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2017年5月8日

富田直 (22歳)

わたしたちのかたち

星野源「恋」の時代

 恋愛ソングには、歌詞がぎゅうぎゅうに詰まっていると思う。
 とにかく胸が躍る。会いたくて仕方がない。同じ時を過ごす。あなたにずっと付いていく。笑顔、横顔、背中、影を見る、見る、見る、見る。そして帰ってもきみがまぶたの裏側にいる。
 初恋のみずみずしさには胸がきゅんとする。大人の恋愛にはあこがれる。アイドルの恋心に共感する。そんな恋愛ソングをわたしは楽しんできた。
 その、ぎゅうぎゅうの歌詞が恋愛ソングの魅力だと思う。しかし一方で、わたしは息苦しさも感じていた。歌詞の隅々まで愛を誓って、好きなあなたへの気持ちを告白する。歌詞によると、相手への気持ちは中途半端ではだめで、弱いあたしは頼れるあなたに、夢見る俺は付いてきてくれるきみに、それぞれ恋をしなければいけないようだった。でも、なんだか自分には出来る気がしない。かといって、自分の恋にぴったりの恋愛ソングも見つからない。楽しんで聞いていたはずだったのに、恋愛ソングはいつの間にかわたしの恋を束縛していた。
 昨年の9月、通学中に録音したラジオを聞いていたら星野源の「恋」が流れた。

  営みの 街が暮れたら色めき
  風たちは運ぶわ カラスと人々の群れ

 「恋」という題の恋愛ソング。その最初の歌詞は風景描写だ。この歌詞は、聞き手を全く束縛しない。どんな営みか、どんな街か、どんな色めきか。聞き手はこの風景を自由につくって、歌に入ることができる。そうしたら、風たちがわたしたちを運んでくれる。
 ぎゅうぎゅうの恋愛ソングとは、決定的に違う。「恋」の歌詞には余裕があった。
 すごいものを聞いたかもしれない。そう思ったわたしは、階段を駆け上がってホームのベンチに座り、イヤホンを耳に深く突っこんでから、「恋」をもう一度再生した。

  恋せずにいられないな 似た顔も虚構にも
  愛が生まれるのは一人から

 「恋」は、わたしとあなた、という枠に収まらないところが革新的だ。相手が一人でなくても、人間でなくても、異性でなくても、いなくてもいい。「恋」はどんな恋も仲間はずれにすることなく、わたしたちすべての恋をつつんでくれる。
 そして、最後の歌詞でわたしたちは恋を超える。

  夫婦を超えてゆけ
  二人を超えてゆけ
  一人を超えてゆけ

 わたしは、この歌が日本中で歌って踊られていることに大きな意味があると思う。現代社会では、わたしたちは何本もの線によって分断されている。性別や障害、貧富や学歴などの様々な「違い」によって線を引かれる。でも、今まさに、その線の向こう側で同じ歌を歌っている人がいる。どんな恋も受け入れる、この歌を歌っている人がいる。その事実は、確かな希望だ。
 わたしたちの恋のかたちはそのまま、生きるかたちになると思う。誰とどんな恋をするのか、もしくはしないのかは、どう生きるかに直結する。「恋」ではそのかたちが束縛されない。「恋」は、わたしたちのどんな生き方も肯定している。
 恋とは、男女がひとつになることだけではない。わたしたちはわたしたちの恋で1人を超えるのだ。
 あなたに付いていく時代も、きみがまぶたの裏側にいる時代も終わった。今は、1人を超えてゆく時代だ。

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