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2017年5月5日

香月つぐみ (23歳)

赤レンガ倉庫に眠り続ける幻のライブとピンクのリボン

スピッツがわたしにくれたもの

9月14日。
毎年この日が訪れると、私は「あれからもう3年かぁ。」なんて言っていて、周りの人から「え、何?」と言われている。
「好きなバンドの野外ライブがあった日やねん。」
「ああね。ほんまに好きやねぇ。」
私が大好きな音楽のことを語り始めると長くなるから面倒くさいのだろう。みんな、それ以上は聞いてくれない。
 

―2013年9月14日。この日、私が愛いてやまないロックバンドは、じつに16年ぶりとなる野外ワンマンライブを開催した。「スピッツ 横浜サンセット2013」。
 

私は関西方面からの遠征だったのだが、昼すぎには横浜に到着。
この日のためにスピッツと崎陽軒がコラボしたというシウマイを買おうと探したのだけど、どこの店舗でも売り切れてしまっていて、あきらめて会場に向かいぶらぶら散歩していた。
とにかく、暑い日だった。

付き添ってくれていた友人たちが、この近くに人気のパンケーキ屋さんがあるらしいよなどと話しているのにもほとんど上の空だった私は、「何か月も前から楽しみにしていた今日のライブ。終わってしまったら、明日から何を楽しみに頑張ろうか……。」なんて考えていた。

そのときだった。
どこからともなく「チェリー」の音色が聞こえてくる気がする。
今日はスピッツがライブをするからどこかのお店で曲がかけられているのか、なんて思いつつ、ふと振り返ると、特設会場のスクリーンに今まさに演奏中のメンバーの姿が映しだされていたので私は思わず声をあげて飛び上がってしまった。どうやら今のは、CD音源ではなく生演奏だったみたい。
リハーサルの様子を見られるなんて、ラッキー!

その会場は、心地よい潮風を受けながら大きな海を一望できる、スピッツを聴くには絶好のロケーションだった。開放的で気持ちが良い。

開演時刻が近づくにつれ、続々と観客が集まってくる。
さすがスピッツ、ファンの年齢層が幅広い。グッズを身につけ揃いのコーディネートで決めている女の子同士、若いカップル、家族連れ、老夫婦も、もちろん1人で来ている人もたくさん……誰もがこの日を心待ちにしてきたこと、期待に胸が膨らんでいることが熱気や空気感からこれでもかというくらい伝わってくる。
きっと私と同じように、今日の楽しみがあるから毎日頑張ってこられたんだという人もたくさんいるのだろう。
 

次第にあたりが昼から夕方へと少しずつ風情を変えはじめ、空の青色が徐々に深みを増してきた。
開演を待ちきれない観客たちは、手拍子をしたり、興奮の声をあげたりして、私もなんだかソワソワし始める。
 

……そしてついに、4人がステージ脇の階段を上ってくるのが見えた。
Cブロックの後方にいた私の目に見えるその姿はとてもとても小さかった。
けれど、スクリーンに映しだされる意気揚々としたメンバーの姿に胸の高鳴りが止まらなくて、一生分の脈を使い果たしてしまいそうなくらいドキドキしていた。

鳴りやまない拍手と大歓声に包まれながら、1曲目「恋のうた」の演奏が静かに始まった。
久々にライブで聴いた草野さんの歌声は相変わらず美しいままで、のびやかで透明感にあふれていて、なんかもう今にも海とか空とかに溶けていってしまうんじゃないか、それで水や空気がきれいに浄化されるんじゃないかなんて全く意味の分からないことを思ってしまうほどに、柔らかで儚げで優しくて……。

長いキャリアの中で確実に積み重ねられてきた抜群の安定感をもった演奏には、安心して身を任せていられた。
嬉しいのにどこか悲しくて、爽やかなのにちょっぴり毒があって、素直なのに天邪鬼で、新しいのに懐かしくて、繊細なのに力強くて、……
そんなたくさんの二面性をはらんだ彼らの音楽は、これ以上はないというくらい最高に心地よく私の胸に響いてくる。
≪おさえきれぬ 僕の気持ち≫……私の気持ちも、おさえきれない!とか思ってリズムに乗って体を揺らしていた。
 

