイトルをつけられたこの曲は、誰にでも平等に明日が来ることは希望ではあるのかもしれないけど、でもそれでもくすぶったまま明日のその『前の日』を永遠に彷徨い続けているような、そんな情景が浮かぶ曲。左チャンネルに乗っているノイズに混じったコヤマさんが喋っている『言葉』の内容は内緒で、リスナーへの言葉ではなく自分への言葉なので聞き取れなくても大丈夫だそう。曲は少しづづ静かに深みを増して、2曲目の一般生命論へとそのまま繋がる。

[2] 一般生命論
《 誰かの言葉だけじゃ 満たされない僕等は / 命の使い道を 決められずに彷徨った / さあ今 眼を見開け 答えを出せ / 借り物じゃない呼吸で 》
静かに展開していたeveとは打って変わっていきなり歌ギターベースドラム全てがアクセルベタ踏みで始まる激しい曲。
アノニマスのような彼らの得意な激しい演奏の上でまるでマシンガンのように言葉を並べて放つ曲。しかしそれは今までの繰り返しでは決してなく『歌だけではない』という意思を強く感じるCIVILIANの新しいアンサンブルを見せつけて来る。演奏が言葉を伝えるための道具としてではなく音楽があるからこそ高い純度で心に言葉が届くような、そんな曲に仕上がっている。

[3] 残り物の羊
《 病的に清潔な牧場の檻の一番奥で / 羊は震えていた 顔中に脂汗浮かべて / 「ああ次は俺の番だ きっともうすぐに声が掛かって / 先に行ったあいつらと 同じ所へ行くのさ」 》
《 しかし彼の予想に反して / 呼ばれてくのは何故か別の奴ばかり / 待てよ もしや まさかとは思うが / 俺は最初から 必要とされていないのか 》
続けてまたしても休ませる気のないハイテンポな楽曲、牧場で飼育されている羊を主人公とした物語的な楽曲。自分が必要なのか、そもそも自分が何を願っているのかも定かではなく運命に翻弄される羊の焦燥は、人間界でも他人事ではないと感じさせる。

[4] どうでもいい歌
《 愛されたくて仕方なくて もう恥なんかかきたくなくて / とりあえずドラム4つ打ちにして ノリで受けそうな感じにしました / 聴いた奴等の顔が浮かぶよ 「なんか明るくていいね」ってさ / はいはいどうせその程度 僕の音楽なんかそんなもの 》
音数が多いいかにも最近の邦ロック好きに受けそうなギターのディレイフレーズのイントロからドラムの4つ打ちとともに言葉が紡がれる曲。アルバムで初めて聴いた時の衝撃が一番強かったのはこれで、これでもかと”真実”で埋め尽くされている曲になっている。むしろ怖ささえ感じる。アルバムのリリースツアーではMCで「どうでもいい歌っていう曲をやります。でもこの曲で歌われていることは僕らにとっては ” 全然どうでもよくありません ” 」と叫び演奏された。純度100%の彼らの苦しみが反映されているからこそ、曲特有の説得力により心が強打されるような衝撃と力があるのかもしれない。

[5] 愛 / 憎
《 馬鹿馬鹿しくてさ 涙が止まらない / どうせ皆阿呆だ さあ輪になって踊れ 》
ドラマのタイアップにも使われたシングル曲。タイアップでも彼らのスタンスは変わらず自分たちの曲を奏でる姿勢が素晴らしい。辛気臭さはそこには存在せずにネガティブな感情だけでないそれに付随する狂気も織り込んだ彼らにしか演奏できない踊れないダンスナンバーのような曲。

[6] ハロ/ハワユ
《 幸せだろうと 不幸せだろうと / 平等に 残酷に 朝日は昇る / 生きていくだけで精一杯の私に / これ以上何を望むというの 》
知ってる人も多いのではないだろうか、ボカロPナノウとしての代表作のセルフカバー。CIVILIANのためにバンドアレンジし、初音ミクではなくコヤマ本人が歌うからこその良さをうまく出している。彼らの曲を聴いたことがない人はとりあえず、聞き覚えのあるこの曲から聴いてみるのはどうだろうか。

