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2017年5月11日

一繋 (30歳)

Base Ball Bearの『光源』が与える「抗原」

やり直したい僕らがたどり着く世界とは

 「2週目の青春」をテーマに据えたBase Ball Bearの7thアルバム『光源』を聴き、2016年を代表する大ヒット作「君の名は。」と「シン・ゴジラ」を連想した。時間軸の改変やパラレルワールドという共通点で繋がったためだ。長くBase Ball Bearの作品を愛聴しているが、彼らが時代を批評することはあれど、作品と時代のシンクロを感じたのは本作が初めてだった。

 「君の名は。」では彗星の衝突によって亡くなったヒロインを救う、時間軸の改変が描かれた。「シン・ゴジラ」では、「ゴジラ(1954年)」以来のゴジラとのファーストコンタクトを描き、これまでの作品群と異なるパラレルワールドになっている。
 さらに話を広げれば、アニメやライトノベルでは「異世界転生」が一大ブームになっているし、映画でも「タイムリープ」作品の公開が続いている。
 サブカルチャーに明るくない人に向けて要約をするなら、人生や世界のやり直しをテーマにした作品が流行しているといえば理解しやすいだろうか。

 しかし、Base Ball Bearは流行を狙ったわけではない。フロントマンである小出祐介は以前より「新世紀エヴァンゲリオン」や「STEINS;GATE」など、パラレルワールドやタイムリープが重要なファクターとなる作品への造詣が深いことで知られている。
 そんな土壌があったことを踏まえれば、2016年3月の湯浅将平(Gt)脱退というバンド最大の危機から「2週目の青春」というテーマに至ったのは想像に難くない。
 Base Ball Bearは高校の文化祭を機に結成し武道館公演まで達成した、フィクションのような経歴をもつバンドだ。15年以上も友人という一言では言い表せない関係にあった湯浅の脱退について、メンバーは「青天の霹靂だった」と語り、この出来事で「ルートが分岐した」と独特の表現をしている。つまり、パラレルワールド的な視野を持つに至ったのだ。
 もともとBase Ball Bearは、メンバー4人のみで鳴らす音楽に並々ならぬ執着をもっていたバンドであり、湯浅の脱退はバンドの解散に直結する問題だったはずだ。
 しかし、彼らはそれすらもバンドの物語として組み込む。続いていく物語性をもつバンドだからこそ、『光源』の制作に至ったといえるだろう。

 『光源』の楽曲を一つずつ紐解いても、これまでの作品との連続性が見て取れる。
 「Low way」は「不思議な夜(19thシングル)」のifのストーリーであり、「(LIKE A)TRANSFER GIRL」は「TRANSFER GIRL(3.5thアルバム『DETECTIVE BOYS』収録)」、「転校生(4thアルバム『新呼吸』収録)」から分岐した物語という関係性にある。
 また、言葉選びにおいても、意識的にこれまでの作品と絡められているのが印象的だ。とくに「SHINE」ではBase Ball Bearにおける青春の象徴「檸檬」を6年半ぶりに解禁、「Boy Meet Girl」や「プール」といったお馴染みの言葉も惜しみなく使われている。
 こういった作品間の結びつきは、『マーベル・シネマティック・ユニバース』のように増殖していくクロスオーバー作品のようであり、『スターウォーズ』のように連綿と続くサーガのようでもある。

 そしてなにより注目したいのが、先行してライブツアーで披露され、『光源』の世界観を最も表した楽曲ともいえる「逆バタフライ・エフェクト」だ。
 この楽曲を読み解いていくと、同じく「時間」というテーマを扱った4thアルバム『新呼吸』との深い結びつきに気づき、小出祐介が「青春を対象化できるようなった」と語る意味を実感できる。以下、『新呼吸』より一部歌詞を引用して比較したい。
 

今日がまた昨日の焼き直し
明日からは 明日こそはと誓えども
明日はまた今日の焼き増し
くり返し くり返し になっても またくり返す
ダビングデイズ
(『新呼吸』収録「ダビングデイズ」より引用)
 

「始まった未来」と「始まらなかった未来」に
僕は良い具合に かなしいくらいに
今日も振り回されて
(『新呼吸』収録「school zone」より引用)
 

そしてまたはじまりつづけていく平熱な僕の毎日は
無意味に無駄に降りつもる
それでも僕は信じれるかなぁ
この一分が、この一秒が、明日への伏線になってくと
(『新呼吸』収録「新呼吸」より引用)
 

 『新呼吸』では青春の幻影に戸惑い、憎み、何者にもなれていない自身が表現され、それでも今が何かの伏線になるという願いにも似た思いが歌われている。
 対して「逆バタフライ・エフェクト」では青春に対する俯瞰を得て、繰り返しの日々が結実している。
 

右往左往 何万回目の今日にたどり着いて
まだ あの日あの時ああしてたらって
祈り呪いが尽きなくても
いま、この時こうしてること「も」鳴り響いて
決められたパラレルワールドへ
決められた並行世界へ
(『光源』収録「逆バタフライ・エフェクト」より引用)
 

 「逆バタフライ・エフェクト」は、決して希望を歌っているわけではない。しかし、『新呼吸』の楽曲を踏まえれば、同じ日をくり返すような世界も伏線になっていて、たどり着く世界があるという物語になる。
 ほかにも「ダビングデイズ」では「透明な水に絵の具をたらした 薄まって消えた赤・青・Yellow」と自分らしさの儚さを歌っているが、「逆バタフライ・エフェクト」で「赤色にそえるように青色の次に黄色……自分こそだよ 運命を愛しな」とその色を選択したことこそが自分の運命であると回収してみせている。細微にまで至る表現には、思わず舌を巻く。

 話を湯浅将平の脱退に戻すと、このアルバムでは「湯浅将平の脱退は、ずっと前から選んでいた選択肢によって決まっていた」とも受け取れるし、「今も湯浅将平が脱退せずに4人で活動する世界がある」とも受け取れるのだ。
 時間を過去・現在・未来だけでなく、現在A・現在B・現在Cと解釈することで、誰もが抱く「あのときこうしていれば」という思いを表現した、とてつもない意欲作だ。

 小出祐介は『光源』というタイトルを、音楽という表現における光の源という意味で名付けていると語った。彼の場合は、その光の源が青春だった。
 きっと誰しも「片思いで過ぎた3年間」や「あの日取れなかった外野フライ」といったかたちで、光源を抱えている。それはときに原動力にもなるが、ときに障害物にもなっているはずだ。
 私見では、「光源」は「抗原」のダブルミーニングのように思えてならない。過ぎ去った時間に対する怨念や憧憬は、完治することのない病のように付き合っていくしかない。けれど、抗原を体内に入れて免疫を作ることで、病状を和らげたりごまかしたりすることはできる。『光源』に収録された「寛解」は、まさにこのことを指しているのではないだろうか。
 『光源』はやり直しに憧れる多くの現代人にとって、現実に対抗するための抗体を作る「抗原」として鳴り響くと信じている。

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