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RESTART〜笑顔の未来へ向かって〜

エレファントカシマシと共に

私が聴いている音楽は、皆んなにはどんな風に聴こえているんだろう。。。
 

私には障害がある。。。らしい。

ASD…自閉症スペクトラム障害

それを知ったのは、この世に生まれて36年も経った去年の秋だった…
 

私は音楽を聴くことが好きで、もちろん贔屓にしているバンドもいるが、そこに偏らず浅く広くではあるがジャンル問わず沢山の音楽を聴いて来た。
それぞれの音やリズムに心を躍らせ、歌詞や歌に想いを寄せた。
だが数年前まで、自分にとって音楽が必要不可欠なものだという事を特別に意識した事はなかった。
音楽の素晴らしさはわかっているつもりだったが、それが生活に当たり前にあるものだとも思っていたからだ。
音楽がなければ生きていけないなどと大袈裟な事を言うつもりもないが、毎日のゴハンくらいには当たり前の存在だったのかもしれない。
少しくらい足りなくても大丈夫だけど、全く無くなったら辛いような。。。
 

結婚して子供が生まれてからしばらくは、子供優先の生活だったので、なかなか沢山の音楽は聴くことが出来なくなっていた。限られた僅かな時間でどうしても聴きたいものだけに絞って聴くような生活が数年続いた。
しかし子供も成長して、自分の時間も少し増えてからはギターを始めてみたり、年に1〜2回はライブに行けるようになったりと、また少しずつではあるが音楽を楽しめるようになってきていた。

毎日の生活で疲れている自分にとって、音楽がこれほどまでに心や生活を潤してくれるものだという事にようやく気がついた。私は以前に増して音楽を楽しむ事への喜びを感じていた。
 

しかし近年、私は子育てに悩み、夫は私とのコミュニケーションが上手くいかずお互いに苦しんでいた。
度々夫と話し合っても私の辛さを夫は理解してくれなかったし、同時に私も夫の辛さをわかってあげられなかった。お互いに自分が一番辛いとの思いから相手を思いやれずに気持ちがすれ違っていた。
私は夫から「普通は〜だ」「一般的には〜だ」という様な事を繰り返し言われた。

私は普通じゃない…
確かにそうかもしれない…

私は過去のある出来事によりトラウマを抱えていた。そのトラウマに取り憑かれて生きていくのが辛かった。その生き辛さをどうにかしたくて自分なりの価値観や生き方を身に付けてきた。
それは自分を守る術であったが、度々自分でも他の人とは考え方や行動がズレているのを感じていた。
しかし周りの友人などは、そんな世間に流されずに生きる自分を認めてくれていたし、私自身もそれが自分の生き方だと割り切っていた。
でもどこかではネガティブな感情も抱えていた。私が普通じゃないのならそれは全て自分の持つトラウマが原因のような気がしていたからだ。
ずっと生き辛さを抱え、死への恐怖もほとんどない私は他の人と違って見えてもおかしくないのかもしれない。

そんな私を認めてくれたのが音楽であり、勇気付けてくれたのも音楽だ。生きる楽しみを与えてくれたのも。
 

でも普通って何?みんな同じはずないのに。
人と違う事はそんなにいけない事なのだろうか?
こんなに辛いのにそれはただ甘えているだけなの?
なぜ世間一般に合わせて生きなければならないのだろう…
私は私でしかないのに…
私の人生なのに…

信じていたものがだんだん曖昧になる。
何度、自問自答を繰り返しても自分を責めるか夫を責めるか、または過去のトラウマを言い訳にするかになってしまい解決しない。

必死に生きてきた自分を無条件で肯定してくれるのが音楽であったが、大好きな音楽を楽しむ事にさえ罪悪感を持つようになり、私は何をすればいいのかわからなくなってしまった。

自分の人生を呪い以前のように生きるのが辛くなってきていた。

全て投げ出したい…
自由になりたい…
普通になんてなれない…
生き続けるのが辛い…面倒臭い…
現実から逃げたくなり何度も死を考えた。

そして約一年前、身体が思うように動かなくなってしまった。思い詰めた末に鬱になってしまったのだ。度々そういった鬱に近い精神状態になる事はあったが、身体の自由がきかなくなるのは初めてであった。