[7] 赫色 -akairo-
《 幸せは仇となり 信じた奴から終わってく / この世界は彼等の 死体の上に築かれる / 傷つくのは優しさの 証だと嘯いて / 勲章だなんて宣う 本気で言ってんかよそれ 》
アニメのOPのタイアップ曲。この頃になるとサウンド的にも彼等の新しい挑戦が見られ始める。三人の音ではない別の楽器を組み合わせ、しかし決して邪魔にならずさらに音楽としての解像度を増させていく。Lyu:Lyuの頃には見られなかったアレンジだ。

[8] 言わなきゃいけない事
《 破裂しそうな感情も 言葉にしたら 嘘みたいで / 君はきっと 悔しいだろうな こんなもんじゃないのにってさ / たぶん 僕等 同じだろう 頭の足りない出来損ないさ / 人と人が 理解不能だと いつになっても分からないまま 》
引用した歌詞はAメロだがサビのキャッチーなメロディで紡がれる《 もしも心が透明ならば 誰も泣かずに済んだのに / 見えないから皆怖がって 知らないから知りたがる 》の歌詞も素晴らしい。他人の心が見えないからこそ僕らは言葉が足りないし伝わらないし分かり合えない。そんなどうしようもない現実を歌うことによって、僕等は『苦しみ』を共有できる。なんの解決にもならないまま、でもその瞬間だけは僕らは孤独ではなくなるのだ。

[9] 生者ノ行進(Album Ver.)
《 さあ 腕を振って / 傷だらけの体で それでも 歌えよ / 何もなくても 構わないから / 僕等は 行くのさ 明日を夢見て 》
アルバムバージョンではライブ会場でのオーディエンスのコール&レスポンスが収録されている音源に差し替えられている。
コヤマ曰く、こういう風にコール&レスポンスをするバンドは苦手だったらしい。でも音楽で対話をして生きたいという想いとともに自らの意思で挑戦をした結果であり、オーディエンスの声を含めて初めてこの曲を完成できたという『奇跡』を僕はとても美しいと思う。僕らの苦しみを代弁をしてくれているCIVILIANの音源に僕等の声が合わさったのは、もしかしたら必然なのかも、しれない

[10] あなたのこと
《 あなたの事 そして僕の事 大嫌いな 夏の出来事 / 思い出すよ それでも生きて 僕らは出会えたんだから / 水の無い浴槽の中 踞って 泣いた僕らの / 悲しみは 美しさは 何一つ 無駄じゃなかったんだ きっと 》
おそらくこのアルバムで一番コヤマの『個人的な曲』だと思う。そして僕が個人的に一番好きな曲でもある。アルバムの中で一番歌詞の文字数が多く詰め込まれているのでとにかく情報量が多い、目まぐるしく情景が浮かんでそしてその全てをコヤマの個人的な記憶であり僕らは共有することができない。明らかに他の楽曲とは毛色が違う。個人的な解釈ではあるがこの曲はLyu:Lyu時代の『Y』という曲と同じ人物について歌っているような気がする。『あなた』との記憶は、決して良いものとは言えず、大嫌いな出来事であり、思い出したくもないことで…………でも、何一つ、無駄じゃなかった。
もちろん正解は本人にしか分からないので断言はできないが、近い温度を感じる。

[11] I’M HOME
《 見えないから 聴けないから / 分からなくて 逃げ出したよ / さあ帰ろう もう帰ろう / これ以上は 行けないよ / 足音が少しづつ 遠くなっていく 》
優しくて、そして苦しい、CIVILIANの真髄をこれでもかと表した曲だと思う。もちろん激しい曲も好きなのだがCIVILIANに改名してからのバラードはどれもこれも甲乙つけがたいほど素晴らしい。とめどなく溢れて行く感情を全てすくい上げるような、そんな歌と演奏が光る曲。

