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フレディ・マーキュリーからの贈り物、『ボヘミアン・ラプソディ』

クイーンは確かに伝説のバンドだが、こんなに素晴らしいとは今まで気づきませんでした。

学生の頃に見たフレディは、確かにどこの国の人だろうという風貌で、
でも歌は、めちゃくちゃ上手くて、ステージでの動きも独特で、
とても魅力的でした。
一度見たら、目が離せないというような感じでした。

学生の頃は、外国人といったら、金髪の白人で、
ロッカーなら、ロン毛もOK。
でも、フレディは、少し違っていた。

でも、ウィ・ウィル・ロック・ユ―で足踏みする自分が好きで、
ママあ~と真似して叫んでみたり、
何かに負けた時も、ウィアーザチャンプ~と自分自身を慰めてみたり、
ともかくフレディが大好きでした。

少し大人になった頃、フレディが不治の病からくる肺炎で亡くなり、
まだ40代半ばであんな素敵なシンガーなのになあと
寂しく思ったことを覚えています。

ボヘミアン・ラプソディで、4人が茫然と立っているようなジャケットも好きだし、
なんだかオペラみたいなパートが、あったようなないような、
やっぱりあの頃はMTVを垂れ流しで聴いているだけの音楽好きで、
そもそも、歌の意味とか、
バンドの存在価値とか、
その時のフレディの気持ちとか、
まるっきり考えずにただ聴いていたのかなと思います。
なんか、洋楽聴いていればかっこよかったとか、
おしゃれなんじゃないかと酔っている自分がいたのかもしれません。
 

あれから何年たったのでしょう。
映画を観て、最初に思ったのは、
「私が覚えているフレディじゃない。」
もちろん、どれだけ似ている俳優さんが、どんな素晴らしい演技をしても、
本物を見てきている私達には違うものに映るはずです。

けれど、観ているうちに、
そして、懐かしいクイーンの曲を聴いているうちに
フレディが抱えていた何かが少しづつわかるようになりました。

そうか、そうだったのかもしれない。
そして、最後は本当にライヴ・エイドのステージを観ているかのような錯覚に
おちいりました。

「僕は死にたくない」
フレディは、あの時本当に心の底からの叫びとして、
ボヘミアン・ラプソディを歌ってくれたのではないか。
そして、もしかしたら、英国で異国の血を受け継ぎながら生まれ生きていくことと
自分自身の孤独と
いろいろなことを混ぜ合わせながら、歌い続け、私達を楽しませてくれたのではないか。

神様は、きっとフレディにその役目を与え、
音楽を通して、生き抜くことの大切さを教えてくれたのではないかと思う。
あの大きな口も
歯を直せとメンバーにいじられることも、
そして、ずば抜けた歌唱力も。 

自分も年を重ねたせいか、今聴くクイーンは、とんでもなく心に響く。
そして、歌詞の意味までむさぼり読むようにして考える。
満を期して、クイーンに再び出会えてよかった。
そして、映画の最後は、本当にフレディが歌っているように思えた。

また、会えた、フレディに。
昔と同じ姿の。

生きていれば、70歳を超え、それでも少し奇抜な恰好で、
落としきれない贅肉を隠しながら、
思いっきりロックをしてくれたのかもしれない。

できれば、年をとったフレディにも会いたかった。
そして、きっとまた違う暮れていく黄金の日々のようなロックを
聴かせてくれたかもしれない。

フレディも
クイーンも
彼らの曲すべてが、
永遠だ。

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