精神科で私はASD(自閉症スペクトラム障害)の傾向が強いと診断された。鬱はその二次障害だという事だった。
 

発達障害の知識もなく自分に障害がある事など考えもしなかったが、自分に障害があると知った私は意外にも安心した。
今まで自分が感じていた困難や、それまでの生き辛さの理由が障害の特性からだと思うと全て納得が出来たからだ。
夫とのコミュニケーションの相違もそのせいだった。
生まれつきの障害なら仕方がないと思えた。

私が普通じゃないのはあの時のトラウマのせいじゃなかった…それだけでも救われた思いだった。
ようやくその呪縛から解かれた気分だった。

しかし原因がわかったとしても、鬱は気持ちの問題ではなく脳の病気であり、簡単には回復しない。思うように身体は動かず、疲れやすく、気を抜けばマイナス志向にハマっていく。
認知が歪み、罪悪感に襲われ、不安が付き纏い、何もかもが怖くなる。
ましてやASDは生まれ持った障害であり、治す事は出来ない。困難に思う事は変わらない。原因がわかって一度は安堵したものの、逆に自信がなくなり何かにつけて障害と関連づけてしまうようになった。

結局は自分が人一倍努力し続けなければ状況は変わらないという現実。
この先の不安が強くなるだけで、生き辛さは引きづったままだった。

幸い夫は私の状態を理解してくれ、子育てにも協力的になり、私を気遣ってなるべく休ませてくれた。
かつて夫を責めた自分を反省し、変わってくれた夫には今ではとても感謝している。
 

鬱になってしばらくは最低限の子育てと家事だけをして、あとはずっと寝ている生活をしていた。
ロクに食事も摂れず、全ての事に興味が薄くなり、何に対してもやる気が起きない。

あんなに大好きだった音楽を聴く事すら出来なくなっていた。全くそんな気分になれなかった。大好きなバンドの曲すら聴けない。
少しずつ練習していたギターも手に取る事が出来なくなった。見るのも嫌になりケースに仕舞った。
子供に歌を歌ってあげることさえ出来ない。
私から音楽が消えた。。。
それは、私から生きる希望が消えたのも同然であった。

出掛ける事もせず、一日中ひたすら床に伏せていた。
感情が消え、寝ているだけなのに退屈も暇も感じない。1日はあっという間にすぎ、何もしない事への焦りもなかった。こんな状態で生きているのも嫌だったが、死を選ぶ事すら面倒だった。自分で生きているというより、ただ生かされているような感覚だった。
 

年末年始も家族と実家へ帰らず1人で寝て過ごしていた。その時は1人になれた事でいつもよりすごく心が落ち着いていた。(ASDは1人になれる事が心の安定に繋がる)

大晦日、音楽も聴けなかった状態だったにもかかわらず、なぜか紅白初出場のエレファントカシマシがちょっと見たいな…と思った。
テレビをつけ横になって、集中する訳でもなくボーっと紅白を見ていた。

みんな歳をとったなぁ…宮本は相変わらずだな…などと思いながら見ていたが、彼らが歌い始めた時の音と歌は私の期待を遥かに超えていた。

久々に音楽で心が揺さぶられた!
今まで何度も耳にしてきた有名な曲であるにもかかわらずだ!
何をどう言葉にすれば良いのかわからない程にその音と歌に圧倒され、惹き込まれた。

この人たちすごいっ!!