3曲目のアップテンポナンバー「みそか」では、拳を振り上げて飛び跳ねた。
周りのお客さんもみんなそんな感じで、会場全体がスピッツの音楽を愛する気持ちだけでなにか新種のエネルギーみたいなものを生み出していて、それで発電できてしまうんじゃなかってくらいの、すさまじい熱気と勢いで満ち溢れていたし、大地が揺れているような感じさえした。

スピッツのメンバーも皆、笑顔で心から演奏を楽しんでいるようで、悲しいメロディーでもないのに私はなんだかもう涙が溢れそうになってしまった。
やっぱりこういう姿を見るととっても嬉しくなる、ファンだもの。
 

初期の名曲「ハチミツ」では、ある部分での歌詞が飛んでしまうというハプニングが。
私は一瞬、マイクの調子でも悪いのかなと思ったのだが、草野さんの表情を見て事情がわかった。
正直、「めっちゃ可愛いやん。」と思ってしまった。こんなキュートな照れ笑いをする50近くのおじさんがいて良いのかと。
彼自身は決まりの悪そうな顔をしていたが、観客側ではレアなものを見ることができたと、黄色い歓声があがっていた。
予想外の出来事、これもまたライブの醍醐味のひとつ。
 

おなじく初期の名曲であり、9月のこの時期にぴったりの「夏が終わる」のイントロが始まった時は、感無量の一言に尽きた。
ライブでめったに演奏されることのないレア曲。予想外の選曲だった。

≪暑すぎた夏が終わる/音もたてずに≫というフレーズのあるこの曲を歌い終えると草野さんは、「暑い夏を見越して作った曲なのだが、(その年)1993年の夏は冷夏だった。」というエピソードを語ってくれた。
「今日のためにあった曲だったのかな。良かったです、皆さんの前で歌えて。」
ファンの拍手喝采が響いた。
私も嬉しくて、ちょっぴりセンチメンタルな夏の終わり、こんな炎天下でこの曲を聴くことができて良かったと心の底から思った。
スピッツのMCは、かっこいい演奏時の姿とは対照的な「ゆるさ」が魅力だ。
オチがなくて微妙なところで話が終わってしまったり、沈黙が流れたりすることも多くて、流暢に進行されることのほうが珍しいくらいだ。(私は彼らのそんな口下手なところも好きだ。)
そんな中でも、我々観客が思わず手を叩いて大喜びしてしまうような言葉をさりげなーく入れてくるもんだから、ずるい。たまらない。
 
 

続いては、当時まだリリースされて間もないアルバム「小さな生き物」からの演奏だ。
その頃まだニューアルバムを手に入れていなかった私にとって「ランプ」も「りありてぃ」も初めて聴くものだった。
一度聴いただけでは覚えきれなかったけど、それぞれとても印象的なフレーズとメロディーラインが耳に残って私の心を掴み、間もなく始まるツアーへの期待が一気に膨らんだ。

ライブも中盤にさしかかり、「月に帰る」が演奏される頃にはあたりはもうすっかり暗くなっていて、大きな月が空高く登り、大小の星たちがきらめき始めていた。
夜空に浮かぶ上弦の月を見ながらこの曲の生演奏を聴くことができる日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
幻想的、という言葉が一番しっくりくるだろうか。
頭ではしっかり音を聴こうとしているのだけど気持ちはフワフワ、雲の上にいるような感じがしていて、言うなれば天国に一番近いライブといった感じだった。
 

