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こどものままでおとなになれるのか

『イマジナリー・ノンフィクション』から聴こえるハンブレッダーズの変化

サビに入った瞬間に挙がる手、求められれば歌う声、鳴り響く音に誘われて笑う顔、その光景に思わず鳥肌が立つ。

初めてハンブレッダーズのライブに行ったのは、わたしがまだ大学生のときだった。大学を卒業して社会人になり、それからというもの彼らのライブに足を運べていなかった。

2018年も終わりが見え始めた11月、『イマジナリー・ノンフィクション』というアルバムが発売された。今年の1月に発売された1stアルバム『純異性交遊』に続く、2ndアルバムである。今回はそのレコ発ツアーということで、東京は新宿LOFTで開催。1次先行でチケットが取れなくて驚いたりしながらも、たどり着くまで歌舞伎町に怯えながらも、彼らのライブを観に行くことができた。

「今まではどうしたら共感してもらえるかを考えて曲を作っていたけど、今回のアルバムでは今ハンブレッダーズが伝えたいことを歌にしてる」

MCでそんな話をしていた。

これまでのハンブレッダーズは、学生時代の彼らを追体験している感覚になる曲が多かったように思う。あの頃、どんなに小さなことでも自分にとっては人生がひっくり返るくらい大きな出来事で、1つ1つの出来事に意味があった。そういった失われかけていた感情を、鮮やかに描き出され、なんだかムズムズする。戻れないあの頃を思って少しせつなくなる。今彼らの音楽に出会えた学生は、大人になったときに自分の追体験としてハンブレッダーズの音楽を聴くことができる。羨ましい限りである。

しかし、今回のアルバムに収録されている新曲「弱者の為の騒音を」「嫌」「CRYING BABY」「エンドレスヘイト」を聴いたとき、そういう感覚にはならなかった。20代、もう学生ではなくなった彼らの声が聴こえた気がした。今作は何かが違うと思ったのはそういうわけで、曲を聴いて浮かぶのは下校の道ではなく、今自分が歩いている道、進もうとしている道だった。

「人って本質的に同じままでいられない。ハンブレも『純異性交遊』みたいなアルバムはもう作れないし、『イマジナリー・ノンフィクション』みたいなアルバムももう作れないし」

そう、確かにわたしが大学生の頃に見たハンブレッダーズとは変わっていた。もちろんわたしも変わった。いつのまにか住民税を払うようになったし、バンドのライブにばかり行かなくなったし、平日にただ鴨川のほとりでぼんやりするような日もなくなった。

それでも変わらないのはハンブレッダーズがライブを続けていること、わたしが音楽をすきなこと。あの頃には戻れないけど、それはあの頃の感情を失うということじゃない。大人になることは子供を捨てることじゃない。「おとぎ話も永遠も」「嘘でもない」って思ってもいい。あの頃の感情を歌にしながらも変わりゆくハンブレッダーズを見て、そんなことを思ったりした。

ライブの終盤で声を枯らすボーカルに反比例するように、他のメンバーのボルテージが上がる。煽られたフロアもまるで自分たちの歌のように歌う。心でぶつかってくるバンドにリスナーの心が呼応する、その瞬間が最高に眩しかった。

「どうしようもないことがあったとき、音楽を聴いた」

彼らの音楽が信じられるのは、彼らが音楽を信じているからだと思っている。音楽に救われてきた彼らの音楽で、今度は救われる人がいる。本編最後に聴いた「DAY DREAM BEAT」は音源で聴く、何倍も何倍もすきだった。

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