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出会って10年。好きになって、10年。

flumpool活動休止前のライブを観てから1年経って思うこと。

flumpoolがデビューして10年、私がflumpoolと出会って、好きになって10年。
 

いつの間にか人生の一部になっていたと言っても過言ではない大切な大切なバンドの
最後のライブを観てから、1年。
 

なんだか苦しくなってしまうからずっと観られずにいた、ライブのDVDを観た。
2010年12月、横浜アリーナ公演。私が人生で初めて観に行ったライブだ。
 
 
 

8年経った今でも鮮明に覚えている。
ライブに行くために家の電話を使ってチケットを初めて取ったこと。厳しかった部活を仮病で休んだこと。ライブ会場までの道をメモに書いて持って行ったこと。
 

携帯など持っていなかった私は、家にある共用のパソコンで必死にいろいろなことを調べて当日を心待ちにしていた。
 

一人で大きな会場に足を踏み入れたとき、思ったよりステージが近くに感じた。
ステージから見て左側のスタンド席、ステージ横の見切れ席だった。
 

自分でも不思議なくらいに全部、全部、覚えている。
 

テレビの中の、パソコンの中の人たちだった彼らが目の前にいて、毎晩毎晩すり切れるくらい見ていたライブDVDのようなライブをしていた。
 

嬉しくて信じられなくて心の底から楽しくて。
終わった後すぐに会場の公衆電話から家に電話をするくらいに、早く誰かに話したくて仕方が無かった。
 
 
 

CDが出るたびにフラゲして、ツアーをやるたびに何公演も観に行って、
それが当たり前になっていた。その日を楽しみにしていろんなことを乗り越えることだってできた。
 

10周年を楽しみにしていた。9年目を大切にして10年目に繋げていきたいと彼らがよく口にしているのも見ていたから。
 

だからこそ、あの発表があったとき
横浜駅のホームで「大切なお知らせ」を目にしたとき
 

ショックで仕方がなかったけどそれ以上に、”心配”の気持ちがずっと大きかった。
病状はもちろん、誰よりも彼ら自身が楽しみにしていた10周年を目の前に活動を止めるという行為に押しつぶされはしないだろうか。
 

1ファンでしかない私がこんなことを考えるのはおかしいのかもしれないけど、
flumpoolはもう自分の一部だったから。どうしても彼ら目線の気持ちを考えてしまうこと、今だけは許してほしい。
 
 
 

私はflumpoolと出会ったことをきっかけに、いろいろなバンドの曲を聴くようになった。
ライブにもたくさん行くし、CDだって買う。
 

その中にも解散していってしまったバンドやメンバーが脱退してしまったバンドがいくつかあるし、何度もそういう出来事を見届けてきた。
 

でもまさか、まさかflumpoolがそうなるとは1mmも思っていなくて
いつもいつも背中を押してくれる、彼らが。
 

しばらく彼らの曲は聴けなかった。ファンクラブのページだって見にいけなかった。
ゆっくり休んで戻ってきてほしい。もちろんそれは私の1番の願いだし、この先どれだけでも待っていられる自信がある。
 

でも、待っていることが辛くなってしまうこともあって。その時、思い知らされた。
 

自分が思っていたよりもずっとflumpoolが私の中の大部分を占めていたことを。
友達、好きな人、自分が過ごしてきた大切な時間のすぐ側にはいつもflumpoolがいた。
 
 
 

大好きな大好きな彼の声が聴きたい。
ステージで輝いている4人の姿が観たい。
 

時間が経てば経つほど思いは強くなって、
空白の期間が伸びるほど、こみ上げる気持ちが大きくなっている。
 
 
 

flumpoolがいなかったら、私はここまで生きてこられなかっただろうと本気で思う。
「救われました」とかそんな人並みな言葉は使いたくないほどに、
私の人生を変えて、彩ってくれた。
 

いつだって寄り添ってくれたから、今度は私が寄り添う番、なんておこがましいかな。
 

復活したときはあの曲が聴きたい。私の一番好きな曲。
全然ライブでやってくれない、あの曲。
 
 
 

”きっとまたここで逢えるよ”
————-流れ星
 
 
 

ずっとずっと帰ってくるのを待っているよ。ずっと。

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