本当に嬉しかった。まだ音楽を楽しめる自分がいる!
その高揚感は久々に感じる感覚だった。
 

私が音楽に興味を持ち始めた時、すでに彼らは活動していたし、高校に入った頃には「今宵の月のように」が大ヒットした。長年その存在をかっこいいなと思いながらも思っていただけで、耳にする音楽も良い曲だなぁと思っても深く聴いたりもしてこなかった。いつかじっくりと彼等の音楽に触れてみたいとは思いながらも、その時々で私にはそれよりも優先したい事があった。
いつも活動しているイメージの彼等の曲はその気になればいつでも聴けるような安心感があったのかも知れない。熱心に聴いていた訳でもないのに、いつも視界の片隅にいて同じ時代を生きている同志のような感覚さえ勝手に抱いていた。
そんな彼等の曲があの時の私の心を揺らしたのは偶然だったのだろうか…
 

元旦にはMr.ChildrenとSpitzとの夢の共演が発表された。
こんな共演、二度と無いのではないか。
しかし行きたい気持ちに身体が付いていかない。ほぼ寝たきり生活をしてた私に遠征ライブなど行ける気がしなかった。
少し気持ちが高揚したぐらいで立ち直れる程、鬱という病気は甘くはなかった。身体を引っ張る程の気力も無く、諦める事しか出来なかった。
そのうち子供の入学、進級準備に追われ、動かない身体に鞭を打ち、毎日の記憶もないくらい、混乱しながらも無理矢理忙しく過ごしていた。疲労もピークに達し、もはや対バンの事など他人事であった。
 

ようやくバタバタとした時期を乗り越え、生活も落ち着き、薬のおかげか身体や心の状態も少し良くなってきた頃、やたらとエレファントカシマシの露出度が増していた。
Newアルバムが出るからだ。
私は紅白の事を思い出していた。
あの時の高揚感…
バンドの格好良さ…

彼等の曲を聴いてみたい。
鬱になって以来久しぶりに音楽を聴きたいと思った。
何しろ曲数が多く何から聴けばいいのかもわからなかったが、とりあえずYouTubeで手当たり次第に聴いてみた。

久々に感じるワクワク。音楽を聴く楽しさをじわじわと感じる。
そして、聴き始めた頃に胸に響いた曲があった。

《彼女は買い物の帰り道》

大人の女性が感じる切ない気持ちを歌う曲だ。
男らしく前に進む事を力強く歌う印象だった宮本がこんな曲も歌う事が意外だった。
その歌詞に自分が重なり涙が出た。
もっと色々な曲を聴いてみたくなった私は、Newアルバムのみならず、過去のCDやDVDをも集めて聴き始めた。

決して力強い曲ばかりではなかった。
綺麗事ではない人間の本音や情けない姿、皮肉も現実も悲しみも希望も、ありのままの感情を歌に込め、時には言葉にならない思いを叫びながらサウンドに乗せて唄う。
時に力強く、時に優しく響く歌声。そしてその歌を最大限に生かすバンドサウンド。
幅広くどこまでも自由な音楽。どの曲も唯一無二の存在感がある。
なぜあんな曲が作れるのか。なぜあんなにも心に響く歌を歌えるのか。
もっともっと彼等自身を知りたくなった。

バンドの歴史……何度も契約が切れた事があったなんて知らなかった。それでも音楽に向き合いここまでやってきた4人の想い…
宮本の正直で飾らない素直な部分。なんだか落ち着きの無いように見える姿の陰に潜む一生懸命さ。真面目さ。誠実さ。愛らしさ。何よりも自分達の音楽を伝えたいという想い。そんな彼を信頼し、最高のパフォーマンスを届ける為に死に物狂いで練習し、支え合うメンバー。
知れば知るほど愛おしさが増すバンドだ。
 

《奴隷天国》を初めて聴いたとき、何でこの人私の事を歌ってるんだろうと思った。

『あくびして死ね』
『しかばねめ』
『生まれたことを悔やんでつらいつらいと 一生懸命同情乞うて果てろ』

そう叫ぶ宮本の声は、私には「しっかり生きろ」と言ってくれているように聞こえた。
まるで自分に喝を入れられているようだった。

いつだって彼らは前に進むことに貪欲だ。決して諦めない。自分達の音楽を信じている。どんな時も全力だ。
自分とはまるで正反対の彼らに引っ張られ、背中を押されるような感覚が心地いい。

