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ビートルズと先生

ハロー・グッドバイ

ビートルズを好きになったのは、13歳の時。
きっかけは、様々な奇跡が繋がったことである。
なかなかに長い話になる。

13歳、英語をマスターしたいと決意した。
親は応援してくれ、英会話教室を探してくれた。
初めての英会話教室は、自分には緊張以外の何物でもなく、極度の人見知りのせいで、実はほとんど喋れなかった。
だから親には申し訳ないが、何を学んだのかと問われれば、何も答えることができない。
なぜ通うことにしたのかは、海外で働きたいと心から思ってのことだったのだが。

「先生はイギリスからお越しになった方だ」というのを聞いたのは、実際に教室に通い始める少し前のことだったと思う。
少しでも緊張を緩和しておきたいと思ったのか、何を思ったか、イギリス人の先生ならば、ビートルズを聴くしかないという偏った自分がいた。

初めて好きになったアーティストもビートルズだ。
13歳のその日まで、音楽には全く興味がなかったから。
周囲のみんなが聴いている曲を、いいと思ったことはなかったから。
それまで、音楽のなにが楽しいのか分からなかったから。
そして、友人と呼べる人間も、ほとんどいなかった。

ビートルズの音楽を聴いてみようかな。CDを買ってみようかな。
そう言うと、両親は拍子抜けして、それなら自宅にあると言った。それは父のものだった。
拍子抜けしたのはこちらで、父がビートルズを好きだったとは全く知らなかった。
というのも、父はさだまさしのみしか聴かないと思っていたのだ。
いつだったか、地元の三重からはるばる長崎県までコンサートに連れて行ってもらったくらいなのだから。
それはさておき、わざわざ買わずにCDが聴けるなんてラッキーと思った。
今でも覚えている。初めて聴いたアルバムは「HELP!」だ。

英会話教室の先生は、イギリス人がそのままやってきたと分かるくらい、本当にイギリス人の男性だった。
ひょろっとしていて、背が高くて、髪は金髪で、肌が白くて、青い瞳だったような。
そして、本当に英語しか話せない人だった。

先ほども述べた通り、極度の人見知りだった自分の性格のせいで、先生はほとほと困り果てたと思う。
だって、英会話教室なのに、一言も会話がないのだから!
きっと、今ならばコミュニケーション障害とかそんな言葉が使われるのだろう。
当時はそんな言葉もなかったので、シャイな性格だとよく他人から言われていたけれど。
でも、それ以上に、人との会話は恐怖だったのだ。
申し訳ない、何か話さなきゃと思うのだけど。
言葉が出ないのだ。

それでも、通うことはやめず、なんとかかんとか先生は会話を引き出そうとしてくれたし、実際に楽しかった。
笑顔だって見せていたと思う。
本当に先生には感謝しかない。
そんな日々が続いたある日、先生が何気なく音楽をかけている日があった。
先生の好きな曲ってなんだろうと耳を傾けていたが、なんだか聴いたことがあると感じた。
まさかと思うが、それはビートルズだった。
イギリス人ならビートルズという自分の偏見は、あながち間違ってはいなかったのかもしれない。
そう思うと、今となってはふと笑える出来事だ。
先生はアルバムの「マジカル・ミステリー・ツアー」ばかりかけていた。
別の日も。そのまた別の日も。
大好きなビートルズだったので、嬉しかった。
でも、当時は、そこまでビートルズを聴きこんでいなかったので、何のアルバムかは分からなかったけれど、今は分かる。
そして、なぜ先生がそのアルバムばかりだったのかも。

「マジカル・ミステリー・ツアー」に収録されている中に「ハロー・グッドバイ」という曲がある。
その曲を、先生は一生懸命に教えてくれた日がある。
ジェスチャーを使って。
きっと、一緒に歌おうと言ってくれていたんだろう。
その時はなにを言っているか分からなかったし、もしも分かっても歌えなかったかもしれない。
でも、会話が苦手だということを、先生は知ってくれていたのかもしれない。
ずっと教室でも何気なくビートルズをかけてくれて、無言になる瞬間を紛らわそうと思ってくれていたのかもしれない。
比較的に簡単な詩を覚えることも、勉強になると思っていたのかもしれない。
 

ああ、いま先生に会えたらいいのに。
だって、その数年後にはギターを初めて、今はやめてしまったけど、人前で弾き語りまでしていたことだってあるのに。
「ハロー・グッドバイ」だって歌えるのに。
それに、実はビートルズが大好きだったんだと言えるのに。
最後まで喋れなかったので、ついに先生に言うことはできなかったから。

先生は、あの英会話教室に1年いたけど、その後イギリスに帰ってしまった。
どうしているかも全く分からないけど、ビートルズを聴いているのだけは想像できる。
一緒にビートルズのお話しがしたいのに、もう会うことはないでしょう。

先生との出会いは、まさに「ハロー・グッドバイ」だったのかもしれない。

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