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私の『答え』

『答え』をくれたSEKAI NO OWARI

 
『人はそれぞれ「正義」があって、
争い合うのは仕方ないのかも知れない
だけど僕の「正義」がきっと彼を傷付けていたんだね』
♪Dragon Night / SEKAI NO OWARI
 

一瞬で恋に落ちた。

いや、実際には、恋に落ちる時のように、
雷を打たれたような感覚だったか。
とにかく、私は画面の奥にいるFukaseと、メロディーと、何よりも歌詞に一瞬で引き込まれた。

自分ばかりに目をやらずに、周りを見る。他人の立場になる。
単純なようでいて、実は本当に難しい。
分かってはいるけど、なかなか出来ない。
たぶんそれが出来ていたら、戦争なんかとうの昔に消えている。
 

昔、どうしようもなくひたすら考えては、絶望する、ということを繰り返していた。

悪役ヒーローは、自分の正しいと思ったことをやった結果、みんなに好かれるみんなが正しいと思っているヒーローに、「それは間違っている」と倒される。
「このやり方が正しい」、ある人は押し付け、「こっちの方がいい」、ある人は説き伏せる。
「君たちはもう大人なんだから」と、ある時先生は言う、でも、また違う時、先生は「まだ子供なんだから」、という。
友だちと喧嘩をする時、「そっちの都合を押し付けないでよ!」と言われる、でも、現に今、そんなことを言って都合を押し付けてるのは君だ。

何が正しくて何が悪いのか。正解は何ひとつないんじゃないか。だったら自分は何を信じて生きていけばいい。疑問が止まらなかった。

考えれば考えるほど、この世の矛盾に気づいて、囚われて、悩んで、身動きが取れなくて、みんなこうして大人になるのか、と考えたこともある。たぶん、誰もが1度は通る道なのかもしれない。
 

そして、そんな時に出会ったのがDragon Nightだった。
こんなにも納得できる言葉に出会うのは初めてで、わたしがたどり着けなかった答えを、セカオワがあれよこれよという間に出してくれた気がしてならなかった。
 

「正解」はひとつもない。でも、「答え」はある。
中立でいい。YESかNOか、どちらかしか許されない、というのはちょっと違うのではないか。
人それぞれの立場や価値観があって、悪者だって自分が正しいと思うことをやっている。善者と言われる人だって、自分が正しいと思うことをやっている。そしてそれがぶつかり合って、争い合う。
誰も何も悪くない。でも、自分の正義を貫くだけじゃ、誰とも分かり合うことができない。
自分が良かれと思ってやったことも、どこかで誰かを傷つけてしまっているかもしれない。
だからそこで、相手にも相手の正義があると、踏みとどまって気づき、分かり合うことが出来れば、新たな憎しみを生むことは決してないはず。

なんて優しさに満ち溢れた人たちなのだろう、と思った。
この人たちは並大抵の人生を歩んできていない、とも思った。

そんな歌詞を、あんなにもポップに、あんなにも万人受けするようなメロディーに乗せてしまうセカオワを、好きになるのに時間は要らなかった。

炎と森のカーニバル、スノーマジックファンタジー、スターライトパレード…..メジャーなものから入っていった。
そのあとすぐにTreeが発売され、なぜか母がそれを買ってきた。
母は意外とミーハーなもので、いいと思うとすぐ買ってしまうクセがある。
Treeはどれもポップで元気が出るような歌ばかり。

ではなかった。
 

今までポップでファンタジックでメジャーなセカオワしか聴いてこなかった私にとって、とても裏切られたような感覚だった。
銀河街の悪夢。なんて暗い歌を切なくファンタジックに歌う人達なんだろう。
こちらまで巻き込まれそうな深い闇。
Fukaseはこれを経験して、そして乗り越えたのだと思った。

『そうさ誰のせいでもなくて僕の問題だから
僕のことは僕でしか変えることができないんだ』
♪銀河街の悪夢 / SEKAI NO OWARI

なんて、歌っているのだから。

死ぬほど辛いことはたくさんある。後ろを向いて、全て投げ出して楽になりたいこともある。どん底まで落ちる時もある。
でもそれでもちゃんと、そのあとにはまた前を向く。
Fukaseはしっかりと、自分の「答え」を出している。
そしてそれを、同じ境遇の人やファンに、決して押し付けず、俺はこう思う、と指し示している。
こんなにも弱くて強い一貫したその生き様に、
憧れずにはいられない。