そのあとは、言わずと知れたスピッツの代表曲「チェリー」、「渚」と続く。
とくに「チェリー」は、“スピッツのチェリー”と言えばファンではなくても多くの人が口ずさめるほど愛され続けている曲だ。カラオケに行ったときに歌われた履歴をさかのぼってみれば毎回のようにすぐ見つかるし、合唱などで歌ったという人も多いようだ。
でも、そのチェリーを歌っているスピッツとやらが何人メンバーがいてどんな人たちなのかを知っている人たちとなるとグッと数が減るし、まして演奏している姿を見たことがある人となるともっと少ない。
メディア露出がもっと多ければ一般の人たちに広く見てもらうことができるのだが、いかんせんテレビ出演を好まないライブ中心のバンドである。
スピッツをそれまで知らなかったり、あるいは興味のなかった人がテレビでたまたま演奏している姿を見かけて初めて知り、好きになる、というシチュエーションが起こる可能性は、露出の多いグループと比べてとっても低い。
そこが非常にもったいないところではある。

本当はこんなにかっこいいんだぜ、スピッツのライブ!
 
 

草野さんが「スピッツについてこい!!」と(柄にもなく)観客を煽って盛り上げてからは、「8823」、「メモリーズ・カスタム」といったアップテンポなライブ定番曲が続き、会場の盛り上がりは最高潮を迎える。
「8823」の≪荒れ狂う波に揺られて/二人/トロピコの街を目指せ/君を不幸にできるのは/宇宙でただ一人だけ≫のあたりで、本当に荒れ狂う波に揺られてしまって、私の髪を留めていたリボンがどこかへいってしまった。
ピンク色が可愛くてすごくお気に入りのものだったけど、ステージから目を離せなかったし、地面も見えなかったしで、「もういいや」となってしまった。
ただ、この時がまだまだ続いてほしいと思っていた。
 

アンコールでは、ドラム担当の崎山さんが、「自分なりにイメージしてきたんだけれど、今日それ以上のライブになって嬉しい。」と、お馴染みの優しい笑顔で喜びの心境を語ってくれた。
「私たちも同じ気持だよ。」その場にいた観客の皆が心のなかでそう叫んでいたと思う。
「忘れられない夜になりました。皆さん1人ひとりと三浦海岸あたりで語り明かしたい気分です。」と感謝の気持ちを伝えてくれた草野さんに、「わたしも語り明かしたい!!」と思わず叫びそうになったけれど、さすがに勇気がなくてやめた。
 

そんな素敵なライブの最後を飾ったのは、コアなファンの間でも人気が高い「夢追い虫」。
個人的にも思い入れの深いお気に入りの曲だ。涙が私の頬をつたって落ちた。
 

≪笑ったり 泣いたり あたり前の生活を 二人で過ごせば 羽も生える 最高だね!≫

≪美人じゃない 魔法もない バカな君が好きさ 途中から 変わっても すべて許してやろう≫

≪命短き ちっぽけな虫です うれしくて 悲しくて 君と踊る≫

≪上見るな 下見るな 誰もがそう言うけれど 憧れ 裏切られ 傷つかない方法も 身につけ 乗り越え どこへ行こうか? ≫

≪ユメで見たあの場所に立つ日まで 削れて減りながら進む あくまでも ≫

草野さんらしいフレーズの数々が胸に沁みる。
草野さんらしいというのは、(恐れ多くも)私らしい、ということになる。

あんなすごい人と自分を重ね合わせるのはほんとうに恐れ多いのだが……。
すなわち、共感(なんていう使い古された言葉で表現するのが本当は嫌なのだけど……)ということだ。
私みたいに、いっつも何かに悩んでいて、伝えたい気持ちが本当はいっぱいいっぱいあるくせに自分の微妙な感情を口で伝えるのが極端にヘタで、そのせいで会話が苦手になってしまった人間にとって、スピッツの歌詞は何よりも自分を分かってくれ、ごく自然に受け入れてくれる存在だと言っても過言ではない。
「無理に言葉にする必要もない、誰かに理解してもらえなくてもいい……この曲だけは私の気持ちを分かってくれている。」
そんなふうに思わされる数々の言葉たちが、スピッツの音楽にはいつもあった。