頑張ろう!とか、前を向いて行こう!とか、そんな単純な言葉はあまり好きではなかったのだけど、
「頑張ろうぜ!」「行こうぜ!」
そう彼に言われると素直に頑張って生きようと思えるのは何故だろう。
宮本の口から出る力強い言葉からは、言葉以上の何かを感じる。全身に響いて涙が出る。挫折を味わった者の弱さと強さなのか。
彼が唄う歌のどれもが苦しい程に自分に重なる。

そして私が失ったものを彼は持っていた…「希望」
彼の歌は私に希望を与えてくれる。

《悲しみの果ては 素晴らしい日々を送っていこうぜ/悲しみの果て》

この曲に代表されるように、彼が書く歌詞には悲しみという言葉が沢山出てくる。
彼はきっと本当の悲しみを知っている。それでも前を向く。光を求め続ける。
そして彼はどんなに頑張っても報われない事がある事も知っている。そんな大人がそれでもあえて輝ける未来を歌う。絶望に埋もれた微かな希望を信じて。

そしてそれらの曲は個人的な想いでも、一方的な応援ソングでもない。
いや、かつてそれは自分自身に向けたものだったのかもしれない。しかし今は違うのではないだろうか。
30周年を全国のファンに祝福され、紅白出場を果たし、フジロックのステージに立ち高らかと歌い上げ、日本のみならず世界中に彼らの存在を知らしめた今、彼らは更に自分達の存在と音楽に自信を持ち、ファンと共に喜びを噛みしめ、よりリスナーの気持ちに近い距離で曲を届けてくれている気がする。

一緒に生きて行こう。乗り越えよう。共に頑張ろう。俺もあなたもみんなで。そんな気持ちが込められているような言葉の数々。
悲しみのその先へ一緒に行こうと。
行けるんだという自信も込めて手を引いてくれる。
なんて優しいロックなんだろう。

《あなたを連れて行くよ 笑顔の未来へ/笑顔の未来へ》

彼等の曲を聴いていればそんな未来が待っている気がした。この人達なら連れて行ってくれる…笑顔の未来へ。
 

気が付けば私は彼等の曲を口ずさんでいた。
鼻歌すら歌えなくなっていたのに…
弾く気になれなかったギターも弾きたいと思えるようになってきていた。
私に大好きな音楽が帰ってきた!

あの辛い日々から少し抜けた気がした。
エレファントカシマシが私に生きる希望を与えてくれた。
音楽の楽しさを取り戻してくれた!

彼等の曲名を借りるなら、まさにここからがRESTART

数年前でも違ったのだろう。
辛い時期があったからこそ響く何かがあったのかもしれない。落ちたからこそ出会えた音楽。響く音楽。彼らもそこを乗り越えたからなのか…それはわからないが…
しかし、ドン底の精神状態だったら歌の力強さに負けて受け入れられなかったかもしれない。
少し気持ちが軽くなったあの日、あの紅白で彼等が鳴らした音楽は、ここしかないタイミングで私に響いた。そしてそれから数ヶ月して再び私の前に現れたエレファントカシマシの音楽は、回復に向かい始めた私にこそ必要なものだったのだ。

私はまだ療養中だ。しかし一年前とは違う自分を感じる。
彼らの音楽に出会ってからの毎日が楽しい。
30年の隙間を埋めるように毎日彼らの曲を聴き耽っている。

必ずやライブに行って直接彼らの音を聴き、精一杯の拍手で感謝を伝えたい。
それが今の私の夢だ。
 

ASDによる聴覚過敏が酷い私は健常者とは音の聞こえ方や感じ方が違うらしい。それによる困難もあるが、もしかしたら私にしか聴こえない音があるのかもしれない、そして一人一人音楽の聞こえ方も違うのかもしれない…そんなことを思った。

エレファントカシマシと共に行く未来には何が待っているだろう。
自分にしか聴こえない音楽に楽しさや喜びを感じながら、まだまだ頑張って生きていける気がしている。
これからも素晴らしい音楽に出会える事を願うばかりだ。

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