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「ピアノとマイク、そして声」

One Nite Alone... Solo piano and voice by Prince

 2018年9月21日、プリンスの未発表曲音源集『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983』(以下『P&M1983』)が世界的に発売された。私の誕生日の翌日ということもあって、プレゼントを貰った様な気持ちにもなった。

 準備万端で整えたヘッドホン越しにレコードが回転を始め、テープのヒスノイズの向こうから私の耳に飛び込んできたのは、プリンスの生々しい機材確認の声、いきなり始まるピアノ、喉慣らしのしゃがれ声と楽器音やリズムを軽く口ずさんで本格的なパフォーマンスへとなだれ込む“17デイズ”(彼の最大のヒット曲“ビートに抱かれて/When Doves Cry”のB面曲)だった。「おっ、結構ヴォーカルが大きいな」と思ったら、すかさず彼の声で「ヴォイスを少し下げて」と入って来たのは微笑んでしまった。オリジナル・スタジオ・ヴァージョンでは寧ろ淡々とした演奏と切なげなヴォーカルでパフォーマンスされることで哀しみが強調される大好きな曲だが、このドラマチックな演奏展開もまた良い。結果的に、アルバム中で自らの既発曲のピアノ演奏としては一番長い演奏となっている。

 さて、実は、今回の文章は、『P&M1983』に焦点を当てようとするものではない。同作品を聴いて、どうしても心に浮かばずにはいられないプリンスのアルバムにスポットを当てたいと思ったのだ。作品名は『ワン・ナイト・アローン…(ソロ・ピアノ・アンド・ヴォイス・byプリンス)』(以下『ONA2002』)で、2002年の作品だ。元々は、当時のプリンスのオフィシャル・ファン・クラブ「NPG Music Club(NPGMC)」の会員に3枚組CDのライブアルバム『ワン・ナイト・アローン…ライブ!』が届けられた際に、ボーナスCDアルバムとして特典封入されていた作品だ。
 喜ぶべきことに、これらを含む1995年以降の24タイトル(新規ベスト盤を含む)のアルバムが、2018年の夏に一挙にデジタル配信(300曲以上!)されているのだ。CDでは廃盤になってしまったアルバムが聴けるようになっただけでなく、過去のNPGMC限定配信曲までようやく日本で解禁されたというめでたい状況だ。だから、お祝いをすべく、当時は限られた状況故にあまり認識されなかった、でもそのままにしておくには余りに惜しい作品群の中から今回はピアノ繋がりで『ONA2002』について紹介したいと思う。

『ONA2002』は、サブタイトルにあるように、基本的にはプリンスのピアノと声で構成された、10曲入り、35分程のアルバムで、時間的には『ピアノ&ア・マイクロフォン 1983』と似たり寄ったりだ。一部略するがアルバムのクレジットにも「テープにライブ録音され、追加したミックスはプリンスによる」とある。しかし、両作品の背景を考えれば当然だが、それらの大きな共通項を除くと、両者の印象は異なる。「聴き手をしっかりと意識してプロデュースされている『ONA2002』」と、「リラックスした即興の『P&M1983』」という構図だ。

 例えば、判りやすいのが両作品に共通で収録されている、ジョニ・ミッチェルのカバー“ア・ケイス・オブ・ユー(U)”。ジョニ・ミッチェルへのトリビュート・アルバムにも収録されている『ONA2002』のヴァージョンは、綺麗なピアノのイントロから始まり、後半に行くに従って重ねられるジョン・ブラックウェルのドラム、自身によるコーラス、ピアノ・ブレイク、最後にワンフレーズだけ登場するベース等、練られた緻密な構成に聴き応えがある。『ONA2002』のスリーブのクレジットによると、このカバー曲は、2001年に亡くなったプリンスの父親(ジャズ・ピアニストだった)に捧げられている。プリンスは、『P&M1983』の当時から、ジョニのカバーを二番の歌詞「僕は孤独な画家、絵具箱の中に住んでいる」から歌っていて、今となっては妄想するしかないが、そんな歌詞に父親を重ねていたのかもしれない。
 『P&M1983』の方では、前曲“パープル・レイン”から軽妙なブリッジで繋がり、リラックスした雰囲気で自由に、時には歌詞を省略したり、アレンジしたりしながら演奏は『ONA2002』の半分ほどの時間であっさり終了し、次の“メアリー・ドント・ユー・ウィープ”への熱演と繋がる。そもそもアコースティック・ギターで奏でられたジョニの原曲を、大胆にかつ軽やかにアレンジしている様と、その出来が鳥肌ものだ。そして勿論、ジョニが作詞した「貴方」をワインに見立てて、「貴方のことなら1ケース(A Case Of U)でも飲み干せる」と歌っているところが素敵だ。

 アルバム『ONA2002』は、ピアノの鍵盤をCDスリーブに使用し、スリーブ写真の右上には鳥の巣と3つの卵が、左下には卵の殻を破ってすくっと立つプリンス・マークと向日葵の花が配置されている。印象的なイントロから始まるオープニング曲は、波打つようなピアノ伴奏にファルセット・ヴォイスが重ねられるタイトル曲“ワン・ナイト・アローン…”だ(曲構成としては、ワーナー時代の3枚組ベスト盤の最後を飾る“パワー・ファンタスティック”系だ)。ファルセットと、思いのほか低い地声を使い分け、駆け引きの主導権を握り、薄青のスポットライトの中で一夜の秘密の関係に「U(貴女)」を誘うプリンス。最高。これがライブで行われたらどういう風になるか?というのは、やはり今回配信が始まったライブアルバムからうかがい知ることができる。前述の『ワン・ナイト・アローン…ライブ!』で、1分強と短いながらもピアノの弾き語りで披露されているからだ。でも、彼の「低音の魅力」は『ONA2002』でなければ堪能できない。

