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「おまけみたいな時間」の中で

BUMP OF CHICKENの「話がしたいよ」を聴いて

「話がしたいよ」という曲がBUMP OF CHICKENの新曲としてリリースされると知り、絶対にいい曲だと思った。そして、やっぱりいい曲だった。

なんでだろう、たぶん、自分ことを歌った歌だと、いや、自分が言いたかったことを代わりに言ってくれてる歌だからだと思う。
BUMPは、過去の楽曲「トーチ」の中で最後の歌詞を「会いたい」で締めくくった。しかし、今回は「話がしたいよ」で、同じ相手に向けて放つ言葉でも、とても自分の気持ちに近いと感じられた。
それはきっと、「話がしたいよ」という曲名を知った時から思っていたことで、曲の一部を聴いた時にも「ほら、やっぱり」とひとりで納得した。
 

曲の一部を初めて聴いた時、ある人の顔が浮かんだ。
その人とは大学の同じサークルで、ちょっと前まではよく会って、話をしていた。好きな音楽や映画、漫画の話や、最近の悩み、これまでどんな風に生きてきて、何を考えてきたのか、そんな風に色んな話をした。BUMPの曲を一緒に演奏したりもした。でも、最近は顔を合わすことすら少なくなり、特別話す用もなく、なんとなく話しかけることすら減っていった。その時、この曲の一部を聴いた。

「この瞬間にどんな顔をしていただろう
一体どんな言葉をいくつ見つけただろう」
今こうして、自分がこの曲を聴いてる時、あの人は何をしているだろう。会うことが少なくなってから、どんなものを見てきたんだろう、もう悩んではいないんだろうか、音楽は今も好きだろうか、そうぼんやり思っていると、

「君がここにいたら 話がしたいよ」
それを聴いて、「ああ そうか、話がしたかったんだ。」と、そう素直に感じられた。
 

「話がしたいよ」が配信されると、すぐに購入し、その夜は眠るまで何度も何度も聴いた。
そして、これまでは一部しか聴けなかった曲を全編に渡って、歌詞を読みながら、改めて聴いた。

「持て余した手を 自分ごとポケットに隠した
バスが来るまでの間の おまけみたいな時間」
この曲と距離が近いなと感じたのは、こうしたところからもだったとわかる。バスが来るまで、特に何をするでもなく、ただ立ったままで、ちょっと昔のことを思い出して、物思いにふけるような、そんな時間。こんな時間だからこそ、色んなことを考えてしまうのかもしれない。

思えば、この曲はそんなに長くはない。
これまでBUMPのシングルは、バラードなら「花の名」「友達の唄」で6分を超え、「グッドラック」は7分を超える。それはそれとしてとてもいい時間だけど、この「話がしたいよ」が4分とちょっとで収まっているのは少し驚いた。でもそうした「おまけみたいな時間」がこの歌には丁度いいのかもしれない。

そうして、歌詞を読みながら聴いていると、またある顔が浮かんだ。
その人とは、高校生の時に同じ部活で、3年生になると同じクラスになった。でも特別仲がよかった訳ではなく、話す時は話すし、全く話さなかった時もあった。ただ同じ部活で同じ時間を過ごして、一緒に帰ることもあった。ハッキリ言ってしまえば、それだけだったけど、今なら、もっと話したいと思う。漫画が好きで、音楽も聴くと言っていた。じゃあ、どんなものが好きだったんだろう、そんなことを聞きたいし、逆にこっちはこれが好きで、こんな曲を聴くんだと話したい。あの時は言えなかったことも、今なら言える気がする。もし言えなくても、くだらないことを話せばいい。この人になら不思議と何でも話せる気がした。

「ああ 君がここにいたら 君がここにいたら 話がしたいよ」
その人がここにいてくれるなら、ここにいたとしたら、とにかく話がしたい。「会いたい」という気持ちよりもただ「話がしたい」とその夜は思った。
 

そして、今もまたその時とは違う顔が浮かんでいる。
それは中学の時のアイツだ。アイツは、中学に入ってから初めて喋った人で、よく泣くし、怒るやつだった。お互いに憎まれ口を言ったり、逆に褒めることもあった。放課後には日が暮れるまで教室で話し込んだり、たまには一緒に帰ったりもした。部活は違ったけど、遊びに行ったこともあった。でもこうして思い出すまで、そんなことも忘れていた。高校でそれぞれ別々の場所に進学し、それきり連絡をしていない。今アイツは、何をしてるんだろう。進学してるのか、就職しているのかもわからない。
今日まで何を見てきて、聞いてきて、どんな人に会ったんだろう。一緒に帰った日を覚えてるだろうか、今の自分のようにあの時のことを思い出したりするのだろうか。

「どうやったって戻れないのは一緒だよ
じゃあこういう事を思っているのも一緒がいい
肌を撫でた今の風が 底の抜けた空が
あの日と似ているのに」
アイツが今どうしているかはわからないけど、きっと元気にやってるはずで、たまには今の自分のように、昔を思い出して欲しい。一緒に帰ったあの日と似ているけど、今日は今日でしかない。それをこのサビで強く思い知らされる。

「抗いようのなく忘れながら生きているよ
ねぇ一体どんな言葉に僕ら出会っていたんだろう」
「まだ覚えているよ 話がしたいよ」
アイツとのことを全部は覚えていられないし、これからもっと忘れていく。でもアイツといたことは覚えているし、今日はあの日のことも思い出せた。話をしなくなってから、どんなものに出会ったきたのか、自分でもよくわかってないし、アイツもひょっとしたらそうなのかもしれない、でもそれを話したい。そういえば、アイツが面白いと言っていた本も最近読んだから、それも伝えたい。そして「もう忘れたよ」と笑ってほしい気持ちもある。だからこそこの歌詞は素直に受け入れられた。

この後の歌詞のないコーラスは、アイツとの、覚えてる限りの記憶と気持ちとが溢れてくるみたいで、だからこそ言葉は必要ないし、言葉にできない部分なのだと思う。ただ「話がしたい」その気持ちだけが強く大きくなっていくのがわかる。
 

そして、コーラスが終わり「おまけみたいな時間」も終わる。いくら「話がしたい」と思っていても、その思い浮かべた人たちと、もう会うことはないかもしれないし、話はできないかもしれない。でもそれでもいいと思える。目的地へ向かうための「バスが来るまでの間の」時間で、自分にはこんなに「話がしたい」と思える人がいるのだとわかったし、その人たちのことも覚えてる。それだけで十分な気がする。

きっとこの先、この曲を聴いていくことでまた別の「話がしたい」人の顔が浮かぶんだろう、その人にはもう出会ってるのかもしれないし、これから出会うのかもしれない。それは何だかとても素敵なことに思える。そう思った時に、目的地へ向かうための「バスが止まりドアが開く」
行きたいところに行って、話したい相手に話をしに行こう。その時に「『話がしたいよ』って曲があってさ」と話したい。

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