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RADWIMPSが問うた“自分らしさ”に本気でぶつかりました。

18祭は生き続ける

7ヶ月。

これは私が今の名字を名乗っている期間。
両親の離婚がきっかけで、こういう事態が起きている。

19年3ヶ月の間 名乗っていた名字は、
数枚の書類のやり取りでサクサクと更新された。
あまりに呆気ない。
なんだか、今までを無かったことにされたような気さえした。

(自分って何なの?)

父親は10年前に単身赴任し、それ以来別々の場所で生活していた。

数年前から、父が帰省する度に離婚話をしていた事を
私は知っていた。

親権、養育費諸々で揉めていたことも
もちろん知っている。

ということは、私がいなければ、2人はもっと早く自由になれたんじゃないか。

(私は要らないヤツ)

そんなふうに思った。
 

振り返ると、父が私の誕生日を祝ってくれたことはほとんどない。
楽しい思い出も、会話をした記憶さえも曖昧。

母から聞く話はもっとキョウレツだ。

私が胎児だった頃、そのエコー写真を見て「気持ち悪い」と言った話。

私が生まれた時、仕事中だった父。電話での第一声が「え?あんた(母)もう喋れるん?」

そして、養育費や生活費を出し渋られたという。
 

父にとって私は何だったのか。
生まれて来ない方が良かったのでは?

離婚が成立するまでの間、そんな考えが全身を埋め尽くしていた。
 
 

ある日。

何気なくスマホを開くと、
RADWIMPS公式Twitterからの通知が。
 

それは”RADWIMPS18祭 開催”のお知らせだった。

18祭とは、アーティストと、動画選考によって選ばれた1000人の18歳世代(17~19歳)が一度限りの共演をするNHKの特別番組。

詳細を確認すると、自分にも応募資格がある事を知った。
 

大好きなRADWIMPSと共演のチャンス。
一生のうち、一度だってあり得ないような話だ。

全てをマイナス方向に思考していたのに、
なぜかこの時だけは
(挑戦しない手はない!)とただ前だけを見ていた。

応募動画は、パフォーマンスとメッセージを一本にまとめたものを、という指示。

私はさっそく、RADが好きで歌の上手な
高校時代からの友人に声をかけ、
演奏動画の練習、撮影に取り掛かった。

しかし、つまずいたのはメッセージ動画。

18祭公式HPには
「選考基準は“熱さ”と“自分らしさ”です」
と書いてある。

(自分って何なの?)

この問題に丁度ぶち当たっていた私。
それが選考基準になっている。自分自身が分かっていないのに、人に伝えなきゃいけない。
しかも、大好きなRADWIMPSに。

ああでもない、こうでもない、と友人と思いや考えを話し合ううちに、2人の共通点でもあり、自分自身最大の構成要素に気がついた。

それは
「この場所で生まれ育ち、音楽が大好きである事」

その旨を方言を織り交ぜて喋り、メッセージ動画も無事撮影終了。

まだ見慣れない名字と名前を入力し、応募を完了させた。
 

約1ヶ月半後。

なんと「一次選考通過」というお知らせが届いた。
全身の震えが止まらなかった。

同時に思い出されたのは
「選考基準は“熱さ”と“自分らしさ”です」

そう、RADWIMPSが私たちの動画を見て
“熱さ”も“自分らしさ”も認めてくれたのだ。

嬉しい、という言葉では表現しきれないほど
胸がいっぱいだった。
 
 
 

そして、
待ちに待った本番当日。

その空間にいる全員が“共演者”という、
分かってはいるけれど特異な状況。

高揚感と、緊張感と、他にも言葉にできない気持ちをいっぱいに抱えたまま、本番はスタートした。

1曲目の『万歳千唱』
洋次郎さんの声に1000人の声が重なった瞬間、
感じたことのないエネルギーに思わずゾクゾクした。

《君の中のカナシミを喜ばせて 君の中のクルシミを勝ち誇らせて》

洋次郎さんも、周りのみんなも、もちろん私も、
めちゃくちゃ笑顔で歌っているのだけど
私はココで少し心がチクっとした。

(自分は要らないヤツ)
そう思っていたあの頃。
まさに《カナシミ》や《クルシミ》の殻にこもっていたあの頃の自分の姿を思い出したから。

その後に続く歌詞は、
《なぁどうすんだよ おいどうすんだよ》
と問いかけてくる。

そこには、自分自身に目を向けさせてくれるような力強さを感じた。
 

舞台転換でピアノとチェロを加え、
18祭史上初の2曲目へ。

タイトルは『正解』

《自分をはじめて好きになれたの 分かるはずない 君に分かるはずもないでしょう》

私は、家の中で“自分”を見失った。

だけど、気がつけば18祭の為に起こした行動が
“自分”を、“自分らしさ”を、知る機会になっていた 。

(自分って何なの?)の答えを探すキッカケをくれたRADWIMPSを、この歌詞の《君》に重ねてしまって
涙がこみ上げてきた。

ありがとう。本当にありがとう。。。

《「よーい、はじめ」》

その残響をいつまでも聴いていたかった—

ついに本番はおわりを迎えた。
 
 
 
 

10月8日。
 

75分間に及ぶ放送だった。

他の参加者の思いやRADWIMPSの願いを知って、
心が熱くなる。

パフォーマンスシーンを見ると
本番の日の気持ちが思い出され、
また心が熱くなる。
 

エンドロールに流れた自分の名前は誇らしかった。

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