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話したい事が、山程あるから

BUMP OF CHICKENとの再会

 「この瞬間にどんな顔をしていただろう 一体どんな言葉をいくつ見つけただろう
 ああ 君がここにいたら 君がここにいたら 話がしたいよ」(『話がしたいよ』)
 映画の主題歌としてBUMP OF CHICKENの新曲『話がしたいよ』の一節が朝の賑やかな情報番組から流れてきた時、なぜだかもう一度聴き返せずにはいられないような、心の琴線に何かが触れて、離れられなくなってしまったような感覚があった。何度も聴き直した。フルバージョンが配信されてからも、毎日聴いた。この曲しか聴けなくなった。日々、溢れるように豊かに、世界中で生み出され続けている音楽全体に対して、あまり誠実な態度とは言えないようにも思えるけれど、過去にも一度だけ、僕にはそういう時期があった。
 今から十四年前の2004年、まだ中学3年生だった。当時から現在に至るまで根っからのMr.Childrenファンである僕は、桜井和寿が雑誌のインタビューで最近聴いている曲として『スノースマイル』を挙げているのを見て、BUMP OF CHICKENを聴き始めた。
 「出来るだけ時間をかけて 景色を見ておくよ 振り返る君の居る景色を」(『スノースマイル』)
 すぐ傍にその人がいるのに、いなくなった時のために記憶に焼き付けておこうとするような、不思議で哀しく、温かい歌だった。僕にも当時、好きな人がいた。一度は自分の都合で遠ざけ、傷つけてしまった人だった。それでも僕に笑顔をくれる人だった。
 「ところが君は笑った 『格好いいよ』と言った 
これだけ僕が愚痴っても 僕の目を見て そんな言葉をくれた」(『リリィ』)
 自分を犠牲にしても、大切な人のために生きて、繋がろうと手を伸ばす藤原基央の詞の世界だけが、当時の自分にとって救いだった。半年間くらい、当時発表されたばかりの『ユグドラシル』までの4枚のアルバムをMDに入れて、毎日飽きることもなく聴いていた。
 その中にはこんな歌もあった。
 「話したい事は 山程あるけど なかなか言葉になっちゃくれないよ
 話せたとしても 伝えられるのは いつでも 本音の少し手前」(『ベル』)
 『話がしたいよ』を聴いて、最初には思い出したのが『ベル』だった。人と話すことは難しい。話せたとしても言えないこと、伝わらないことがある。「電話の後で 僕が泣いた事を いつまでも君は知らずにいる」と歌う、弱い男の歌だ。こんな歌が好きだった。今も好きだ、なんて音楽を愛する友人や会社の人の前で言いたくない。言えない。というか『話がしたいよ』を聴くまで、好きだったということさえ忘れていた。あの頃、身近に存在しているのに絶対に届かない、繋がれないその人と自分を、藤原の歌う“君”と“僕”に照らし合わせながら、縋るように聴いていた。
 高校生になり、BUMP OF CHICKENやMr.Childrenに憧れてバンドを組んだ。『スノースマイル』を弾き語れるように練習した。でも結局続かなかった。思うように指は動かなかったし、喉も痛めてバンドや「歌う」という夢は絶たれてしまった。それ以降、こんな風に文章を綴ることに自分を捧げるようになった。だから僕が書こうとする言葉の源泉には、藤原基央の詞が濃く溶け込んでいる。BUMP OF CHICKENの音楽もずっと、新譜が出るたびに聴き続けていた。ただ、あの十五歳の時の、それ以外何も聴かなかった(聴けなかった)時期と比べたら、どちらかと言えばBUMP OF CHICKENは「あの頃、熱に浮かされたようにハマった」という特別な記憶に焼き付く「想い出」の音楽だった。もちろん、その間BUMP OF CHICKENがスタジアムを一杯にし、日本語ロックの中心であり主人公的存在として大きく成長し続けたことは言うまでもない。それはちっぽけな小船が壮大な宇宙船へ進化を遂げるようだったけれど、そんなことはまるで全然問題じゃないみたいに、暗い部屋の中で一対一でひそひそ語り合ったり沈黙が訪れたりを繰り返すような、そんなバンドと聴き手一人一人の関係は変わらなかった。どんなに身体が大きくなっても、そういう音楽で在り続けた。もちろん僕にとっても、特別に響いてくる曲はあった。「まだ憧れちゃうんだ 自由と戦う日々を 性懲りもなく何度も 描いてしまうんだ」と歌う『(please)forgive』は会社員になってもなお、誰に届くとも知れない言葉を垂れ流し続けている自分に重なるようだったし、昨年発表された『記念撮影』は、ヒップホップ全盛の時代に、ガラパゴス化していると言われているロックというジャンルや日本の音楽をある意味象徴する存在と言えるBUMP OF CHICKENからの、新たなアプローチに聴こえた。ただ、彼らの音楽がもう一度、自分にとって唯一無二としか言えないほど特別になる日が来るとは、思っていなかった。