そして母は、次にENTERTAINMENTを買ってきた。
それは、スターライトパレードや眠り姫など、よく知る歌の他、ダークな歌も多かった。
毎度毎度、期待を裏切ってくれるという期待を、さらに裏切ってくれるのがセカオワだと、心底思う。
だから、こんなに惹き付けられて止まないのだとも思う。
しばらくセカオワへの熱が冷めた時も、聞かないことは無かった。それは日常の聞き流せる音楽でもあり、聞き流せない音楽でもあったからだ。
 

そしてなにより、今までの人生で1番支えられた歌がFight Musicだった。

私には、部活が本当に嫌だった時があった。試合で勝てなくて、スランプに陥って、何も上手くいかなくて、友達とも上手く付き合えず、そのストレスで頭が白髪だらけになったりした。恥ずかしいから、みんなには「色素が薄いだけだよ〜」と誤魔化したりしていた。
本当は逃げたくなかったことから逃げたりもした。逃げない時もあった。逃げてばかりの自分が嫌で嫌で仕方なくて、本当に自分が嫌いになったりもした。苦しくて辛くて、今でも思い出すと、絶対に戻りたくないと思う。
そんなとき、いつも励ましてくれたのがあの歌詞だった。

『僕らがいますぐ欲しいのは「ソレ」から逃げる「理由」なんかじゃなくて
僕らがいますぐ欲しいのは「ソレ」と戦う「勇気」が欲しいんだ』
♪Fight Music / SEKAI NO OWARI

そうだ、と思った。この逃げたいけど逃げたくない気持ち。自分でもどうしたいのかわからなくて、沢山悩んだ。
でもこの歌詞を聴いて、すとんと腑に落ちた感覚がした。そっか、私、勇気が欲しいんだ、別に戦うことを放棄しようとしてた訳じゃなくて、戦うことが怖いから、勇気が欲しいんだ、と思った。ここでも私にセカオワは「答え」をくれた。
 

そのあと、The Dinnerに行く機会があり、初めて生のセカオワを見た。その前に、目の前のライブセットに圧倒された。
その時私は、セカオワはライブに定評があるということはあまりよく知らなかった。
でも、そのライブの洋館の存在感と世界観は、素人の私でさえもすごいと思ったし、一生忘れることが出来ない。
そこから、さらにセカオワの沼にハマっていった。

そのあとは受験期でタルカスに行けなかったが、INSOMNIA TRAINの富士急公演に行った。
一回目のライブの時よりも涙が止まらず、同じ空間に入れるだけで幸せだった。

次はつい最近のBREMEN。いつもよりラフな感じで、MCもたくさん話してくれて、距離が近かった。近いのが逆に慣れず、信じられなくて、目の前にいるFukaseが、実は髪型だけ似てる大泉洋さんなのではと思ったりした。
 

そんなこんなで現在にいたり、今もまだセカオワは大好きだ。
これからまたどう沢山の人を裏切るのか楽しみだし、ライブが当たればまた早く会いたい。

そして、セカオワが今までたくさん悩んで苦しんで出してくれた答えは、確かに私の中に吸収され、息づいている。セカオワ以上に腑に落ちて、納得でき、信じていけるような答えをくれる人達はいない。これから第一線で私にどんな答えをくれるのだろう。また、違う視点をくれるのだろう。

あの日セカオワにあってから、わたしの視野はぐんと広がった。
自分だけじゃ分からないこともたくさんある。
でも、自分で考えなきゃ分からないこともたくさんある。
 

セカオワがくれたたくさんの「答え」を、私の中に取り入れて、
今度はそこから自分で「答え」を見つけていきたい。
本当にそう思う。
 

このバンドに出会えてよかった。
ファンタジックで、ダークで、善で、悪で、戦争で、平和で、生で、死で、ポップで、シリアスで、アダルティで、弱くて、強くて、怖くて、優しいこのバンドに。
どこかに偏ったりとどまることを知らずに歌えるからこそ、こんなにも素敵な「答え」を私にくれる。
 

セカオワの「答え」は私の「答え」であり、
私の「答え」はセカオワだ。
 

どうしてもここに戻ってきてしまう。そんな引力があるセカオワに、私は今日も魅せられて止まない。

そして、きっとこれからも。

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