[12] 顔
《 こんな顔が あるから今日も / 何処かで誰かがまた泣いてる / もしも皆 同じ顔で / 生まれてきたなら 誰も悲しまずに済むだろうか / 痛みと傷を見せないままで 誰もが笑っている 》
CIVILIANになってから現在までで唯一タイアップでは無いシングル。タイトルからわかる通り、この曲は「顔」についての歌だ。自分の顔のコンプレックスについて歌うバンドマンがはたして今までいただろうか。
コンプレックスというものはみなそれぞれ抱えていて、それはおそらくほとんど完全に解決などせずに長い時間が過ぎてしまうものであると思う。
この曲は決して個性などという言葉で励ましてコンプレックスを取り払う歌ではない。
そんなことは簡単にはできないとCIVILIANは分かっているのだ。
だから、この曲の歌詞にはコンプレックスを解消させるような言葉は含まれてない。
コンプレックスを抱えたままで、常に誰かと比べられて、自分でも周りとの違いを気にして、でもそれと同じようにただただ平等に、みんな同じようにそれでも日々を生きていって、それでも歩くしかないと、残酷だけど優しい「真実」のみを歌いそこには一切の「嘘」がない。だからこそ、それは安らぎになり、心に響く。

[13. 明日もし晴れたら]
《 自分さえも分からない僕等はこれから さあ何をしようか / 絶望でも悲しみでも終わらせられない 命が待っているよ / もうどこへだって逃げられない 》
最後の曲。アレンジこそ練られてはいるが非常に素直なバラード。コヤマヒデカズの本領を発揮するのはこういう曲だと思う。メロディといい歌声といい全てがそこにあるのが一番いいと断言できる曲を毎回作ってくれる。どんな絶望や悲しみを抱えていても結局僕らは生きて今ここにいて、そして何処へも逃げられない。最後の最後で現実を突きつける曲、でもそれは僕らに対しての『攻撃』では無い。なぜならそれは全員同じだからだ。誰もが平等に同じ速度でどれだけ辛くても明日へ向かっていくしかないし、生物である限りその途中で必ずどこかで野垂れ死ぬ。でもそれまでは紛れもなく自分の命で、何処へだっていける。何処へも行かなくてもいい。
だからこそ、明日もし晴れたら、僕らは何をするのだろうか。それは明日晴れたら考えればいいのだ。
アルバムの最後に明日の歌を入れるというドラマも、とても気持ちいいがいい。

[14] メシア(2017.9.5 at Aobadai Studio)
このアルバムから僕らを知ってくれる人に聴いてほしいと収録されたボーナストラック。
この曲に関しては僕がどうこう言うよりも実際聴いてもらってそれぞれが感想を抱いてもらうのがいいだろう。きっと僕がどんな言葉をどんなふうに並べても、この曲を冷静に説明することなんてできやしない。YouTubeでLyu:Lyu時代のMVが見れるので是非見てほしい。 
 

さて、これでアルバムの曲の紹介は終わりだが最後に少しだけ。
背中を押すでもなく、励ますでもなく、ただ静かにそして激しくステージに立ち苦しみを『代弁』してくれるCIVILIAN。
それはもしかしたら、諸手を挙げて褒められるような音楽ではないのかもしれない。
わかってはいるのだ。自分の世界をよくすると言う行為は、そもそも自分が頑張らなければ達成することができないことぐらい。生きづらい世界を作っているのはもしかしたら自分自身かもしれない。誰かのせいにすることなんてできなくて、明日に希望を持てない僕らはただの人間としての失敗作なのかもしれない。
でもCIVILIANは一つだけ、僕らにある『幸福』を届けてくれるバンドだと、僕は思う。
確かに苦しみは分かち合えないし自分だけのもので誰も代わってはくれない。
 

でも、代わる間も無くぼくらはみんな不幸なのだ。
 

それは、もしかしたら幸福ですらあるのかもしれない。
 

そんな、僕らは皆不幸であるという幸福をCIVILIANは僕らに届けてくれる。
願わくば、彼らの音楽がまだ見ぬあなたの人生を照らす光の一部になったら幸いです。

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