 2曲目の“U・アー・ゴナ・C・ミー”は、傍らにいない恋人に向けて「今夜は、眠れないよ。君が傍にいてくれないから。それって、間違っている。」と切なげなイジイジとしたメッセージを、ロマンチックなピアノに乗せて届ける曲。歌詞に出てくる小物が、ちょっと年代がかっているのも味がある。この曲にも、違った側面を見せるヴァージョンがある。プリンスが2009年に出した3枚組CD『ロータスフラワー』の中の2枚目のディスク『ミネアポリスサウンド』に収録されているヴァージョンだ。それらしいリンドラムや、ストリング等が追加されているのもそうだが、何よりヴォーカルが全て録り直され、コーラスも追加されており、『ONA2002』のテイクよりも可愛らしい・お茶目な曲に化けている。

 3曲目は“ヒア・オン・アース”。仮想の世界で繰り広げられる若い妻の悲劇と、現実世界での小さな幸せ。大きな視点で歌われているが、登場人物は夫と妻だけ。こんな歌詞世界を、ピアノ、そして浮遊感のあるシンセ音と、ここでも参加しているジョン・ブラックウェルのドラムで繊細に構築している。プリンスのファルセットと地声の対比はここでも健在だ。もしかしたら、「アンビエント・シンギング」としてクレジットがある鳩のデヴィニティとマジェスティの鳴き声が入っているのはこの曲だろうか?と思ったりしたが、プリンス・エステートのオフィシャル・サイトによると、異なるようだ。敢えてどの曲かは書かないので、是非貴方の耳で判断してみて欲しい。

 4曲目は前述の“ア・ケース・オブ・ユー(U)”で、5曲目は“ハヴ・ア・ハート(💛)”。この曲は、本アルバム中で私にとっては一番謎の歌詞なのだが、別れた男女のすれ違いを歌っている。この二人は、よりを戻すことはなさそうだ。この曲の印象的なメロディは、6曲目となる“オブジェクツ・イン・ザ・ミラー”の後半にも、楽器を変えてリプライズしてくる。その“オブジェクツ・イン・ザ・ミラー”には、冒頭の歌詞に「映画」という言葉が出てくるが、同曲全体において、彼女といちゃいちゃしているプリンスが目に浮かぶような歌詞となっている。「ペアレンタリー・アドバイザリー」っていう言葉を、こんなに魅惑的に口に出来る人って。。。

 7曲目は、アルバムでも異色のナンバー“アヴァランチェ”。綺麗なバラード調で、ワン・ナイト・アローン・ツアーの米国(~カナダ)公演では、本人のピアノではなくバンド形式(プリンスはスタンドマイクの前に立つ)で時間をたっぷりとかけて披露されたが、強烈なのはその歌詞。曰く、「アブラハム・リンカーンは人種差別主義者だった」という、パブリック・エネミーの“ファイト・ザ・パワー”のエルヴィスのくだり(エルヴィスは多くの奴らには英雄だっただろうが、俺には何の意味もない。あの野郎は単純明快な差別主義者だったのさ!)を思い出すような過激さだ。これが、切実ながら美しいファルセットで歌い上げられていた『ワン・ナイト・アローン…ライブ!』では、6分もの熱演を聴くことができる。

 8曲目は、今度は曲のタイトルが異色。“パールズ・ビフォー(B4)・ザ・スワイン”。直訳すると「豚に真珠」で、流石に本アルバム中では軽快で明るめの曲調(パーカッションが良い味を出している)だし、歌詞もユーモラスな面がある。それでいて、「でも、僕は、鳥の様に、君の心から決して離れない歌を歌い続けるだろう。」なんて、泣かせるラインもある。

 9曲目は、若さと美しさへの賛歌がタイトルにも溢れている“ヤング・アンド・ビューティフル”。オープニングのフレーズが耳に残る爽やかな曲調で、貞節の大切さを説いたり、肌の露出をしないこと、なんて歌詞があるから「おっ、保護者モードか?」なんて思わせたりしつつ、結局は「君が素敵すぎて、僕のハートはどきどきだ。」なんて歌詞も登場する、プリンスらしい1曲だ。

ラスト10曲目はインストメンタル作品“アーボリータム”。タイトルの意味するところは「樹木園」だ。ピアノイントロの後に、“アヴァランチェ”の最後に出て来たSEが入って始まるこの曲は、ヴォイスは入らないインストロメンタル・ナンバーの穏やかな曲調で、「あぁ、終わったんだなぁ」と余韻を思わせるSEでこのピアノ小作品の最後を飾っている。

以上で、この『ワン・ナイト・アローン…(ソロ・ピアノ・アンド・ヴォイス・byプリンス』のついての文章はおしまい。このアルバムについて知らなかったという人には是非聴いて欲しいし、『P&M1983』を聴きまくっている人、色々な思いが巡ってしまったり、作品発表の経緯や背景にちょっとした抵抗があったりしてなかなか聴けない人、何かマニアックな作品だなと思ってしまった人にも聴いて欲しい。そして以前から『ONA2002』を聴いているけど、しばらくご無沙汰している人にも勿論。とにかく是非たくさんの人に聴いて欲しい、お薦めのアルバムだ。
 

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