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私はライブが生きがいです。

最高のライブバンド、Xmas Eileen

私はライブが生きがいです。

no music no lifeって言うやつ嫌い、ライブが生きがいだなんて気持ち悪い、と否定的な意見もある。好きに思ってくれて構わない。ライブしかすることがない訳でもない。ただ私は音楽がなければ「自分」という人間として生きられない。

あのとき。
思い出したくない、でもふと蘇るあのとき。
耳に入ってきた曲は「ただ素直に生きるために」「立ち上がるんだ もう一度自分を取り戻すために」と歌っていた。

取り戻す「自分」って何だろう?

誰かの娘で、誰かの親族で、会社員で、隣人で、お店のお客で、誰かの友達で、そんな自分?人と違う何かができなければ価値がないと言われて評価されてきた自分?

私だけにできる何かがあるはずと、先達も教科書もない世界に身を置いた。でも向かう道の途中で言われた言葉に立てなくなった。何者かわからない自分というものは無価値で、その自分の努力はなんの意味もなかった。前を向くでも立ち上がるでもなく、ただ彷徨うために仕事も家庭も全てを切り離し、あてのない旅で価値や役割と無関係の「自分」について考えた。

家庭では誰かの家族として、職場では誰かの上司や部下になり、店では誰かの客になる。こうやって役割の中で生きていくことが当たり前のような事のはずなのに苦しく感じる。人として尊重されなくても、自分の正義に反することがあっても、「家族なんだから」「みんながそうしてるんだから」と諭される。社会で生きるには人の価値観を尊重することが重要で、自分の価値観を強く持っていることは、頑固、わがままと評されあまり歓迎されない。

他人から与えられる価値観と自分の感じることの差に息苦しさを感じて、他人と同調できない自分が嫌で叫びたくなる。一人で生きられるならそうしたい。でもそれもできない。そんなことできない。気がつくと歯を食いしばっている自分がいる。周りとの関係をかき乱したくなくて思ったことを言わないでいるうちに、うまく話せなくなってしまった。怒りや喜びが振り切れたとき以外は、文字に書かないと言いたいことが表に出せなくなった。たまに話してみればピントのずれた伝わらない言葉ばかりが口から出てくる。

音楽を聴いたって現実はクソなままで変わらない。答えも出ない。人生はリセットできない。後悔や傷をなかったことには出来ないし、さらの状態から最初からやり直すなんて当然無理だ。自分が思い描いた通りにならなくても、誰かに褒められる生き方を出来なくても、残る道は進むか否かの二択しかない。

今、一番長い時間私の隣にある音楽のXmas Eileen。彼らは詞も曲もMVも自らのチームで製作する。そのXmas Eileenが今年発表した「Friday Night」。配信限定シングルのアートワークは伸ばした右の手のひらを模したものだった。MVはテレビゲームでgame overになった主人公がコンティニューを選択する場面から始まる。コンティニューにカーソルを合わせて決定ボタンを押すと、ロード画面の後メンバーが右手を差し出して倒れた「自分」を引き起こしてくれる。アートワークを見ながら何十回と曲をリピートしているうちにふと、立ちあがるために伸ばそうとする自分のこの手がアートワークの右手なのだと気がついた。

どんな酷いゲームオーバーだったとしても立ちあがる意志があるなら、自分でその手を伸ばしてコンティニューを選べ。そうしたらその手を引いてやる。

そう言われているように、私には思える。バンドや音楽が具体的なアドバイスや、現実に障害になっているものを取り除いてくれるわけではない。自分で立つ勇気をくれるだけだ。

10月にリリースされた「BAD BOYS BE AMBITIOUS」。映画の予告編として発表したMVはきっと、彼らが生きてきた一場面だ。私が経験して生きたものは全く違う人生。自分のことも理解できないのに他人のことなんて理解できない。ましてやステージの上と下。

それでも鳴らす音の一つ、出される言葉のひとつに力を感じる。痛みも後悔もない人間が格好だけつけてステージにいるわけではない。仮面で顔を隠しているバンド。それに否定的な意見もあるだろう。しかし仮面はステージ上の彼らが虚構ではなく傷や後悔とともに人生を生きてきた生身の人間であることの証明だ。そんなXmas Eileenがファンと向かい合って、血と汗と涙で生み出すその日その時限り、その瞬間だけのライブこそ、自分を奮い立たせてくれる1番の力。

生きている限り私は負けない。
何度でもコンティニューするから。
コンティニューを選んで手を伸ばしたら、掴んでくれる手があると感じさせてくれる音楽がそこにあるから。

歳を重ねてきて、全てをうまくやり過ごせなくてもがいていることを、ダサい、無駄、いい歳して、という人がいるだろう。他人が私をそう評価することは自由にしてもらって構わない。でも自分自身に対してまでそう思ったら生きられない。自分という生き方を赦したい。せめて1〜2時間くらいのライブの間だけでも。

ライブに夢中になっている時、考えが整理されていったり、力が漲ったりしてくる感じを受けたり、心が震えて涙が零れたりする瞬間が来る。感情が溢れるその瞬間だけ、私は何者でもない「自分」だ。何かの価値があるからいるのではなく、何かの役割のためにいるのでもなく、ただ一人の人間として存在することができる。

Xmas Eileenのライブの間はただ1人の人間として生きられる。前を向いて何度でも立ち上がる勇気を手にできる。

彼らの存在に夜明け前の希望が見える。

だから私はライブが生きがいです。
だから私は「彼らの」ライブが生きがいです。

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