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新しい風

tetoという爆風

 
初めてtetoというバンドを見た時、客を置き去りにするほどの爆速を感じた。正確にはバンドの熱量に客が追いつけていないライブだった。かくいう私も爆風を全身に受け、まるで棒立ちだった。ヴォーカルの小池の歌う言葉はほとんど聞き取れず。その一方でこちら側に伝えたいことが溢れていることが伝わってくる。目の前で繰り広げられる光景に頭が追いつかない。走馬灯が現実として巻き起こっている、とでもいうのが正しいか。言葉にするのがバカバカしく、そして言葉では言い表せないほどのものだった。

この爆速っぷりは、バンド結成から現在までの流れを見ても分かる。2016年1月に結成され、2018年7月には渋谷のWWW Xでワンマン公演を行なっている。そして、今年12月には恵比寿リキッドルームでワンマンを行う。非常に順当にキャパを増やしている。しかし、バンドメンバーのインタビューやライブのMCからは、ライブハウスの規模などは割とどうでもよく、やりたいことをやっているだけだということがよく分かる。

CDのリリースの面では、2016年10月に自主制作したEP「Pain Pain Pain」は廃盤となった。Helsinki Lambda Clubとスプリットシングルである「split」をリリース。その後ミニアルバム「dystopia」、シングル「忘れた」を出した。そして9月26日にファーストフルアルバム「手」をリリース。これは2018年の最重要アルバムとなることはもちろん、将来の高校生たちがリアルタイムで聴きたかったと涙で枕を濡らし、嫉妬するようなアルバムである。

廃盤のEP 「Pain Pain Pain」から4曲が再録されている。以前のライブで小池が、「廃盤が高値で売られているので、それは買わないでください。いつか再録して出します」と言っていた。なんとも有言実行である。

再録となった「高層ビルと人工衛星」、「トリーバーチの靴」、「散々愛燦燦」、「Pain Pain Pain」は自主音源と比べ、さらにメロディアスかつ歌詞が前に出ている。ライブで捏ねに捏ねられ、音源として美味しく焼きあがっている。同じ曲でもライブや昔の音源と再録とでこんなに聴き味が異なるのかと耳を疑った。

このアルバムの先頭をきって走り去るのは、「hadaka no osama」だ。このアルバムがいかなるものになるか何となく察することになる。途中一気にロマンチックな空気を纏い、ワルツでも踊り出しそうな雰囲気もある。

4曲目から6曲目までの「奴隷の唄」、「市の商人たち」、「洗脳教育」を合わせて「ヘイト三人衆」とラジオで呼んでいた。三人共強く叩きつけるようなリズムに合わせ、言葉がボールのように耳に飛び込む。
「市の商人たち」の「あーあー、あーあー」の裏で聴こえる叫び声は、聴いているこちらも混ぜてくれ、共にヘイトを叫ばせてくれ、と直訴したくなるほどの鬱憤を晴らす声だ。
「洗脳教育」では
「ほら、どうせまた朝日が昇る
飼われ買われ変われない朝が来る
ほら、どうせまた夕日が落ちる」
という歌詞がどうも身に刻まれる。ベルトコンベアーで運ばれ、意志なく仕分けられていく人間の姿を、想像しては消してしまう。
「ヘイト三人衆」で尖りを見せた後、「種まく人」の優しいアコースティックギターの音に触れると異様に穏やかな気持ちになる。小池の優しい歌声、カホンの篭った感じの音、タンバリンの懐かしい音、全体的に丸みを帯びた音に包み込まれる。このアルバムの真ん中にふさわしい楽曲だ。

10曲目のPain Pain Painは歌詞カードのページに文字がみっちりと詰まっている。音楽に乗った歌詞をそのまま貼り付けたかのようで、そこも見所だ。そして、tetoはイラストレーターのカドワキリキさんが手がけるアートワークも魅力の1つだ。今回のジャケットはキスをする男女が右手で丸を作り出した形になっている。何回見ても見飽きないものになっている。

「拝啓」のあとにフェードインで始まる「溶けた銃口」は、このアルバムの終焉をどことなく知らせているように感じる。メンバーが顔に毛を生やしていたMVが印象的だったこの曲は、聴くたびに異なる顔を見せる。聞き逃した必要なこと、変わっていくもの、自分の中に残っている変わらないもの。各々の溶けた銃口とは何なのか考えさせられる。しかし、それに気がついた頃にはもう遅いかもしれない。それでも思い出せた、確かにそこにあったという事実が尊いものなのかもしれない。

13曲目の「夢見心地で」は、ギターポップとシューゲイズ要素を入れたくて、と小池は話していた。この曲を聴いて、小さい頃気に入っていたガラスのコップを落として割ってしまった時のことを思い出した。壊れて悲しいはずなのに、割れたガラスは美しく煌めいていた。色褪せない美しさのようなものを感じざるを得ない曲だ。後半になるにつれて輝きは増し、
「眩しい朝焼け あなたと見たいだけ
知らない街まで何も持たずに行きたいだけ」
と締めくくられる。

14曲目の「忘れた」では、中川昌利のピアノが加わっている。壮大になった、というのは容易いが、これからのバンドの可能性を垣間見せるアルバムならではのアレンジだ。

このアルバムのアンカーの「手」は、先ほどまでの流れと打って変わり軽快だ。とりあえず明日明後日、頑張ってみようという気にさせる。このアルバムがまだまだ続くのではないかと思いながら、1曲目の「hadaka no osama」へと舞い戻る。

手が届きそうなところで、するっと抜けて行ってしまう。かと思えば、こちらを振り向き手招きするような曲もある。このバンドのおいしいところはこういうところだ。寄り添い突き放されることでさらに興味が湧いてしまうのが人間の性なのかもしれない。

ボーカルの小池は、「手」というアルバムに関する色々なインタビューで「純度」という言葉を使っていた。小池の作る楽曲の純度の高さから、聴き手となるわたしたちは「あの時のあの気持ち」を楽曲に投影してしまう。tetoの曲を聴くと、何年経ってもなんとなく思い出す気持ちをいつまでも忘れたくないと思う。既出の音源もひっくるめ、新曲が加わり、1つの作品になったこのアルバムは、これまでとこれからを一本の線で結んでいた。この先、どんな線になっていくのか刮目せねばならないと思った。

そして現在、ファーストフルアルバムを引っ提げ、teto ツアー2018 結んで開いてが絶賛爆走中である。私は二箇所ほど足を運んだが、バンドのその爆速っぷりに客が食らいついていた。それでもまだバンドの方が速い。この追いつけ追い越せを繰り返しているうちにどこか知らない遠いところへ行ってしまいそうだ。どこへ連れてってくれるか想像もつかないが、その先は間違いなくいいところなんだろうということは分かる。

ある日突然いなくなってしまうのではないかという刹那と、永遠に続けてくれるという確信とがせめぎ合う不思議なバンドだ。
あなたの街にtetoが来た時は、身の上の全てを投げ打ってでも見に行くことを強くおすすめする。ライブが終わった後には頭が空になり、爽快な気分を味わえるだろう。

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