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ダウン・アップする単振動のリズム

カール・コードに身を繋ぐウィルコ・ジョンソン

  コンセントから鏡の前までの距離を伸びたり縮んだりするドライヤー・コード、そんなシールド・ケーブルがギターとアンプを繋いでいる。ブルートゥースで接続すれば、より快適に、より自由に、そして広範囲に動くことができるし、距離感を一歩でも誤ればギター側かアンプ側、どちらかの差し込み口からコードは抜け落ちてしまい、ショーの進行が台無しになる。何よりもフィジカルなアクションができる可動域はその長さから自ずと制限されてしまう筈なのだが、しかし、これが計り知れない、大きな効果を生む。ワン・バースを終えセンター・マイクの前から身を引いた瞬間、フロアは沸き立ち、オーディエンスは一気に沸点へ導かれる。右に、左に、限界まで歩を伸ばし、その間ダウン・アップのリズミックなストロークで弾力ある音を連続させる。かと思えば目を見開き、足を巧みに使い、上半身をキープしながらオート・ウォークに乗る動作をしたりする。十八番にはギターを胸元まで抱き抱え、視線の先にあるネックを照準にし、観客をザクッ、ザクッ、ザクッとワン・コードで狙い撃つ。「俺をもっと撃ってくれー」マゾヒスティックな懇願を絶叫する観客の声が耳に入ってくる。伸びたシールドは彼がマイク・スタンドから遠去かるほど収縮する力を増し、一連のアクションを終えた後の身を素早く元の場所、マイク・スタンドの前へ戻す。ひたすらダウン・アップする彼の右手は弦を揺らし、カール・コードを伝い、終点で単振動のリズムを併せ持った鋒鋭いギター音と会場を沸かす生々しいエネルギーへと帰結していく。定数が大きい鋼のバネのような、そして会場に火を点ける導火線の役回りをも演じるシールドは、連夜行われるロックンロール・ショーに必要不可欠な小道具となっている。フロアは瞬く間に汗と躍動感でフル・ハウスだ。

  ウィルコ・ジョンソン。黒基調に電光が走る衝撃、ドクター・フィールグッドの元ギタリスト。英国リズム&ブルースの周回遅れである最終走者はロンドン・パンク・ロック・シーンのファースト・ランナーへとバトンを託した後、フロント・マン達の強烈なアイデンティティに基盤が耐えられず、一瞬にして燃え尽き瓦解した。ウィルコが在籍していたのは結成から僅か6年。もう、自らのバンドでの活動期間の方がずっと長いから、出身バンドの事はここで留めておく。
  日本には彼の熱狂的なファンが潜在しており、頻繁に来日することでファンへの感謝そして日本への愛情を窺い知ることが出来る。過去には大学の文化祭に招聘されたこともあった。大きくインフォメーションされることは無いが、ステージでは音もポーズも攻撃的な彼のスタイルはファンを魅了し、来日の度にファンを炙り出し、会場に集客する。今秋のジャパン・ツアーは京都でソールド・アウトとなった。

  リズム&ブルースから生々しい感情を差し引き、そこへ性急さを加味した彼のスタイルは鋭利な残像と粘るリズムが強調される独特なものだ。他者には自身のバック・ボーンやルーツといったものをあまり辿らせない。ステージ・アクションに勝るとも劣らない大きな身振りと声で影響を受けたミュージシャンを挙げるインタビューでは、その嗜好こそ伺えるものの、幾多のプレイヤーから受け継いだ要素があまり見えてこない。彼はアンコールにチャック・ベリーの「Bye Bye Johnny」を置く。その日のオーディエンスとの別離を演奏で告げるが、そのカバーからはチャックへの愛情と同時に、既にチャックと肩を並べるギタリスト、オリジネイターとしての存在感を感じる。
  主要セット・リストは大きく変化しない。ブルース調のミドル・ナンバーで幕を開け、次曲迄にウォーム・アップが完了し、自身と地続きにあるナンバーを繰り出し、ライヴ全体の上昇曲線を描く。左手の操作ひとつでドライな高音、彼の言葉を借りるならデッドな音で色を添える曲を経由し、その後は再び会場を際限無く、何処までも上昇させる曲を続け、大団円は「She Does It Right」そして「Roxette」。曲はどれもこれも沸点のまま繰り出される。
 