彼らは押しつけがましい応援歌を歌うことは決してなかった。
明るく前向きになれ、元気を出して頑張れ、なんて決して言わなかった。

それなのに、なぜこんなにもそっと背中を押してくれるのだろう?いや、もしかしたら、だからこそ、なのかもしれなかった。

いつ、どんな時もそうだった。
人間関係に悩んだ時、悔しくて涙が止まらなかった時、大きな挫折を味わった時、心が本当に疲れ切って余裕がなくて、もう大好きな音楽さえ今は聴いていられないかもって時でも、スピッツの音楽だけは心の拠り所となり、私の支えとなってくれた。
 

メンバーが退場したあとには、ステージ後方から盛大な花火が上がって、豪華なラストを迎えた。とうとう、終わってしまったようだ。
(ちなみにこの横浜サンセット、1年以上もしてからまさかの映画館で上映されることとなる。劇場で改めて観たとき、「この花火、こんなに長かったっけ!?」と思った。あの時はすごい興奮状態にあったから、実際より短く感じたんだろうな……。)
 

終演の事実を受け入れられなくて、まだまだ余韻に浸っていたくて、しばらくの間ボーっとその場で立ち尽くしていた。(普段からボーっとしているタイプなのだが、この時はとくにひどかった。)
わたしはやっぱりスピッツが好きだなあ。
この日のこの充実したステージに、会場の熱気、心地よい潮風、メンバー1人1人の表情も……一生忘れることはできない、忘れるはずがないと誓った。
 

結局このライブはDVD化されることがなく、手元に置いておくことはできない、一夜限りの幻となってしまった。

あの日、終演後の会場で、忘れまいと誓った通り、今でも鮮明に思い出せる。
あの時あの場所に落としてきたリボンのアクセサリー、毎日大切に使っていたから私の魂が移り住んでいて、今でもあの時空の中に残ったままで……だから今でもこんなにはっきり思い出せるの?
それなら、落とし物も悪くないかなぁ、なんてね。
 
 
 

そして、2017年春。
あれから3年以上たった今、わたしは冴えない社会人として、まだまだ慣れない仕事に日々奮闘している。

じつは、大好きな音楽のすぐそばで働いているのだ。

私自身に作曲をする才能はないけれど、埋もれてしまっている誰かの才能を世に広めるお手伝いをしようというわけだ。
世の中にはまだまだ隠れた素敵な音楽がたくさんあるはずで、そうした音楽との出会いを潜在的に求めている人が日本中、世界中にたくさんいるはずだ。根拠はないけどね。

そして、私自身がそうであったように、音楽に救われ音楽から生きる力をもらえる人が、少しでも増えると良いなぁ。そうした音楽と人々との出会いのきっかけを提供したい。生み出された名曲が、時代を超えて受け継がれていくことに、陰ながら貢献できれば。
……そんな願いを抱いて、知識も経験もない私が、なんとか今の仕事につくことができたのだった。

もちろん、そんなふうに思うようになったのは、スピッツの音楽と出会えたからだ。そして、横浜サンセットで見たスピッツに、もっともっと心を奪われてしまったからだ。

あのバンドには(良い意味で)人生を変えられた、これまでもずっとそう思ってはいたけれど、まさか就職先の決定にまで影響を与えられることになるとは……恐るべしである。
自分がこの世界に入ることになるなんて以前は思ってもなかったから、いまだに実感が無い。それに、あまり上手くいっていないというのが正直なところだけどね。
 

でも、ちょっとずつ、たまには後ろを振り向きつつ。
いつまでも捨てきれない憧れや理想に向かって、不器用ながらも歩いていくつもりだ。
 
 

今も私は、スピッツを聴きながらこれを書いています。
書き終えたら、仕事に向かいます。

今日もありがとう、スピッツ。

行ってきます!

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