 撫でるように、記憶に触れてくる音。「電話の後で泣いた」と歌っていた頃よりも何かを悟っていて、乗り越えた分の深みを携えていて、でも今も、光に照らされていない側の人を裏切っていない澄んだ声。「持て余した手を 自分ごとポケットに隠した」(『話がしたいよ』)のは、いつの自分だろう。
 彼らが『orbital period』を発表した年齢を通り越した29年の人生の中で、僕にも一人だけ「好きです」と言ってくれた人がいた。その人と4年半、一緒にいた。BUMP OF CHICKENが好きな人だった。『You were here』を聴いて泣いたと言っていた。初めてBUMP OF CHICKENのライブへ行ったのも、彼女とだった。音楽から遠ざかりかけていた僕を、ライブという空間に連れ出してくれた人だった。小さなプレーヤーのイヤフォンから漏れてくる『Stage of the ground』を一緒に聴いた。BUMP OF CHICKENが紅白に出た夜も、会場で一緒に手を振った。
 彼女がお終いの言葉を切り出したのは、BUMP OF CHICKENのライブを一緒に観た帰りだった。街中がBUMP OF CHICKENの訪れを歓迎していて、そのバーの中でもDVDのライブ映像が流れていた。
 そうなるんじゃないかと思っていた。僕のせいだった。僕が言わせた。ライブのクライマックスで演奏された『天体観測』で、何万人の観客と声を揃えて「今も二人追いかけている」と歌っていた彼女の声を、僕は一生忘れないと思う。
 「君の冷えた手」でなく「持て余した手を 自分ごとポケットに隠し」ているのは、今の僕だ。それは“振り返る君の居る景色”を必死に見つめていた『スノースマイル』の主人公のその後の姿かもしれない。心と身体のどちらもくたびれ果てて、いつ来るとも知れぬバスを待っている。Mr.Childrenなら「君に会いたい」(『常套句』)と叫ぶだろう。スピッツなら「君に触れたい」(『日なたの窓に憧れて』)と夢見るかもしれない。でも2018年、SNSを通じ、アメリカ大統領でなくてもそこかしこで一方通行の言葉が飛び交う時代にBUMP OF CHICKENが投げ掛けたのは「話がしたいよ」という唄だった。
「ねぇ 優しさってなんだと思う 僕少し解ってきたよ」(『ひとりごと』)
 ずっと独りで生きていくしかないと思っている。それでも、ちっとも優しさが何なのか分からない心は、誠実さの肉片も持たないハートは、誰かと通うことを求め、誰かを好きになることを願い、誰かを大切に出来るのだと、何度も勘違いしようとする。そして疲れて、病んで、もらった薬も飲まず、「おまけみたいな時間」に身を委ねてしまうのだ。そんなの弱い人だ。自分の都合でくたびれたりしないで、辛くても笑って、立ち上がって、生きて、何かを信じていける人の方が強くて、正しくて、えらい。だけどどうしても、そうなれない時があって、惨めでずるくてかっこ悪くて弱くて汚くて、綺麗ごとばかりの自分が顔を出してしまう時がある。そういう人を見捨てない歌だった。BUMP OF CHICKENは、そういう人のための音楽だった。
 「話がしたいよ」
 それは記憶の中に、取り返せない時間の中に、離れてしまった人に、すぐ傍にいるのに届かない人に、現在という瞬間のどこかに、ぽつんと向けられた弱音で、照れ隠しで、願いで、愛しいと想う心の掠れ声だ。「話したい事は 山程あるけど 話さないと決めた事もある」(『ベル』)と、かつてそう歌っていた人が今、はちきれんばかりの覚悟を込めて紡ぐ言葉だ。「君の存在だって 何度も確かめはするけど 本当の存在は 居なくなっても ここに居る」(『supernova』)と悟っていたはずの人が今、独りで祈る言葉だ。誰かと話すことが苦手な人が、それでも小さな勇気を振り絞って叫んでいる。会えなくてもいい。触れなくていい。ただ「話がしたい」。その先に何があるか分からなくたって、それでも君と「話がしたいよ」――。その想いはきっと、当たり前のことなんかじゃない。
 僕はいろんなことを想い出した。いろんな景色を、匂いを。想い出したくないことも、忘れたくないことも。きっと、もう想い出せなくなってしまったことだって、あるのだと思うけれど。
「今までのなんだかんだとか これからがどうとか 心からどうでもいいんだ そんな事は いや どうでもってそりゃ言い過ぎかも いや 言い過ぎだけど そう言ってやりたいんだ 大丈夫 分かっている」(『話がしたいよ』)
 その言葉が「だめだよ、と いいよ、とを 往復する信号機」のように「生きていてもいいよ」と背中を押してくれる剣になった。それは言い過ぎかもしれないけれど、そう想えるただ一つの音で、声で、歌だった。誰にも等しくかは分からないけれど、“バス”はいつも走っている。「強く望む事」(『乗車権』)を持っていれば、そのバスにはいつでも乗れるのだ。今はあともう少しだけ、『話がしたいよ』を聴きながら、この「おまけみたいな時間」を噛み締めて、僕もバスを待っていようと思う。

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