  「もうすぐ人生が終わることになるけれども、後悔したことなんて何もない」

  2013年に行われたインタビューでの一節、唯字面を追えば年齢と経験を重ねてきたミュージシャンの発言として至極真っ当で在り来たりの言葉、だが「もうすぐ人生が終わることになるけれども」と身も蓋も無く綴る節、そしてその後を「後悔したことなんて何もない」と結ぶ発言は、その瞬間の表情とリンクしていないように思えた。もし彼の胸中を覗き見ることが出来たなら、そこには多くの去来する出来事や人の顔、そして当然ながら病魔の恐怖が浮かんでは消え、消えては浮かび渦巻いているのではないか、と切なく割り切れない、複雑な想いを感じた。
  この年早々、彼が末期の膵臓癌を患っているアナウンスが流れた。突然突きつけられた死への片道切符。だが彼は治療に専念するどころか、あろうことか選択肢中から自らの身体を顧みないフェアウェル・ツアーという不正療法を選び、遺す生命ある時間を賭け始める。その行動は思考の隙間から忍び寄る雑念に耐えられず、恐怖を感じ、崩れてしまいそうになる自身を追い込み、発奮させ、自ら発した「後悔したことなんて何もない」という言葉に固い意志を注ぐ決意に映った。音楽への殉教心、生き方、ファンと結ばれた信頼と愛情が有り余るほど窺える荒治療の一環として、半年後にはフジ・ロックのメイン・ステージ、グリーンに彼は立った。晴れ渡る空の下、この目に焼き付けた光景、それは最前列で臨んだにも拘らず、時折視界を充たす涙の雫に邪魔されフォーカスが歪んだ。だが揺るぎない志を秘めた彼の、キリッと引き締まった表情を鮮明に記憶している。

  2018年現在、彼は存命している。先だって為された余命宣告を伴う癌の診断は正しくないものであり、それを見抜いたのはファンである医師だった。彼の指示に従い、ウィルコは手術を受けライヴの最前線に復帰した。彼が複雑な胸中を語ったインタビュー、そしてフジに於いての私の歪んだ視界は時間軸の負の方向で非建設的な点として形骸となった。彼と共有する幸福なベクトルは時間軸正の方向に続いている。今年6月には30年振りの新作をリリース、9月にはジャパン・ツアーを催し、前記した通り京都公演は早くからチケットが完売した。ステージ・アクションは相も変わらずシールド・コードの単振動を伴って左右、後方前方へ勢いよく動き、お決まりの黒いシャツは肌にびっちり張り付く程汗にまみれている。
 

  死の際に立たされ、そして何事も無く帰還したウィルコを昨年は京都、今年は広島でどうしても見たかった。公演先で彼のパフォーマンスが変わることは到底考えられない。しかし、死の淵を突きつけられた彼を見る為に相応しい地として、此方側の勝手で一方的な付加価値を公演先に付けたかったのは確かである。

  当然の事だが、爪先から見上げたウィルコは大きく、バンドは最高のステージを繰り広げただけに過ぎなかった。そしてはっと気づいたことー 死の淵に立たされた経緯と所以が彼のプレイを特別なものにしているのでは微塵も無く、彼はずっとこの方法、このスタイルで、ウィルコ・ジョンソンとして闘ってきたということだ。ささくれだったギターのノイズ、それは彼が生きていくのになくてはならないリズムであり、当然の事、私自身が生を受け、生きていくのにも絶対に無くてはならない、私の心臓を高鳴らせる必要不可欠なリズムなのである。公演の先々で伸びては縮み、縮んでは伸びをひたすら繰り返すカール・コード、それは力強い単振動のリズムを連続させ、生を強靭に、思いの丈に享受し、心臓の鼓動と同じ程に強烈なリズムを打ち鳴らす様にアンプリファーと接続されている。

  リー・ブリロー、イアン・デューリー、そして最愛の妻。彼から遠く離れてしまった人達を胸に、彼は命ある限り、我々オーディエンスと共鳴するリズムを鳴らし続ける筈だ。私は文字通り彼のライヴへと足を運び、そこで生々しいほど激しく狂おしく、ビートに合わせ身を振り続けていく。
 
 
 
 
 

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